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 ある日の夜、誠次郎はついに不満を爆発させた。

「悠太、お前の事は私より、平次や恭介の方がよく知っているようなんだが・・・」

敷かれた布団に座り、誠次郎は悠太と向かい合う。

「仕方ありませんよ・・・恭介さんは正直、私が生まれる前の事まで知っているんですから・・・

大旦那さんに関しては、雇い人でしたし・・・」

「私だけが知る、お前の秘密はないだろうか・・・」

はあ・・・・

悠太は途方にくれる・・・・

「暴露大会しよう!」

また・・・そんな事を・・悠太は苦笑する。

「初めてのちゅーはいつ誰と?」

女学生の内緒話みたいなことになっている・・・

「若旦那・・・すみませんね。この歳で、まだだと言ったら、笑います?」

ほとんど自棄になっている悠太。

「そっか。よかった。」

(何がですか・・・)

「じゃあ、初恋はいつ?誰と?」

「これ、答えないといけないんですか・・・」

本当は判らない・・・誠次郎に対するものが恋と呼べるものなのかどうか

「恋が何かもよくわからないんですけど・・・」

そっか・・・・誠次郎は頷く

「秘密作ればいいんだ。何で気がつかなかったかな〜」

「どうやって・・・」

「ちゅーしよう」

え!

悠太は耳を疑う

「若旦那、自分の言っている事が、わかっているんですか?」

「え・・・嫌?私とじゃ嫌?ごめん・・・セクハラしちゃった」

つーか・・・・・

「若旦那って、そんなに簡単に誰とでも、ちゅー出来る人だったんですか・・・」

そう、こんな成り行きで・・・なんて、嬉しくない。

「不安なんだ、なんか誰かに取られそうで・・・だから、所有の証が欲しいんだ」

かなり焦っている・・・悠太はため息をつく。

何かを得れば得るほど、失くす時のことを思い辛くなる・・・

それが誠次郎の癖。

「誰とでも、なんて出来ないよ、本当は悠太とも無理かも知れない。でも悠太とならできるかも知れないって・・・」

「私は、若旦那様の中に誰かがいて、その誰かが、私を拒んでいるように思えるんです」

ああ・・・・

悠太にはバレている・・・・誠次郎はため息をつく

「無理やり、くちづけられた。兄さんに。」

やはり・・・

源蔵は断言しなかったが、彼の見解もそうだったと思う。

「一方的に愛情を押し付けられた。嫌だけど、それは私の中に入り込んで私を支配した。

人と接触する事は少なからず、何らかの感情をやり取りする事なんだ。時には傷つけることもある・・・

だから私は、それを恐れ続けた。だけど、お前に会ってからは、私はお前との距離を縮める事だけを

考えるようになった。離れていたくないんだ。少しの隙間も許せないくらい」

若旦那・・・・

幼いが激しい想い。理屈も建前もない裸の心・・・

「でも、それをお前に押し付けられない。お前を傷つけたくない。ただ、お前の気持ちを知りたくて、

なんて言うだろうかって、気がかりで・・・」

本当に・・・

悠太は誠次郎に近づき抱きしめた

「大きな子供ですね。」

「お前は、私を子供扱いするよなあ・・・」

だって・・・・悠太は笑う

「それだけ純粋で美しいという事ですよ」

「その言い方だと、お前が汚れてるみたいな言い方だね」

はははは・・・

悠太は大笑いする

「そうですよ、私は若旦那のように、距離を縮めるどころじゃないんですから。もっと邪でいかがわしいんですよ」

「まさか・・・」

「思春期ですから・・・」

 (本当に・・・なんて美しいんだろう・・・この人は)

そっと悠太は微笑む・・・

「でも、秘密作りの為に、妻問いとか、睦言もなしに、ちゅーするのは嫌ですから」

確かに・・・

誠次郎は笑う、

「気持ちが高揚していないと、思いきれないねぇ・・・」

といって、このままおやすみ〜と言う訳にもいかないこの状況・・・・

「無理しないでください。」

「無理じゃないけど・・・なんていうか・・近づくと、もう離れられなくなるから辛いな。

もっともっと近づきたくなるし、きりがなくなる。」

(本当はこの人は寂しがりやで、臆病なのだ。それを誰にも見せないように笑顔で隠してきた・・・)

「離さなければいいんです。離さないでください。私なんか、貴方の一部になりたいほどなのに、

それさえ叶わない・・・いつも、もどかしいのは、私も同じです」

そういって悠太は身を離して誠次郎を見つめた。

「私に、秘密をください」

え?

誠次郎の首筋をそっと撫でる・・・

「貴方の傷痕が見たい・・・」

 

ーお前は人殺しだー

12歳の時のあの事件の後。

切られた首筋からの失血が多く、誠次郎はしばらく寝たきりになっていた。

朦朧とする意識の合間に、お峰が運んできた食事をとり、何度か厠に立っていった。

そんな夜中・・・・誠太郎は部屋に訪れ、そう吐き捨てた。

(佐吉は死んではいない、それに・・・私が人殺しなら、兄さん貴方は、なんなんだ?)

声にならない声で抗議する。

この件は、誠次郎の正当防衛で処理された。平次の発言は大きかった。

多勢と一人、そして傷の深さからしても誠次郎は許されるべきだった。

そして、佐吉側が騒ぎ出して、こじれた末に発覚した、もう一つの真実・・・

ー誠太郎に頼まれてしたー

事の発端は結城屋だと・・・・

長男と、外腹の次男の確執から起こった事だと・・・・

それでも一度は、東五郎は誠太郎を許した。責めらるべきは自分だと。

ー死ねばいい、お前なんか・・・−

 

消えない傷跡は、兄の憎しみの象徴。

「こんなもの見てどうするんだい?」

自分さえ、まともに見ることはない傷跡。呪われた過去の証。

「貴方は悪くないって言ってあげます。私が愛してあげます。貴方が嫌っても、私はこの傷を嫌わない。

この傷もひっくるめて若旦那なんですから。」

ああ・・・そうか・・・

そう言ってもらいたかったんだ・・・

なのに、言ってもらえずここまで来た・・・

「貴方の重荷を、私も背負います。過去は塗り替えられると信じてください」

私を解放する者・・・か・・・恭介の言葉を思い出す・・・

「・・・見ても、面白いものじゃないけどな」

襟を緩めて左肩を一気にはだける

首の根元の古傷・・・封印された恨みの痕・・・

ぽたぽた・・・

悠太の涙が傷跡に落ちる・・・・・

時間は取り戻せないけれど、塗り替えてゆける。兄の憎しみの上に、塗り重ねられた悠太の涙・・・

「愛しています・・・」

そっと落とされる唇・・・

誰よりも悠太の事をよく知っているとか、人の知らない悠太を知っているなどという、変な優越感などは

どうでもよくなった。

それはなんと愚かしい事か。

悠太は、供に重荷を背負おうとしてくれていた。

誰が悠太の事に詳しかろうと、悠太が見つめているのは、この自分なのだという事。

「やっと判ったよ。私は馬鹿だねえ・・・」

「そうですよ、いきなり ”ちゅーしよう”は女の子にも嫌われますよ」

ふふふ・・・

含み笑いをしつつ、誠次郎は襟をなおす。

「そういうことは知ってるんだなあ・・・お前は。」

「じゃ、おやすみなさい」

隣の布団に移動しようとする悠太を、誠次郎は引き止める

「おい、それは冷たかろう?」

え・・・なんで・・・

「ここで寝ていきなさい」

と自分の布団を指す

「隣で寝るのと大して変わらないでしょう・・・」

「変わる、くっついて寝る」

うっ・・・・・

と、そのまま抱き付かれて一夜を越す事になってしまった。

 

悠太の苦難の日々がはじまった。

 

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