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その日は、雪之進と桃若の祝言の日で、誠次郎と悠太は招待を受けていた。

平次は郭の店主という身分を気にして、辞退して妻のお紺を送った。

「あれかねえ・・・桃若は、打ち掛け着るのかい?」

誠次郎は道場に向かう途中、ふとそういった

「若旦那・・・桃若さんじゃなくて、竹造さんですよ。」

ああ・・・そうだった。源氏名を使ってはいけない・・・

「大先生が若先生の花嫁姿が見たいとおっしゃるので、若先生が打ち掛けを着るそうです」

ふうん・・・

なんだか面白くないなあ・・・などと思う、誠次郎。

「うまくやってるのか?その・・・竹造は?」

「炊事、洗濯、何でもこなせるから人気者ですよ。門下生も懐いてますしねえ。」

稽古の後、サツマイモや栗や柿などいろんなものを出してやるので有難がられていた

しかも、中身が乙女な為、恋の相談にものってやって、かなり重宝がられている。

彼のアドバイスは的を得ていて、役に立つらしい。

「女装してんのかい?」

「まさか・・・・」

もともと、若先生が女なので、娘さんたちも安心して剣術を習いに来ていた。

水曜日をレディ−スデイとして娘達だけ呼んで、教えているのだが、例の菊娘達が桃若目当てで習いだして、一気に門下生は増えた。

桃若の人柄に惚れてファンになったものも少なくない。

そんな娘さんたちが、結城屋で悠太にあれこれ情報をくれるのだ。

「女装してるときより、男の格好している今が、何倍も素敵だとか・・・」

平次の家の近くまで行くと、お紺が出てきて待っていた。

「誠次郎さん」

「お紺ちゃん。平次の名代、ご苦労さん」

3人は歩き出す

「いいえ。ほかならぬ桃若さんの事ですから。」

「別に、雪花楼出身というのは隠していないんでしょう?竹造さんは?」

悠太は、お紺に会釈してそう言う

「そうなの・・・でも気にするのよね。あの人は。みんな、そんな事気にしてないのに」

お紺はそう言うが、誠次郎は判るような気がする。

今でこそ、雪花楼はある意味ステータスであるが、平次は子供の頃、家の職業のため、さんざんいじめられてきたのだから。

紋付袴の礼服の誠次郎はぎこちない・・・・

「悠太?これ、似合わないだろう?」

「お似合いですよ。ねえ、おかみさん?」

お紺に同意を求め、お紺もうなづく。

「誠次郎さんは、何着てもお似合いですよ」

あんなに溺愛していた桃若の祝言に、参席できない平次はつらいだろう・・・・お紺は寂しげに微笑む

「それはそうと、若先生の花嫁姿、きれいでしょうね」

ああ・・・

うなづく誠次郎と悠太。

桃若改め、竹造の打ち掛け姿より、遥かに美しいだろう

陰間で、ガテン系の中身乙女という複雑な男を、すんなり受け入れる勝之進と、門下生達には驚かされるが

これも竹造の人徳だろう。

 

道場に着くと、受付でご祝儀を出して、3人は奥の大広間に案内される

 

内輪だけでといわれていたが、門下生の家の者も来ていて、かなりの大人数だった。

とりあえず座り、始まるのを待つ。

やがて、雪之進と竹造が入場して式は始まった・・・・・

 

「竹造さん男前ですねえ・・・」

悠太も竹造の変わりように驚く

「若先生綺麗・・・」

お紺は花嫁の美しさに夢中になる。

なんにしても、よかった 悠太はそう思う。

 

 

「今日はわざわざありがとうございました・・・」

宴会になったときに、勝之進が酒を注ぎにきた

「おめでとうございます」

お紺は平次の変わりに祝いの言葉を告げる

「お内儀さんも、わざわざお越しくださり、ありがとうございます」

「若先生、美人ですねえ〜」

誠次郎が笑っていった。

「もう、思い残す事はありません・・・」

「大先生、お孫さんの顔見なきゃダメですよ」

悠太の言葉に勝之進はうなづく

「そうですねえ・・・」

「ウチの竹造さん、よろしくお願いしますね・・・」

平次はやくざな家業のため、郭のことはお紺には一切関与させないが、お紺は陰ながら、色々気遣っていたのだ。

 

「若旦那〜おかみさん・・・」

甲高い声でやってくる竹造・・・

「おめでとう、お幸せに・・・」

お紺は竹造の手をとって微笑む

「悠太も来てくれたんだ」

「皆の代表で来ました」

隣の雪之進も頭を下げる・・・

「若先生がこんなに美人とはねえ〜」

誠次郎が茶化すと竹造は笑う

「雪様は、何を来ても似合うから」

「いやあ〜竹造さんも、その姿にあってるよ〜」

誠次郎が竹造の肩をポンポンたたく

「花嫁姿の雪様に惚れなおしました」

何惚気てるんだ・・・・・・一同は、しらけている・・・・・・

一生こんな感じで暮らすんだろう・・・誠次郎はとても温かい気持ちになる。

 子供の頃、妾宅にきた父と、母は本当に仲がよかった。

結城屋では決して、見る事の無かった明るい父の笑顔があった。

そして・・・母が亡くなってからは、その笑顔は消えた・・・・

しばらくして誠次郎は、結城屋の内儀の、憎しみにゆがんだ表情と暮らす事となる。

穏やかな顔の父と母・・・・そんな忘れていた遠い日のことを思い出した。

「竹さんも本当に、そうしていると立派ですね。私もこんなに立派になりたかった」

男装の竹造に、雪之進は憧れている。

「それを言うなら、私こそ〜雪様みたいに華奢で綺麗ならどんなによかったか〜」

(いや、竹造、いい加減にしろ・・・・)

しみじみと思い出にひたっていた誠次郎は、現実に引き戻された・・・

 

 

「結城屋さん、連れておられるあの手代さん、似てるんですよ。」

帰り際に勝之進が玄関先で、ふとつぶやいた

「誰にですか?」

「私の剣術の師の娘さんに。当時9歳でしたが、利発なしっかりした剣術美少女でした。」

はははは・・・・

誠次郎は笑う

「剣術美少女ですか・・・」

「はい、大した腕でした、男ならよかったのにと師は嘆いていました。その後、師が亡くなられて娘さんはどうなったのか・・・

巷のうわさでは、明石とか言う太夫がその娘だとか何とか・・・もう遠い昔の事です。」

明石・・・・誠次郎の顔から笑いが消える。

「そうですか・・・似てますか?」

少し青ざめた顔を伏せて、かろうじて耐えた。

「若旦那・・・」

先に外で待っていた悠太が、心配して入ってきた。

「ああ、行くよ」

無理に笑って誠次郎は外に出た。

「どうかしましたか?」

悠太は誠次郎の異変をすばやく察知した。

「ああ、お前は私の母の幼い時の姿に似ているらしい」

はあ・・・・

悠太は考える。恭介は、悠太は奥方似だという。そして、誠次郎の母に悠太が似ているとなると、

悠太と誠次郎、二人の母親は似ているという事になるのだ・・・・・

「どこか、不思議ですねえ・・・」

自分は母を知らない・・・母というとお鶴の顔しか思い浮かばない・・・・

「まあ、世間は広いようで狭いということかな・・・」

父が昔、ここに自分を送ったのも意味があったのかも知れないと思った。

恐らく、東五郎は知っていたのだ。志乃の父と勝之進の関係を・・・・

無口な誠次郎の後ろを、悠太とお紺は黙ってついていった・・・・

 

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