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 中谷屋徳衛門は、その日、石山藩江戸屋敷に手代を連れて赴いた。

中谷屋は老舗の米問屋で、石山藩と取引があった。

しかし、このたびの、内山恭介を捕らえて監禁しているという噂に驚いて忠告に来たのだ。

「麻井様!恭介はいけません。すぐお帰しくださいませ」

家老達の会議中に呼び出された麻井は、首をかしげる。

「判らないのですか?恭介は今や、お江戸のブランド、結城屋の専属職人でございすよ」

「だから?」

ナンだというのだ・・・・・

「結城屋、ご存知ないんですか?あの結城屋誠次郎を!」

誰なんだ・・・それは?麻井は、言葉の意図がつかめない

「まあ・・・お江戸にお暮らしではないので、ご理解いただけないかもしれませんが・・・

結城屋は、商人組合のラスボスのようなものです」

はあ・・・・ますます判らない

「先代から店を受け継ぐやいなや、急激に手を広げ、今じゃあ、商人組合ではカオです。さらに性格は真っ黒で、

行く手を阻むものは、すべて破壊して進む、性悪商人なんでございます」

「どんなヤツなんだ・・・」

あまりの言われように、麻井は誠次郎に同情する。

「とにかく、恭介は結城屋の千両箱。それを捕まえたりしたらシメられますよ?」

シメる・・・なんで、武士の自分達が、商人にシメられなければならないのだ・・・・

「そんな事、続けるのなら、私は石山藩から手を引かせていただきます。結城屋に睨まれたくありませんから」

えええ???

「たぶん・・・他の米問屋とも、取引不可能でございますよ。同じ理由で」

「おい・・・徳衛門・・・それは・・・」

「ハイ、兵糧攻めを意味します」

米が手に入らない・・・いや・・この分では食料のすべてが・・・・

商人に兵糧攻めされて、国に逃げ帰ったなど、あってはならない。

「結城屋は妾の子でしてね、本妻に、かなりいじめられて育ちました。その仕返しに、

すでに離縁状態で戻された継母実家の店を潰しちまった・・・・と言う黒歴史が、今も言い伝えられています。

離縁された、かかわりのない継母の実家に追い討ち掛けたんですよ?自分が結城屋継ぐや否やです」

かなり執念深い男なのだろう・・・・麻井は眉をしかめる

看板職人取り上げられたーというのは、牙をむかれる充分な理由になる・・・・

「結城屋といえば・・・もう一人、手代が参ったが?」

え!!!

手代と聞いて、徳衛門は真っ青になる

「悠太という若い少年じゃないでしょうね?」

「そう、悠太とかもうしたのう・・・」

ぎゃぁああ・・・・・

徳衛門は急いで立ち上がる

「もう、かかわりたくありません。帰ります!お取引も以後、やめさせていただきます」

麻井はすばやく徳衛門の腕をつかみ、無理に座らせる。

「こら・・・あわてるな。話をせんか・・・何者なのじゃ?その手代は」

「誠次郎のこれです」

と小指を立てる

え・・・・・今度は麻井が悲鳴を上げたくなる。

「雪花楼から身請けしてからは、いつも傍に置いていて・・もう溺愛していまして、私どもはヘタに話しかける事も、

視線を合わせることすら出来ません。ちょっかい出したとシメられますからねえ・・・・では、これで」

と、再び立ち上がろうとする徳衛門・・・・

そこへ誠次郎が、女中頭に連れられてやってきた。

「麻井様・・・結城屋の主人が参りました」

!!!!!

噂のラスボス登場に息をのむ二人・・・・・

紋付袴で、正装して入ってくる26歳の若旦那、結城屋誠次郎。

「おや、中谷屋さん、お越しでしたか?」

「いえ、もう帰るところでした・・・」

と、そそくさと部屋を出てゆく徳衛門を見送り、誠次郎は麻井を振り返る。

確かに、只者ではない。石山藩の家老は、誠次郎に殺気を感じる。

自分より、はるかに若いこの商人は、幾度かの修羅場を潜り抜けた夜叉の香りを放っていた。

「ところで、ウチの手代と簪職人が、ここにお邪魔していると聞いて、参りましたのですが・・・」

冷たい笑いを浮かべ、誠次郎は静かにそう告げる。

「いかにも。あの手代の生い立ちについて、お前はどれくらい知っておるのか」

「すべて存じております。悠太が鳴沢藩の若君だということも、石山藩にとっては、悠太が邪魔な存在だという事も・・・・」

麻井は思い余って頭を下げる。

「すまん!早く手代と恭介を、連れて帰ってはくれぬか・・・」

 思いもよらない麻井の言葉に、誠次郎はフリーズしてしまった。

そんな誠次郎に、麻井は今の事情を語りだす・・・・

 

 

「なるほど・・・殿様の異常な執着は、奥方経由のものだったんでございますね・・・

しかし、ご家老もお困りでしょう、お察しいたします」

言葉は柔らかいが目は笑ってはいない。

「他の家臣も、大反対しておるのじゃ。婿養子ならともかく・・・しかも因縁つきの・・・」

「殿様にお伝えくださいませ。手代と簪職人を開放しなければ、兵糧攻めしますと。」

しれっと言ってしまう誠次郎の恐ろしさ・・・・

「いや・・それだけは・・・」

兵糧攻めなどで敗れるのは武士の恥・・・・

「手代に何かしたら、ただじゃおきませんからね」

中谷屋が言っていた言葉を、麻井は思い出した。

ーもう溺愛していまして、私どもはヘタに話しかける事も、視線を合わせることすら出来ません。

ちょっかい出したとシメられますからねえー

まずい・・・ヤバイ・・・セクハラでもしそうな雲行きの殿様である・・・

「・・・承知した・・・そこにおれ。」

大急ぎで部屋を出る麻井。恭介の事も気になっていた。そして・・・悠太の事も・・・

少し行くと廊下で、身づくろいした恭介一行に出会った

「麻井様、準備は整いました」

「そうか、ご苦労。あとは任せろ。内山、ついて参れ」

とりあえず小奇麗になった恭介をつれて、麻井は悠太のいる部屋に入った。

「内山恭介を連れてまいった」

同時に目が合い、悠太と恭介は互いの生存を確認した。

「少しの間、席をはずす。言葉を交わせ。それから、殿の御前に上がるので、そのつもりで。あと・・・結城屋の主人が来ておる」

そう言って戸が閉まると、同時に恭介は悠太に駆け寄った。

「ご無事でしたか・・・」

「それは、こちらの台詞ですよ。ひどくたたかれたようですね・・・」

顔の痣、腕・・・見えないところにもあるはずだった

「これしき、なんでもありません。それより、石山の殿様、若君を狙っているそうですが・・・」

「どうやら、母上に執着しているようです・・・」

うんうん・・・恭介はうなづく。

「見向きもされませんでしたからね・・・当たり前ですよ、鳴沢公のほうが、総てにかけて勝っていますし、

奥方は一途に、鳴沢公をお慕いしておられました。それが口惜しいんでしょうね」

人の情とはやっかいなものだ・・・

「しかし・・・変態オヤジですよね。母親がダメならその息子・・・なんて」

そう言いながら、負い目のある恭介・・・

「若旦那が来てるって・・・」

悠太は、麻井の先ほどの言葉が気になる。

「来るでしょうね〜誠次が来たなら話は終わりです」

そうなるだろうか・・・・悠太はまだ不安だった

「大丈夫です。誠次の腹黒と悪行は天下無敵です。信じましょう」

そんな事・・・信じたくないが・・・・悠太は苦笑した

 誠次郎が動く事くらいは恭介にも想像はつく。が、誠次郎が動くのは最後の最後。

これは鳴沢藩と石山藩の問題で、ある程度、恭介と悠太が収集しなければならない事も多い。

この件を完全に終わらせるには・・・・

そして、事態によっては手遅れになる場合もあることも、覚悟の上だった。

キーポイントは石山藩の出方・・・

若君を捕まえてどうするつもりなのか、という事だった。

「そんなに・・・母上に似ていますか?私は・・・母上は、どんな人でしたか?」

「儚げで、それでいて芯の強い・・・ええ、瓜二つです。鳴沢公にとって必要な方でした。

そうでなければ、俺がさっさと略奪してました」

半分本気で、半分冗談の恭介の言葉は、悠太の胸を突き刺す。

相手の幸せを何より願った、恭介の思いの深さが満ち溢れている。

「本当ですよ、俺に落とせないものなんかないんですから〜やっちまえばこっちのもの・・」

どこか負け惜しみ感が漂っている・・・・

「奥方が変な女なら、さっさと手なづけてメロメロにしてました」

「恭介さん・・・ここでそういう話は不謹慎です・・・」

不安をごまかす為の、はったりも少し度が過ぎた。

悠太は、やんわりと諭す

「申し訳度座いません・・・」

しょんぼりする恭介。それほど蓉姫がすばらしいと言いたかったのだ。

しかし、悠太には判る。恭介は実は不器用な男であるという事が。

 本気の相手には弱気になるという事も・・・

「でも、ここでお会いする冬馬様は、どこか鳴沢公を思わされます。結城屋におられる時と、雰囲気が違いますね」

自分が、さっきから悠太に敬語を使っている理由の一つでもある。もちろんこの状況では、悠太は若君なので当然だが。

無言で悠太は笑う。

恐らく、自分が鳴沢冬馬として行動する最後の場となるだろう。

これが終われば、若君という肩書きから開放される・・・

「恭介さん、私は私の最善を尽くします。その後は若旦那にお任せすればいいんですよね」

そう言って、悠太は外で呼ぶ麻井の声に応じて立ち上がった。

 

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