55

 

「大旦那・・・」

ある昼下がりの雪花楼で、芙蓉が平次のところにやってきた。

「昨日、藤若の事、調べてる客がいたんだけど・・・」

「どこのどいつだ?」

「町人の振りした侍」

え?

平次は渋い顔をした

「だって、服装は町人なんだけど、髷が・・・」

そういう中途半端な変装で探りを入れるとは間抜けである。

「で、なんて言ったんだ?お前は?」

「私達は、ここに来る前の話は一切しないから判らないと・・・店主に訊けと」

よくやった・・・・平次は芙蓉を心の中で褒めた。

もちろん、悠太の素性は平次しか知らないことだが、要らないことを話しているうちに勘付かれる事もある。

年恰好、行動、形見の印籠など・・・・

まさか、平次に聞くようなへまはしない。平次と恭介は繋がっているのだから

乳母の実家から廓に売られた事実が判明して、調べに来たのだろう。

「鞍替えして、今はここにはいないとだけ言いました」

「そうか・・・」

しかし、もうそこまで調べられている。

「悠太って・・・何者なんですか?」

「さあ、俺もしらねぇ。けど、やばそうだな・・・」

「ですよねえ・・・」

そう、かなりヤバイ・・・・

恭介は職人として名を売っているのですぐに見つかるだろう。

以前からの要注意人物でもあった。

 お町に結城屋に知らせるように頼むしかなさそうだ・・・

「他の者にも、客が何聞いてきても変なこと話すなと言っておけ」

「はい」

もちろん、悠太の火傷事件は、雪花楼の黒歴史NO1で口外禁止事項だ

廓の中で陰間が同僚を傷つけたなど、あってはならない。

もちろん、どこの廓でも、それは存在する。しかしその事実が露見すると廓の格が落ちる。

自分のいる廓の価値を好んで落とすものはいないので、陰間達は知っていても口には出さない。

だから、藤若の話は皆避けるのだ。どこから零れ落ちるか判らない。

平次はため息をつく・・・・・

恐らく自分には、接触してこないだろう。

雪花楼は結城屋の息がかかっている事で、むやみに誰も手出ししない。

ー結城屋を敵に回すなーとは、お江戸の常識。

その結城屋の唯一人の友達である平次に危害を加えたら、結城屋が動く事くらい子供でも知っている。

「恭介・・・大丈夫かな・・・」

結城屋からの商品の受け渡しは今、お町が担当している。

恭介、結城屋、雪花楼・・・行ったりきたりしながら・・・・

もし、つかまっても、お町は、訳のわからないお町節で、煙に巻くと言う必殺技を持っている。

あの強力な個性に打ち勝つものはいない・・・・

そして・・・彼女も、自称、結城屋ご用達作家を名乗っているため、手出しするものはいない。

そればかりかー結城屋屋は私の閨友ーなど、ととんでもない事をいいふらかしている。

そのたびに誠次郎にーシメるぞーと脅されていた・・・

(なんにしてもヤバイ・・・・)

平次は額に手をあてた・・・・・

 

 

一方・・・お町は菊娘の集会に参加するため、独り、派手な姿で町を徘徊していた

「あっ・・」

突然、後ろから襟首をつかまれ、物陰につれこまれる・・・・・

「誰?私を結城屋の閨友と知っての狼藉か!」

一瞬にして口をふさがれる。

「お町・・・変なこと言うんじゃねえ・・・誠次が聞いたら、ただじゃすまんぞ」

あ・・・・

自分の口をふさいでいるのは恭介だった・・・

「追われてんだ・・・助けてくれ・・・」

遠くからばたばたと追っ手の足音がきこえる・・・・

「すまねぇ・・・」

そういって恭介はお町を引き寄せてくちづけた・・・

え!!!!

お町はそのまま固まった。

 

 

「すまんすまん・・・追っ手やり過ごすためにさ・・・」

菊娘の集会所にかくまわれた恭介は、頭をかきながら謝る。

「ひどーい!!!だからって本当にやること無いじゃん。ぶっちゃけ〜ただ抱き合ってても

やり過ごせるんじゃない?」

「いや・・とっさに・・・」

「あんた、女もOKだったの?この痴漢!」

思いのほか激しく怒るお町に、恭介は困り果てていた。

「俺もやりたくてやったわけじゃあ・・・」

バコッ

お町が一撃を食らわす。

「私の大事な”初めて”がこんなのに奪われた!」

え・・・・

恭介が固まる

「初めて・・・・て・・お前・・・」

「悪いか!」

「そんな奴が菊モノ書いてたの?経験無しで?つーか・・・結城屋の閨友とか言っときながら」

とうとう泣き出す、お町に呆れつつ恭介はつぶやいた。

「お前・・・生娘か?」

「悪いか!菊モノは所詮想像の産物なのよ!結城屋の閨友つーのは、身を守るためなのよ〜〜〜」

もう恭介は言葉も出なかった。

「宗吾に言いつけてやる!恭介に手篭めにされたって言ってやる!」

それは信じないよ・・・・と心の中で恭介はつぶやく

「すまねぇ。でもさ、経験値上がっただろ?」

「上がるか!!!気色悪い!!!」

ーまともに男女交際できねぇ奴らの集まりなんだよー

誠次郎は菊娘達の事をそう言っていたが、なんとなく判る気がした・・・・・

「どうすりゃ許してくれる?」

「そうねえ・・・これから菊集会だから、恭ちゃんには、そこにゲスト出演してもらうわよ。」

「それでいいの?」

「そうね、話聞かせてくれたらね・・・」

すっかり立ち直ったお町がいた。

「何の?」

「もちろん、男同士のアレ。」

「てめえぇ!!!」

今度は恭介が涙目になっていた

お町は最強で不死身だと、改めて恭介は実感していた・・・・・

 

TOP     NEXT

 

ヒトコト感想フォーム
ご感想をひとことどうぞ。作者にメールで送られます。
お名前
ヒトコト

 

 

inserted by FC2 system