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石山幸成の前に、悠太、恭介、誠次郎、麻井が対峙して座った。
「石山様、私は武家の身分を昔に捨てました。今は結城屋の手代にございます。
先ほどのお話は無かった事にしていただきたく・・・」
開口一番に悠太が、養子辞退の旨を伝える。
「私も、若君のお心を知った今では、もう、お家再興など考えてはおりません。
どうか、私どもをこのまま、お捨て置き願えませぬか」
うんうん・・・・恭介の言葉に、麻井はうなづく。
それでいいのだ。元の鞘に収まれば、何の問題も無い。
「何を言う、鳴沢冬馬・・・そちを廓に送った挙句、小間物屋の手代にまで貶めたのはわしじゃ。責任を取らせてくれ」
え・・・・
ぎくりと麻井は誠次郎を見る
「お言葉でございまするが・・・結城屋は代々続いた老舗・・・私は少しも恥じてはおりませんが」
突っかかる誠次郎を一瞥して、幸成はぼそりという
「この者は・・・誰じゃ?」
「結城屋誠次郎にございます。鳴沢冬馬様の雇い主で、身請け人でもあります」
何・・・無関心が敵意に変わる。
「お前は鳴沢冬馬を・・・お蓉の形見を・・・廓から買い取って、奴隷のように扱うておるのか!」
むっ・・・誠次郎は、かなりむかついた・・・・
「石山様、それは 誤解でございます。結城屋様は、廓にいた頃、火傷を負って売り物にならなくなった私を、
引き取ってくださった恩人です」
悠太も非常に憤っていた。
「恩着せがましく引き取って、毎晩夜伽でもさせておるのではないのか」
お前と違うわい!!!誠次郎の喉まででかかった言葉・・・・
「若旦那は、そのような方ではございません。侮辱するのは、おやめくださりませ」
静かに、しかし、有無を言わせぬ強さで、悠太はそう断言する。
「殿・・・・」
はらはらの麻井は、耐えかねて奥の間に幸成を連れ込む。
「何じゃ!麻井!」
「お声が大きゅうございまする・・・・殿、後生ですから、結城屋誠次郎を怒らせないでくださりませ」
「たがが商人ではないか!」
その商人に、兵糧攻めされようとしているのだ・・・
「あの男は、商人組合のラスボスで、気に入らない店の暖簾を降ろさせる事など、朝飯前な鬼畜商人なのです」
「わしとは関係ないわ!」
「関係ございます・・・中谷屋が、結城屋の制裁を恐れて、ウチとは手を切りたいと言ってまいりました。
恐らく、他の米問屋も、もうウチには売らないでしょう」
「兵糧攻めか?あやつが何故、そんな力を持っているというのだ・・・」
少し、勢いをそがれた幸成。
「金がものをいう時代ですからねえ・・・正直、いまどき武家など有名無実・・・何の役にも立ちませぬ・・・」
おい・・・・
はっきりものを言う麻井に、幸成は返す言葉も無い。
「それに、結城屋は、鳴沢冬馬様を非常に溺愛しておりまして、他のものが近寄る事さえ禁じているようです・・・」
お蓉も鳴沢冬馬も手に入らない・・・幸成はため息をつく
「申し上げてよろしいですか・・殿、もう蓉姫の事はお忘れください。あの一件で、
どれだけ家臣が犠牲になったとお思いですか!石山藩の評判も落ち、周りの白い目にも耐えながら来た苦労をお忘れですか?」
むう・・・・幸成は言葉が無い
商人から、いじめを受けるなど、武士としてあってはならない。
「あやつは・・・何者じゃ・・・」
「根性のひねくれた、妾の子だそうです。判るでしょう?虐げられてた者が、いきなり力持って、無茶やり出すあれですよ」
それでは、手がつけられないではないか・・・・ため息の幸成。
「しかも、あの目・・・只者じゃないですよ。ありゃあ、かなりの修羅場くぐってますね。刃傷沙汰くらいは起こしてますよ」
えっ・・・
幸成は思いっきりひく
武士とはいえ、刀など持ってはいても、使った事は無かった。そんな平和なご時勢なのだ・・・・
「とにかく、二人は返しましょう結城屋に。こんな事して、奥方も、うるさいんじゃないんですか?」
忘れてた・・・天下無敵のかかあ天下、正室のお朱鷺・・・・お蓉との仲を疑っている・・・
悠太を養子などにしたら、隠し子疑惑をかけられる
「判った、籠を呼んで返せ・・・慰謝料払ってな・・・」
「ありがとうございます。助かりました」
にっこり一礼すると、麻井は、誠次郎達のいる部屋に戻る。
廊下にいた女中に、籠の手配をさせ、錠前のついた引き出しを開け、袱紗に包んだ非常金を取り出す。
「結城屋、今までの無礼許せ。わが主君も反省しておるので、水に流して、簪職人と手代を連れて帰ってはくれぬか」
ふっ・・・・誠次郎は冷笑する
「お判かりになられたのなら、よろしゅうございます。中谷屋には、引き続き、こちらと取引きするように言いましょう」
ぞぉおっ・・・・
麻井は寒気がしてならない・・・・
「あと、これは、手代がもって参った商品の代金だ。」
先ほどの非常金を差し出す。
見るからに、悠太が持ってきた簪や笄の代金にしては多すぎる。
慰謝料・・・・悠太と恭介は顔を見合わせた。
「そして・・・これは、間違えて紛れ込んでおったが、手代の私物であろう?返すぞ」
そう言って、印籠を差し出した。
「恐れ入ります・・・」
悠太は静かに受け取った。
屋敷の前で、結城屋一行を籠に乗せて帰した後、麻井は胸をなでおろした。
長い長い鳴沢との因縁からようやく開放された。
バカ高い簪代を払ってしまったが、これで江戸での生活は保証されたのだ・・・
恭介とは途中で別れ、日がくれる頃、悠太と誠次郎は結城屋の前で籠を降りた。
「若旦那・・・」
心配して、源蔵は店の前で待っていた。
「源さん・・すまないねえ、心配掛けて。」
いつもの笑顔の若旦那に戻っていた。
「いいえ。悠太も、お帰り」
悠太は無言で会釈をする
「結城屋がこれほど力があるとはねえ・・・今は、刀より金の時代なんだねぇ・・・」
大笑いしながら誠次郎は店に入り、源蔵と悠太はそれに続く。
「恭介も無事だから、ちょっと、よれよれだったけど・・・まあ、生きてるよ。」
「そうですか・・・お峰が夕飯の支度して帰っていきましたので、召し上がってください。」
「うん。あ。源さん、これ簪と笄の代金ね。石山の殿様が買ってくれたよ・・・10倍くらいの値でねぇ」
そう言いつつ、誠次郎は、袂から袱紗を取り出し、簪と笄の代金を源蔵に渡すと、残りは懐にしまった。
「残りはお小遣いに貰うよ〜悠太と慰労会するから」
「そうですね、今回は大変でしたから・・・何か美味いものでも召し上がってください」
「休暇貰っていいかい?温泉とかで、ゆっくりしたいんだけど」
ああ・・・源蔵はうなづく
「そうですね・・・今の時期、紅葉も綺麗ですから、お二人でゆっくりしていらっしゃい」
そう言って、源蔵は帰っていった。
いきなり温泉旅行の話が出て、悠太は怪訝な顔をした。
「温泉ですか・・」
「それはついで・・行くとこは、全然別の所だけど。一緒に来てもらいたいんだ」
そう言って、台所に向かう誠次郎に、悠太は微笑みかける。
誠次郎が、何か主体的に行動をおこすのは、恐らく初めての事だと思う・・・
「あ、悠太・・・」
味噌汁をよそいながら誠次郎は振り返る
「これで、よかったのかい?」
少しの惣菜と、焼き魚と茶碗を盆にのせて奥から出てきた悠太はあきれて笑う。
「いいに決まってるじゃないですか ・・・」
かなりありえない、手代と店主同席の夕食が始った。
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