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雪の降る寒い冬の日の午後、誠次郎のその心配が現実になった。
平次はその日、寄り合いで店を出ていた。
嫌な予感がして、葵は悠太を探した。
白梅の姿も見当たらないのだ、更に白梅の息のかかった陰間が、数人見当たらない。
「太夫・・・奥の使ってない部屋で、皆集まって何かしてるみたいなんですが・・・ご存知ですか?」
桔梗が廊下ですれ違いざまそう言った。
え・・・・
葵は奥の間に向かう・・・
「葵さん、何か?」
部屋の前で3人の陰間に足止めされる。
「藤若を探しているんだけど・・・」
「ここにはいませんよ」
一人では強行突破は出来ない、助けを呼ぶために葵は頷いて、一旦その場を去った。
そして、助っ人を思い巡らせる・・・
「平次〜いるかい?」
その時、誠次郎が運良く玄関に現れた。
「若旦那、助けてください、藤若が!」
「白梅が何かしてるのかい?」
「多分・・・大旦那の留守に、何かするつもりなんです」
誠次郎は葵の後をついて行った。
さっきの見張り3人は、あっという間に蹴散らされて、誠次郎は部屋に乗り込む。
中には両腕を2人につかまれた悠太が、着物の肩を肌蹴た状態で壁に押し付けられており、
その背に焼き鏝を当てている白梅の姿があった。
誠次郎は持っていた鉄扇で、白梅を打ち据えていた。何度も何度も・・・
脳裏には12歳の頃の悪夢が蘇る・・・・
葵はすばやく、窓の雪をとり、手ぬぐいに包んで悠太の傷口にあてがった。
「誠次!」
帰ったそうそう、騒ぎを聞きつけてやってきた平次の声で、誠次郎は我に返った。
「いい加減にしろ。殺す気か?」
誠次郎は思いだしたように、悠太を抱えて外の井戸に向かう。
「藤若もう、大丈夫だよ・・・」
そうだった、怒りに任せて白梅に制裁を加えることより、悠太の手当てが最優先だった。
「若旦那・・・」
気丈に耐えていた悠太は、誠次郎の腕の中で、張り詰めていたものが緩んで気を失った。
その後、誠次郎のバカ力と、気性の激しさは廓内で話題になった。
へらへらと緊張感の無い誠次郎が怒りを顕に、白梅を打ち据えたのだ。
バカ力の噂は聞いてはいたが、なよっちい外見の何処にあんな力が隠されているのか・・・
総ては驚きだった。
白梅は、落とし前をつけるため、廓を移された。
平次も、期待の花魁候補を傷物にされて、さすがに怒った。
痣や刀傷でもない、火傷とは・・・取り返しがつかない。
今後もこんな事が起こらないとも限らない、白梅は出すしかなかった。ー
「白梅は雪花楼を出てどうなったのかなあ・・」
思い出したように誠次郎が呟く。
「まあ、世渡りは上手いから大丈夫だろう・・・」
何処かに身請けされていったとか聞いたが、平次も詳しくは知らない。
「あの時の若旦那、怖かったですよ」
葵はあの時のことを、今でも笑えない。
自分の留守に起こった不祥事・・・地獄絵のような修羅場を、平次は一生忘れないだろう。
誠次郎に打ち据えられて、白梅も2.3日寝込んだ。
「それにもまして、取り乱さなかった悠太が天晴れだったねえ」
平次は遠い目をする
そりゃあ・・・誠次郎はため息をつく。
悠太は、乳兄弟を目の前で斬られるという地獄を通過したのだ。
それ以前も、以後も、修羅場はあっただろう・・・
しかし・・・環境はどうであれ、悠太の武士の血は強靭な精神力を作っていた。
父、鳴沢公がそうであったように、死さえいとわない潔さを持っている・・・
(悠太は強い。私なんかより遥かに・・・)
だから、誠次郎は悠太を傍に置くのだ。その強さに憧れて・・・
「まあ、そういうことだから、葵はあの時、最善を尽くしたんだよ」
誠次郎は笑う。
「だから、もう心置きなく思い出にしなさい」
悠太が幸せならいいのだ。葵は頷く。
「私は悠太の傷ごと悠太を愛してるから〜心配しなくていいよ〜」
また惚気が始まった・・・・
「傷一つ無い完璧な状態よりかえって、傷がワンポイントになって色っぽいんだぞ〜平次?」
知るか・・・そんな事・・・平次はあきれ、悠太はフリーズする。
「むしろあの傷が愛しい。そう言わせてもらうよ〜」
(アホか・・・こいつ)
平次は石になる。
「若旦那・・・よくもそういう歯の浮いた台詞がいえますね」
葵は困ったように悠太を見る。悠太は更に困っている。
「一体、お前ら、夜な夜な何をしているんだ・・・」
平次の言葉に大爆発の悠太が叫ぶ。
「大旦那さん!」
しかし、葵にはそんな二人が羨ましくもある。
(自分も見つけられるだろいうか?いつか、最愛を・・)
諦めなければ・・・心さえ閉ざさなければいつかは・・・
誠次郎と悠太を見ていて、そう確信できた。
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