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 萩野屋の菩提寺に、誠太郎の墓があった。

結城屋の長男としての待遇を受けられないまま、、誠太郎は眠っている。

「おっかさんが来て、花をそえて行ったらしい・・・」

誠次郎はかがんで、墓の前の花に触れる。

「では、今日は・・」

「義兄さんの命日だよ」

今日は、誠次郎の誕生日と記憶していた悠太は、新しい事実に驚く。

「だから、ウチじゃあ私の誕生日は、誰も祝わないのさ」

祝えないのだ・・・

何も、弟の誕生日に死ぬ事も無かろうに・・・誠太郎は、どこまで誠次郎に固執するのか。

「はじめて来たよ。多分、これで最後だと思うけどね」

義兄と決別するために、誠次郎はここに来たのだろうと、悠太は感じた。

花をそえ、線香を立てると、誠次郎は手を合わせる。

その横顔を見つめつつ、悠太は自らの中にいる乳兄弟を想う・・・

亡くなった者を忘れずにいる事と、囚われる事は違う。囚われて苦しみながら生きる事は、本当に死者のためなのか・・・

「義兄さん・・・さようなら」

そう言って、立ち上がる誠次郎の表情は、今までで一番明るかった。

 

 

「ずっと歩くけど、いいかい?」

悠太は笑ってうなづく、歩くのは苦痛ではない。

幼い時は、ずっと逃亡生活をしていて、こうして、お鶴と悠太郎と旅をしていた。

「暑くも寒くもない、いい時期に、いつか悠太と、ゆっくり話しながら旅でもしたかったんだ」

いつも一緒とはいえ、結城屋の雑事に追われていて、二人だけの時間を持つのが難しい。

「昔、母や父と行った温泉に、もう一度行きたくなって、あちこち調べさせてねぇ・・」

幼い時の記憶を頼りに、調べさせたらしい。

「夕方には着くから」

「はい」

誠次郎と並んで歩けるだけでも、悠太は幸せだった。

石山藩事件の後では、なおさらの事・・・

「いつも、傍にいてくれてありがとう」

いつもの笑顔の若旦那に戻っている。が、今の誠次郎には、どうでもいいような、やけっぱちな雰囲気はなくなっている。

「私こそ、傍においてくださって、ありがとうございます」

初めて会ったときから、誠次郎は、悠太の心の一番近くにいた。

いつも保護されていたのに、悠太にとって誠次郎は、守りたい存在だった・・・

「出会ったときの事、覚えてるかい?」

あれから10年たつ・・・・

「忘れるわけ無いでしょう?」

「なんとなく、お前は私に似ていて、でも私よりずっと強くて。ああ〜あの時の悠太は本当にかわいかったねえ〜」

7歳の頃の記憶がよみがえる・・

「今は・・・可愛くないですか?」

ふうん・・・

悠太を見つめつつ、誠次郎はうなづく

「可愛い・・・より、美人になったねえ。もう子供じゃないんだなあ〜と、時々思うよ」

「それって・・・」

恋愛対象に入っている事なのか・・・・

「私より、ずっとずっといい男になって、私なんか見向きもしなくなるんじゃないかい?」

まさか・・・・

悠太は笑う

「私には、若旦那が一番ですけどね・・・」

「そういってくれるのは、悠太だけだよ」

そうでもないでしょう・・・・・

恭介が昔、誠次郎を狙っていたし、結城屋の女性客も、誠次郎に好意を抱くものが多い・・・・

腹黒と言われつつも、お妙や、お町、平次、源蔵は誠次郎が好きだ。

「いいえ、若旦那はモテモテですよ。結構、皆に好かれてるじゃありませんか・・」

「なあに?やきもちかい?」

まったく、黒い変な魅力で皆を翻弄している。

「まあ、今は、独り占めできるから、安心ですけど〜」

独り占めか・・・・誠次郎は苦笑する。

確かに日常生活で、悠太を独り占めすることは難しい。

「悠太連れて、しょっちゅう旅行するかねえ・・・」

そんな我侭が通るわけも無い、百も承知だけれども・・・・

「でも、あん時の7歳の可愛い子が今じゃ・・・・」

時の流れを感じる。

今では、愛しい人になってしまった。

「いろいろあったねえ・・・今まで。」

ふと仰いだ空は、青く、どこまでも澄んでいた。

自分は変わったろうか・・・・・悠太は考える。

誠次郎は・・・・確かに変わった。

少なくとも、今は、やけっぱちで生きてはいない。そして、義兄を乗り越えた・・・・

「若旦那は、出会った時より、遥かに魅力を増しましたね」

「そうかい?」

自分では判らない・・・

「いつか、ありのままの、本当の若旦那に会いたいです」

それは、悠太の精一杯の求愛の言葉だった。

え・・・

少し戸惑いつつ、誠次郎は笑う

「腹黒でも、見捨てないかい?」

「若旦那の腹黒はチャームポイントですから〜」

ー私から腹黒とったら、何も残らないー

いつもの、自らの口癖を思い出す。

 

昔話、世間話、日ごろ思っている些細な事・・・・・とめどなく話しながらの道中は、二人を幸せにした。

試練の後の団欒なら、ひときわ貴重な時間である。

 

「本当に久しぶりの遠出だね・・・」

誠次郎はしみじみとつぶやく。こんなに楽しい旅も、幼いとき以来だ。

「はい」

流浪の身だった悠太には、結城屋と、その界隈に閉鎖された生活が安らぎだった。

一つのところに定住できる喜びは、言い知れない。

今更、旅に出ることなど考えてもいなかった。

思わぬ、二人旅に、戸惑いつつも、和んでいる自分をかみ締めていた。

 

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