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「最近、何も私にはおっしゃらないですよね・・・」

寝室で、悠太の敷いた床に横たわる誠次郎に、悠太はそう声かける。

うん・・・・誠次郎は頷く。

無駄話をしなくなった・・・・ということか。実際、そんな余裕もなかった。

「むやみに言葉を発して、お前を傷つけたくないからさ。それとも・・・言葉がないと不安なのかい?」

さあ・・・・今度は悠太が首をかしげる

無駄な会話の中から、誠次郎の本心を探し当てると言う作業も困難だが、無言の誠次郎はもう、とらえどころも無い。

「あんまり自分勝手になって嫌われたくないからね」

嫌われたくないなどという感情自体が、誠次郎自身にはありえなかった。

好かれたいなどと思ったことなど、なかった。今までは・・・

「嫌いませんよ、いっそ嫌えたら楽なのに・・・それが一番難しいんです」

 ふざけてない誠次郎に戸惑いつつも、これが本来の姿なのだろうと思ったりもする。

少なくとも今、彼は真剣に生きている事は確かだ。

 「生き地獄、皆そう言っているんだろう?しってるよ」

「若旦那は黙っていると、迫力ありすぎるんですよ・・・商人なのにかなりコワモテですね」

「悠太、もし、今までと違う本物の私の姿が、無愛想なコワモテでも嫌いにならないかい?」

「私は、本当の若旦那の姿が見たいです。無理して笑ってごまかしている若旦那じゃなくて、本物の・・・・」

そういって、悠太は行燈の明かりを消して床に入る。

「今年は花見にも行く気にならなくて・・・皆には悪い事をしたねえ」

隣にいる悠太の方を向いて誠次郎はため息をつく。

しかし、こんな状態でびくびくしながらの花見は、奉公人達も望んではいないだろう・・・

「若旦那、最近思うんです。愛するもののために死ぬ事よりも、愛するもののために生きる事の方が何十倍も難しいと・・・」

ふうん・・・・

誠次郎はうなづく。

「ですから、私は生きます」

どうでもいいように生きてきたのは悠太も同じだった。誠次郎に会うまでは・・・・

そして今、もう一度改めて、生きたいと思う。誠次郎の傍で・・・・・・

「爺さんになるまで生きるんだよ。絶対に」

「・・・なんか惨めですね。爺さん二人が結城屋に居候なんて。とんだ厄介者ですよ」

くすくす笑いながら悠太はそう言う

「失礼だねえ・・・」

苦笑して誠次郎は悠太を引き寄せる。

「そう思えば、後継者は必要だねえ・・・そのうち養子でも貰うか・・・」

のんきにそんな事を呟きつつ、誠次郎は眠りにつく。

このまま何事も無ければいいと悠太は思う。しかし何かが起こっても、もう揺るがない自信はある。

恭介を犠牲にはしない、そして自分も必ず生きて帰る・・・

その為の最善の手段をとる。

そう決意してからは心がおだやかになった。

 

 

「おじいちゃん、若旦那どう?」

着物をたたみつつ、お妙は源蔵に訊く

「あいかわらずさ」

両親を早くに亡くし、祖父と孫娘が肩寄せて生きてきた。今では親子のようでもある。

「でも、今の若旦那が、本来の誠次郎さんに近い気がするよ」

そういいつつ布団を敷く

「本当?」

「ああ、この件は、いいきっかけなのかもしれないねえ・・・

もう今の若旦那は、どうでもいいなんて言っていられないからねえ」

ああ・・・・そうか・・・

お妙もうなづく。

白と出るか黒と出るかはまだ判らないが、この事件は誠次郎にとっては重大な転機なのだ。

「おじいちゃんも心配よねえ・・・」

着物をたたむと、お妙は寝室に入り、灯りを消す。

「わしは先代から誠次郎さんの事を任せられておるからのう・・・」

布団に入った源蔵は、そう言って目をつぶる

「大丈夫よ、きっと。よくわからないけど・・・大丈夫」

根拠の無い慰め方をしつつ、お妙も布団に入る

「悠太は上手く切り抜けられると思う。そういう子よあの子は」

そうでなければ、悠太の人生はあまりにも悲惨だ。

「おじいちゃんて、案外、若旦那の事 好きでしょ?」

・・・何を言ってるんだ・・・・源蔵はあきれるが、否定は出来ない。

息子のように大事である。

「私も、好きだよ。いい加減で好き勝手してるけど、なんか、いい人よね」

誠次郎は、本当は寂しがり屋で、甘えん坊で、まっすぐな無邪気な子供だったのだ。

それを捻じ曲げた継母と腹違いの兄。長い長い苦痛に満ちた日々・・・・

受けた傷痕は心にも身体にも刻み込まれている。

そんな悲しい誠次郎が愛しい。

「わしは庇ってやれなかった・・・それが心残りでなあ・・・」

月の光が差し込んで、光の帯を畳に落とす

「でも、なんだかんだ言いながら、若旦那もおじいちゃんの事、頼ってるみたいよ」

ー源さん、私は誠次を抱きしめてやりたいのに、誠太のためにそれが出来ないんだ・・・−

今でも、東五郎の背中が目に焼きついて離れない

悲しい父がいて、悲しい息子がいる・・・・その間に立って、総てを傍観してきた自分がいる。

たしかに・・・悠太の笑顔は、志乃の笑顔に似ている。誠次郎が無意識に心が安らいだとしても不思議ではない。

志乃を亡くしてからの東五郎は力をなくしていた。

誠次郎をそんなふうにしたくは無い。

源蔵は思いつめた瞳で月を見つめる。

 

「お妙・・・・」

もうお妙は眠りについてしまっていて、返答は無かった。

「寝たのかい?」

悠太を信じるしか道は無いと、源蔵は苦笑して再び目を閉じた。

 

 

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