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 年の暮れ、仕事納めの忘年会に結城屋は、にぎわっていた。

「皆、ご苦労様。そこそこに飲んで、そこそこに帰っとくれ〜」

(どんな言い方ですか・・・)

誠次郎の乾杯の音頭のとり方に、力が抜けていく源蔵だった。

料理も仕出し屋に頼んで、賄いの女中たちも今日はゆっくりしている。

正月三が日の御節を作らせたのだから、それくらいは許そうという誠次郎の計らいである。

大広間に膳を並べて使用人勢ぞろいだった。

住み込みの丁稚達も、親元に一時帰省するので浮かれていた。

最初は同僚同士飲んでいるが、だんだん無礼講になってゆく・・・・

 

「正月くらいは引きこもりたいねえ・・・」

師走、いやに大忙しだった誠次郎は、ため息をつく。

「商人組合で問題でも?」

暮れは寄り合いで、誠次郎はほとんど店にいない。そして、悠太を連れずに毎日出ていた。

「ああ・・・恭介ブランドの偽物が出回っていてねえ・・・犯人捕まえてシメるのに大変だったんだ」

寿司をつまみつつ、誠次郎はため息をつく

「シメたんですか・・・」

「信用第一だからね、商人は。偽物が本物よりいい細工ならまだ文句ないよ、あんな粗悪品を恭介作だと言われちゃね・・・

恭介も激怒してたよ〜」

商人組合の寄り合いには、昔から誠次郎は悠太を連れては行かない。

かなりすさまじい戦場という事もあるが、それだけではない。

昔、悠太を水揚げしようとした加納屋の主人が、まだ未練たらたらで、悠太に会いたがっているのだ。

別に会ってどうこうしようというものではないが、つり逃した魚は大きく思えるらしい。

平次が水揚げに選んだのだから、加納屋は信頼できるのだろう。

平次が言うには、初歩の陰間を上手く手なづける、数少ない客らしい。

郭では水揚げの陰間が、泣き騒いで怖がって逃げるという修羅場は避けられないが、なぜか加納屋にかかるとすんなり済むのだ。

その後のトラウマや心の傷も無い・・・・

その代わり、かなり時間をかけているようだが、乱暴な客に商品を潰されるよりは、どれだけ良いかわからない・・・

そんな事を言っていた。

つまり・・・・仕上げ屋・・・

しかも、彼は水揚げ専用要員で、初物愛好家らしい。

悠太もまさかとは思うが、うっかり加納屋の毒牙にかからないとは限らない。

誠次郎はかなり用心していた。

それでも、ばったり町で会うと、悠太に関心を示していた事が気に入らない。

「若旦那?」

急に黙り込んだ誠次郎を見つめる悠太・・・

「ああ、ごめんごめん」

 

「若旦那〜〜」

ほろ酔いの源蔵がやってくる

「源さん酔ってるねえ・・・」

誠次郎は苦笑する。

店で一番苦労して、頑張ったのだから仕方ないが・・・・

「若旦那〜私はねえ・・・本当に若旦那の幸せを願っているんですよ〜〜」

「そう?ありがとう、やはり源さんしかいないね〜いつまでも結城屋にいておくれ」

父亡き今、この源蔵だけが頼りだった。誠次郎は、これでも感謝しているのだ

「私は、若旦那に一番近い人間のはずだったんです・・・そう思っていました・・・・」

 

そう・・・・悠太が結城屋に現れるまでは・・・・

 

ー4年前・・・誠次郎はいきなり、金の工面をしろと言い出した。

「何するんですか?そんな大金?」

今まで、金の無心などしたことの無かった誠次郎・・・・源蔵が渡す、月々の小遣いで満足していたはずなのに・・・

「身請けしたい子がいてねえ〜」

遊郭に通っている様子も無かったのに、またどこぞの女郎に入れあげているのか・・・

「若旦那!私は貴方を、そんな不良に育てた覚えはありませんよ!」

「私は、結城屋東五郎の血が流れているんでねえ〜」

皮肉ったように言う誠次郎に、源蔵は何も言えない。

「実は、平次んとこの子なんだ」

え・・・・・

源蔵は固まる

(女でさえないとは・・・・)

「そんな陰間引き取って、どうするんです?いつから、そっちの方になられたんですか?」

「正式には・・・水揚げ前に売れなくなっちまった陰間のタマゴなんだ・・・」

と、聞かされた悠太の身の上はかなり哀れで、幼い頃の誠次郎のいきさつに似通っていた。

「それで、ウチで働かせる。いい子なんだよ。可愛いし、気が利くし、賢いし〜」

昔の自分を、その子に見ていることは明白だった。

これほどまでにこだわる誠次郎を、初めて見た。

「・・・・良いでしょう。若旦那はここの主人です、店の金をどう使おうと勝手です。まあ一応、私はお目付け役ですがねえ」

「ありがとう、恩にきるよ」

 

 

次の日やって来たその少年を見て、源蔵は息を飲んだ。

(お志乃さん・・・・)

なぜ15歳の少年に、志乃の面影を見たのか判らないが、清しいそのたたずまいは、やはり志乃だった。

「悠太、大番頭の源蔵だよ。」

「はじめまして。お世話になります」

背中に火傷を負わされたと聞いたが、確かに上玉だ。

「源さん、悠太いじめる奴がいないかどうか見張っておくれ〜」

どこか、因縁めいたものを感じた。

妾宅を準備して、志乃を迎えたときの事を源蔵は思い出す。

その時の東五郎の笑顔は忘れられない。やっと最愛の人を迎えた、その笑みを・・・・

その息子の誠次郎は、郭から一人の陰間を連れてきた。母親の面影を持つ美少年を

なんとなく源蔵は気づいていた。

この少年が、誠次郎の最愛になる事を・・・・・・・

自分だけを頼ってきた、息子同然の誠次郎は、その日から悠太にべったりになった。

少しの寂しさと、心配を胸に、二人を見守ってきたのだー

 

「若旦那・・・来年こそは、悠太と添い遂げられますように、祈っていますよ」

泣きながら誠次郎にすがりつく源蔵に誠次郎は苦笑する

「源さん〜〜なに言ってるんだい?酔ったのかい?」

「いいんですよ〜若旦那〜たとえ男でも・・・若旦那が幸せなら、私は反対しませんよ〜」

(なんか・・・変な事言ってる・・・)

誠次郎は笑いながら困り果てていた。

店の者全員集合のこの席で、かなりヤバイ事を言う源蔵に、悠太も涙目だった。

「おい、誰か〜源さん家まで送って行とくれ〜」

丁稚の三輔が出てきて、源蔵を抱えた

「私の家、近くですから・・私が。あの・・私はこれで・・・」

まだ酒が飲めない身で、酔っ払いの中で困っていた彼は、帰る口実を見つけたとばかりに帰っていった・・・・

 

「他の丁稚達も、食ったらさっさとお帰りなさい」

誠次郎の言葉に、待っていましたとばかりに、次々と丁稚達は暇乞いにきて帰っていった。

 

 

 

 

「いつもにまして、源さんはおかしかったねえ・・・」

宴会の後、寝室でぐったりな誠次郎はつぶやく。

「もしかして・・・嫉妬されておられるんでしょうか」

布団を敷きながら悠太はつぶやく

「え・・・・」

「若旦那の一番近い存在だったのに、私が来て・・・・」

ええ・・・???

誠次郎は理解不可能だった。なぜなら、今でも源蔵を頼っている事に変わりは無いのだから・・・・

「若旦那はそれだけ、好かれているんですねえ」

腹黒でも愛してくれる人たちはいるのだ。

「そうか・・・」

誠次郎は、今まで好き勝手して源蔵を困らせてばかりいた事を少し反省した。

「源さんの事、来年はもう少し、大切にしよう・・・」

そういいつつ、誠次郎は床に就いた。

悠太は窓の外の雪を見る。ちらちらと初雪が舞っていた。

ここに来て4回目の冬が来る

当たり前に誠次郎の傍にいて、当たり前のように誠次郎の寵愛を受け・・・

いつか、別れは来るのだろうか、最後まで自分はこの人の傍にいられるのか・・・

今までで一番、最高に安らぐ、幸せなひと時を壊されたくなかった。

 

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