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 石山藩江戸屋敷・・・この大きな門の前で、悠太は立ち止まる。

結城屋から拝借してきた笄、簪など、小物数点と形見の印籠を入れた風呂敷を握り締め、ゆっくり中に入る・・・

「結城屋から参りました。ご注文のお品をお届けに・・・」

玄関で、にこやかにそう言うと、女中頭らしきものが首をかしげる。

「結城屋?何か頼んだっけ?」

そこへ、30代の若い侍が台帳を手にやってくる。

「御用聞きか?」

「結城屋ですって」

と、二人そろって悠太を見つめる

「結城屋に注文した記録はないが・・・」

台帳を繰りながら、侍も首をかしげる。

「お殿様じきじきのご注文なのです、これをお見せすれば、ご了解いただけるかと」

偶然通りかかった家老、麻井信行が悠太の言葉に立ち止まった。

彼は、70がらみの石山藩の重臣で、先代から仕えている。

恭介を捕らえている今、ここに来る不振な者に神経を使っていたのだ。

見れば、誰かに似ている・・・誰かは思い出せないが・・・

「そこのもの、結城屋と申したな?」

「はい、結城屋の手代で、悠太と申します」

「品を改めよう」

言われるがままに、悠太は風呂敷を差し出す。その中には、鳴沢藩の家紋のついた印籠があった。

(これは・・・)

再び悠太を見る

(蓉姫・・・・)

思い出した、主人 石山幸成の犯した罪とともに、当時の屈指の美姫の面影を・・・・

「歳はいくつだ」

「17になります」

間違いない・・・・・

「殿に取り次ぐ、ついて参れ」

そう言って奥に向かう麻井に、悠太はついていった。

とりあえず、城主 石山幸成にたどりつけそうだ。

安堵と、これからの戦への気合とで入り混じった思いを胸に、悠太は奥の間に向かった。

 

「殿・・・鳴沢の若君が、じきじきに参りましてございます」

廊下に悠太を待たせて、部屋にに入ってきた麻井の言葉に、幸成は顔色を変える。

「本物か?」

「恐らく・・・蓉姫に生き写しでございますから」

蓉姫・・・今もなお忘れる事が出来ない、最愛の女・・・

真壁藩の噂の美姫・・・彼女にほれ込んだ幸成は、側室に迎えたいと申し出ていた。

しかし蓉姫は、幸成より若い、鳴沢永之進の正室となった。

当然といえば当然だ。若い身で、さほど大きくも無い石山藩の側室に入るなど、考えられない。

しかし・・・どうしても手に入れたかった・・・

だから、鳴沢永之進を落としいれ、亡き者にして、蓉姫を手に入れようとしたのに、

彼女は夫の後を追って自害してしまった。

 ー生き写しー

麻井の言葉が胸に響く

二度と手に入らないと思っていた最愛の女の忘れ形見がここにいる・・・・

しかも、その人の面影を宿しているというのだ

 「通せ」

「はい」

麻井はうなづいて、悠太を呼び入れた。

奥の間に入ってきた悠太の姿を見て、幸成は息をのんだ。

初めて会った時の蓉姫そのままだった・・・

「お蓉・・・」

 母の名を呼ぶ幸成に少し驚きながら、悠太は幸成の前に正座して、頭を下げる。

「鳴沢の嫡子、鳴沢冬馬にございます。本日は、こちらにお邪魔しております、内山恭介を解放していただきたく参りました」

 麻井はそんな悠太を見て、往年の鳴沢永之進の姿を思い出した。

確かに、面持ちは蓉姫に似ていたが、居住まいは鳴沢永之進そのものだった。

「内山か・・・帰してやらぬではないが・・・・お前次第じゃ」

来た・・・・と悠太は思った・・・良くて切腹、悪くて打ち首というところか・・・・

「わしの養子になって、石山藩を継げ」

血迷ったか・・・麻井は舌打ちをした。

確かに石山藩には姫が一人いるのみ。若君が生まれなかったので、婿養子を取るしかなかったが・・・

「どういう事でございますか・・・」

思ってもいない展開に、悠太もわけがわからない

「言葉通りじゃ。お家再興の必要など無い。お前に石山藩をくれてやる。その代わり、一生わしの傍にいろ」

「殿・・・それは、婿養子という事ですか?この者と姫との婚礼をお望みですか?」

主君とはいえ、理解しかねる幸成の言葉に、麻井は困惑する。

 「婿養子ではない。息子になるのじゃ」

(それに何の意味がある・・・・・)

他はいいとして。蓉姫の事となると、とたんに理性をなくすこの主君に、麻井はほとほと手を焼いていた。

今でも、鳴沢永之進を陥れた事は理解しかねる。あの事件で周りの印象をどれだけ悪くした事か・・・・

「何故・・・私にそのような事を望まれるのですか・・・」

悠太の問いに、幸成は鋭い視線を向けた。

「お前はお蓉の、わしの最愛の女から出たものだからじゃ。それに・・・」

と幸成は悠太に近づき、あごに手を掛けて上を向かせた

「幸い、お蓉に瓜二つ・・・ウチの娘になどにやらぬ。わしの息子にするのじゃ・・・」

どこかおかしい・・狂っている・・・

頭のどこかでそう感じつつ、悠太は、どうすべきか逃げ道を探っていた

悲劇の原因は、この男の母に対する確執であったことは理解できたが、

さらに自分をどうするつもりなのか見えてこない・・・

 「お蓉・・・」

そう言って、抱擁してくる幸成に困惑する悠太、そしてショックのあまり身動きの出来ない麻井・・・・

「内山にあわせていただけますか・・・生存を確認したうえでお答えしとうございます」

悠太がそう言わなければ収集がつかなかっただろう・・・・麻井はようやく我に帰った

「殿、この者の言うとおり、内山は牢から出しましょう」

麻井の言葉に、幸成も悠太から離れてうなづく

「内山を牢から出して、身支度させよ」

「はい、この者も一旦引き上げさせます。ついて参れ・・・」

そう言われて、安堵した悠太は立ち上がった。

 

 

「まったく・・・あのバカ殿、なに考えてるのかわからん・・・・」

 愚痴を言いつつ、麻井は牢で新参者に恭介の縄を外させる

数日間の拷問で、あちこち痣になり、衣服と髪を整えても、無残ないでたちだろうとぼんやり考える。

「風呂に入れて、髪結い呼べ・・・」

「おい」

恭介はようやく口を開いた

「俺をほどいて、どうする気だ?  !まさか・・・」

「ああ、まさかの若君ご登場だ」

「なんだと!!若君をどうするつもりだ!!」

はははははは・・・・・

自嘲するように麻井は笑う

「石山藩を継がせるんだと。」

はああ・・・・・

恭介も解せない

「息子にして愛でるそうだ。あのバカ殿・・・」

はああ!!!

切腹、打ち首よりも、まずい状態に陥ってる事に気づく恭介

確かに・・・当時、奥方に何度も手紙がきていた・・・

ー自分の側室になれば、鳴沢永之進は助けてやるー

そんな内容の手紙が・・・・・

幸成が、奥方に横恋慕していたのは知っていた。そして今、若君を奥方の身代わりにするというのか・・・

「おい!麻井の爺さん、お宅のバカ殿は衆道か?」

爺さん扱いされてむかつきながらも、麻井は首を振る。

ぎいいいいい〜

鈍い音とともに牢屋の戸が開いて、一同は外に出る。

「昔は1人、2人、色小姓がいた事はあった。若い頃だ、好奇心でそういう事はあるだろう。

しかし、成人してからは無い。なのに・・・」

麻井自身、困り果てていた。

「何!それじゃ、デキるんだよな?男と・・・」

疲労も痛みも吹き飛ぶような、衝撃的な事実に、恭介は麻井に身を乗り出す。

「まあな・・・」

一番前を歩きつつ、麻井はため息をつく。

後ろで二人に両脇で支えられながら、廊下を歩く恭介は、前に身を乗り出していた。

「まあな・・・じゃねえよ!」

「そう怒るな・・・どうせ、廓にいたんだろ?お前んとこの若様・・・」

ああ〜!!!

恭介は半狂乱になっていた

「ねえよ!!!冬馬様はなあ!潔白だぞ純潔だぞ!まっさらで新品だぞ」

若君に対して、なんて表現をしているのか・・・麻井は呆れながらも恭介を振り返る。

「お前・・・ところどころ見え隠れしてるが・・・アッチだな」

「俺の事は関係ねえ!!」

うるさいなあ・・・・小指で耳をほじくりつつ、麻井はうんざりする。

「とにかく、身支度して若君と再会しろ」

そう言い残して、麻井はその場を離れた。

他の家老達と会議しなければならない。石山藩の後継者を、ああ簡単に決められてはたまらない。

(普段は分別あるのに、何で蓉姫の事になると、おバカなんだろうか・・・)

家老の一人である麻井は頭が痛かった。

 

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