24
ある日の夜、誠次郎はついに不満を爆発させた。
「悠太、お前の事は私より、平次や恭介の方がよく知っているようなんだが・・・」
敷かれた布団に座り、誠次郎は悠太と向かい合う。
「仕方ありませんよ・・・恭介さんは正直、私が生まれる前の事まで知っているんですから・・・
大旦那さんに関しては、雇い人でしたし・・・」
「私だけが知る、お前の秘密はないだろうか・・・」
はあ・・・・
悠太は途方にくれる・・・・
「暴露大会しよう!」
また・・・そんな事を・・悠太は苦笑する。
「初めてのちゅーはいつ誰と?」
女学生の内緒話みたいなことになっている・・・
「若旦那・・・すみませんね。この歳で、まだだと言ったら、笑います?」
ほとんど自棄になっている悠太。
「そっか。よかった。」
(何がですか・・・)
「じゃあ、初恋はいつ?誰と?」
「これ、答えないといけないんですか・・・」
本当は判らない・・・誠次郎に対するものが恋と呼べるものなのかどうか
「恋が何かもよくわからないんですけど・・・」
そっか・・・・誠次郎は頷く
「秘密作ればいいんだ。何で気がつかなかったかな〜」
「どうやって・・・」
「ちゅーしよう」
え!
悠太は耳を疑う
「若旦那、自分の言っている事が、わかっているんですか?」
「え・・・嫌?私とじゃ嫌?ごめん・・・セクハラしちゃった」
つーか・・・・・
「若旦那って、そんなに簡単に誰とでも、ちゅー出来る人だったんですか・・・」
そう、こんな成り行きで・・・なんて、嬉しくない。
「不安なんだ、なんか誰かに取られそうで・・・だから、所有の証が欲しいんだ」
かなり焦っている・・・悠太はため息をつく。
何かを得れば得るほど、失くす時のことを思い辛くなる・・・
それが誠次郎の癖。
「誰とでも、なんて出来ないよ、本当は悠太とも無理かも知れない。でも悠太とならできるかも知れないって・・・」
「私は、若旦那様の中に誰かがいて、その誰かが、私を拒んでいるように思えるんです」
ああ・・・・
悠太にはバレている・・・・誠次郎はため息をつく
「無理やり、くちづけられた。兄さんに。」
やはり・・・
源蔵は断言しなかったが、彼の見解もそうだったと思う。
「一方的に愛情を押し付けられた。嫌だけど、それは私の中に入り込んで私を支配した。
人と接触する事は少なからず、何らかの感情をやり取りする事なんだ。時には傷つけることもある・・・
だから私は、それを恐れ続けた。だけど、お前に会ってからは、私はお前との距離を縮める事だけを
考えるようになった。離れていたくないんだ。少しの隙間も許せないくらい」
若旦那・・・・
幼いが激しい想い。理屈も建前もない裸の心・・・
「でも、それをお前に押し付けられない。お前を傷つけたくない。ただ、お前の気持ちを知りたくて、
なんて言うだろうかって、気がかりで・・・」
本当に・・・
悠太は誠次郎に近づき抱きしめた
「大きな子供ですね。」
「お前は、私を子供扱いするよなあ・・・」
だって・・・・悠太は笑う
「それだけ純粋で美しいという事ですよ」
「その言い方だと、お前が汚れてるみたいな言い方だね」
はははは・・・
悠太は大笑いする
「そうですよ、私は若旦那のように、距離を縮めるどころじゃないんですから。もっと邪でいかがわしいんですよ」
「まさか・・・」
「思春期ですから・・・」
(本当に・・・なんて美しいんだろう・・・この人は)
そっと悠太は微笑む・・・
「でも、秘密作りの為に、妻問いとか、睦言もなしに、ちゅーするのは嫌ですから」
確かに・・・
誠次郎は笑う、
「気持ちが高揚していないと、思いきれないねぇ・・・」
といって、このままおやすみ〜と言う訳にもいかないこの状況・・・・
「無理しないでください。」
「無理じゃないけど・・・なんていうか・・近づくと、もう離れられなくなるから辛いな。
もっともっと近づきたくなるし、きりがなくなる。」
(本当はこの人は寂しがりやで、臆病なのだ。それを誰にも見せないように笑顔で隠してきた・・・)
「離さなければいいんです。離さないでください。私なんか、貴方の一部になりたいほどなのに、
それさえ叶わない・・・いつも、もどかしいのは、私も同じです」
そういって悠太は身を離して誠次郎を見つめた。
「私に、秘密をください」
え?
誠次郎の首筋をそっと撫でる・・・
「貴方の傷痕が見たい・・・」
ーお前は人殺しだー
12歳の時のあの事件の後。
切られた首筋からの失血が多く、誠次郎はしばらく寝たきりになっていた。
朦朧とする意識の合間に、お峰が運んできた食事をとり、何度か厠に立っていった。
そんな夜中・・・・誠太郎は部屋に訪れ、そう吐き捨てた。
(佐吉は死んではいない、それに・・・私が人殺しなら、兄さん貴方は、なんなんだ?)
声にならない声で抗議する。
この件は、誠次郎の正当防衛で処理された。平次の発言は大きかった。
多勢と一人、そして傷の深さからしても誠次郎は許されるべきだった。
そして、佐吉側が騒ぎ出して、こじれた末に発覚した、もう一つの真実・・・
ー誠太郎に頼まれてしたー
事の発端は結城屋だと・・・・
長男と、外腹の次男の確執から起こった事だと・・・・
それでも一度は、東五郎は誠太郎を許した。責めらるべきは自分だと。
ー死ねばいい、お前なんか・・・−
消えない傷跡は、兄の憎しみの象徴。
「こんなもの見てどうするんだい?」
自分さえ、まともに見ることはない傷跡。呪われた過去の証。
「貴方は悪くないって言ってあげます。私が愛してあげます。貴方が嫌っても、私はこの傷を嫌わない。
この傷もひっくるめて若旦那なんですから。」
ああ・・・そうか・・・
そう言ってもらいたかったんだ・・・
なのに、言ってもらえずここまで来た・・・
「貴方の重荷を、私も背負います。過去は塗り替えられると信じてください」
私を解放する者・・・か・・・恭介の言葉を思い出す・・・
「・・・見ても、面白いものじゃないけどな」
襟を緩めて左肩を一気にはだける
首の根元の古傷・・・封印された恨みの痕・・・
ぽたぽた・・・
悠太の涙が傷跡に落ちる・・・・・
時間は取り戻せないけれど、塗り替えてゆける。兄の憎しみの上に、塗り重ねられた悠太の涙・・・
「愛しています・・・」
そっと落とされる唇・・・
誰よりも悠太の事をよく知っているとか、人の知らない悠太を知っているなどという、変な優越感などは
どうでもよくなった。
それはなんと愚かしい事か。
悠太は、供に重荷を背負おうとしてくれていた。
誰が悠太の事に詳しかろうと、悠太が見つめているのは、この自分なのだという事。
「やっと判ったよ。私は馬鹿だねえ・・・」
「そうですよ、いきなり ”ちゅーしよう”は女の子にも嫌われますよ」
ふふふ・・・
含み笑いをしつつ、誠次郎は襟をなおす。
「そういうことは知ってるんだなあ・・・お前は。」
「じゃ、おやすみなさい」
隣の布団に移動しようとする悠太を、誠次郎は引き止める
「おい、それは冷たかろう?」
え・・・なんで・・・
「ここで寝ていきなさい」
と自分の布団を指す
「隣で寝るのと大して変わらないでしょう・・・」
「変わる、くっついて寝る」
うっ・・・・・
と、そのまま抱き付かれて一夜を越す事になってしまった。
悠太の苦難の日々がはじまった。
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