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「恭介には近づくんじゃないよ。危ないからね」

誠次郎と夜桜見物に出た先で、悠太はそう言われた。

「若旦那は平気なんですか・・・」

「これでも腕力はあるし〜鉄扇あるし〜」

見かけによらず馬鹿力・・・そう言われているのは悠太も知っている。が・・・相手は恭介だ・・・

屋形船で川べりをゆっくり行く。桜並木には篝火が焚かれて幽玄な眺めだった。

「若旦那、どうぞ」

酌をしながら悠太は誠次郎を見つめる

結城屋の花見は大番頭の引率で、昼間に行われた。

誠次郎は大勢で行動するのは苦手だと、昼間の花見は不参加だった。

「酌の仕方も習ったのかい?」

杯を片手に誠次郎は訊く

「そうですね・・・」

「恭介はなんで、私なんか好きなんだろうか?」

自分を愛していない誠次郎の、素朴な疑問が悠太の心を貫く。

「若旦那は・・・とても魅力的です。」

ははははは・・・・大笑いする誠次郎。嘲笑うかのようだった。

「私は腹黒だから。見かけに騙されるんじゃないよ」

この人の虚像を総て取り払い、隠れている本心そのままを愛したいと悠太は思う。

怯える幼子のような誠次郎を守り、支える自信はあった。

「お前はなんで、私が好きなんだい?金平糖くれたから?」

多分・・・金平糖を貰う前に、悠太はすでに誠次郎に惹かれていた。

どうでもいいように笑う、誠次郎の寂しさに虜になっていた。

自分も同じ寂しさを抱えていたから・・・・

いや、今となっては理由など無い。

「まだ金平糖持ってるのかい?」

夏の暑さに、とけて形をなくしてしまった金平糖・・・・

「さっさとお食べ、しょうがない子だね」

「若旦那が私にくださった、最初の贈り物ですから」

はははは・・・・誠次郎は笑う

「そうか・・・今度は、残る物をあげよう。印籠は親の形見があるんだよね」

「何か、若旦那のお古がいいです・・・」

はははは・・・・

「そんなもの何にするんだい」

「御守りに・・・」

誠次郎は、そんな悠太が可愛くて仕方が無い。

 

屋形船を降り、桜並木を歩くと、周りに人影はなく、二人っきりの気分を味わえた

「何時までもこうしていたいねえ・・・」

人がわずらわしい・・・いつも誠次郎はそう、悠太に言っていた。

「あ、いいものがある」

思い出したように、誠次郎は財布につけた根付を取り外す。

「二つあるんだ。一つあげよう。だから、もう金平糖を長い間、保管するんじゃないよ。蟻が来るしねえ」

差し出された根付は、二枚貝に錦を貼り付けて作ったものだった。

「母が作って、親父さんとおそろいで持っていたお守りさ。いつかきっと結ばれるようにって・・・

願いは叶ったんだから、ご利益あるよ。母も父も亡くなってしまって、主人の無い物だけど。」

「ご両親の形見なのでしょう?いただけません」

悠太は笑って辞退した

「悠太、私も願掛けする気になったんだ。お前とずっと一緒にいたいって」

悠太は不意に立ち止まる。

「そんな事、お願いされなくても、私は若旦那の傍を離れません」

「でもいつかは所帯を持つんだろう・・・」

「若旦那も・・・・」

誠次郎は桜を見上げる

「無理だよ私は。誰かを愛することなんて出来ないんだ。」

「そんな・・・」

「愛してはいけない。誰も・・・愛される事も無い・・・呪縛されているんだ。」

 白く咲く桜を背景に、寂しく笑う誠次郎が悲しくて、悠太は涙を流す・・・・

(哀しい・・・・愛を拒み、愛から遠ざかる貴方が哀しい・・・)

「この身は誠太郎兄さんの物だから。」

死んだ兄は今もなお、誠次郎を呪縛する。

兄はそれを望んだのだ。誠次郎の中で生き続ける事を・・・・

「若旦那の人生は、若旦那のものです。」

泣きじゃくる悠太を抱きしめながら、誠次郎はその手に根付を握らせる

「約束しておくれ。こんな私を見捨てないと。お前しかいないんだ私には・・・」

悠太は月を仰ぐ

涙で滲んで見えない月を・・・・

(寂しいのは私じゃない・・・なのにこんなに寂しい・・・寂しさは伝染するのか)

 

「お前がいてくれてよかった。」

誠次郎の言葉に答えるように、悠太は彼の手を握る。

根付を間にして、二人の手のひらは合わさり、堅く握られる。

(見つける。いつか・・・本当の貴方を・・・)

 

闇に消えそうな悲しみを見つめつつ、誠次郎は瞳を閉じる。

10歳の泣き虫な少年はもういない。

15歳の悠太は、誠次郎の総てを供に抱えて行く覚悟をして、彼の前にいる。

清らかな勇気、とめどない優しさ、退廃的な潔さを身につけて。

一目見たときから、誠次郎は感じていた。悠太はここにいるべきではないと。

他の陰間達とは違う高貴さを持っていた。

美しいだけの男なら、いくらでもいる。しかし悠太は違う。平次が上玉だと言った所以はそれだ。

おそらく、悠太は客に媚びることなく、客を自らの足元に従えて君臨する夜の女王になっただろう。

身を売っても、悠太は汚れる事は無い。侵蝕されることのない聖域を持つ少年

一振りの白銀の刀・・・

悠太は、誠次郎の過去の姿であり、手に入れたくても入れられなかった誠次郎の魂でもある。

だから、どうしても手に入れたかった。

人に渡したくなかった。

悠太の火傷の騒動は、誠次郎の心の傷を、もう一度広げる事件ではあったが、

それでも、悠太を自分だけの物に出来るきっかけとなった。

 

 

 ー藤若はどうなる?−

 −もう水揚げは無理だ・・・傷物になった陰間は二束三文で雨月楼行きだ−

 −そこは違法の、下流階級の廓だろ?−

 −残念だが、これは商売だ。元は取らなきゃなー

 −いくらだ?−

 −え?−

 −藤若を身請けする。いくらなんだ?−

 

ほとんど偶然の行きがかりで、悠太は誠次郎のものになった。

強くなれる気がした。悠太の隣なら。

10歳も年下の少年に依存している自分は滑稽でもあるが、それでも構わない。

幼い頃、母だけが頼りだったように、彼には悠太だけが頼りなのだ。

 

思い出が氾濫する

 

 −誠次、お前には未来など無い。俺を背負って俺に縛られて生きるしかないんだ・・・−

兄、誠太郎の最後の言葉・・・・そして重ねられた唇

それからすぐ、母の実家に帰った兄は1ヵ月後に息を引き取る・・・

最後に会うこともなく・・・・

その最後の夜に、誠太郎は誠次郎を呪縛した。

 −誠次、愛している。傷つけても、殺しても、俺のものにしたかったー

誠太郎のささやきは誠次郎を呪縛した。 その呪詛は耳から消えない

 −お前は俺のものだー

唇から侵入した誠太郎の毒は、歳を重ねるごとに誠次郎を浸蝕する。

(ごめん・・兄さん・・ごめん。私さえいなければ・・)

生まれた事に負い目を感じ、それを償うように、兄の幻を背負って生きる。

 

 

我に返り、腕の中にいる悠太を見つめる

(私のしている事は、兄がしたことと同じなんだ・・・)

しかし・・・・

自分を見上げる悠太の瞳の確かさを信じる

悠太は昔の自分のように、浸蝕されたりはしない。

彼の神聖は砦の中にある。だから、自分は悠太を選んだのだ。

「若旦那・・・」

心配げに見上げる悠太の頬に、誠次郎は手を添える

物思いにふける誠次郎の虚ろな目が悠太を見つめる。

「悠太・・・お前は私のものだ・・・」

誠次郎の顔が近づいてくる・・・

拒む理由は悠太には無い。命さえ捧げる覚悟をしたのだから・・・・

しかし、二人の唇は触れることなく静止した。

「駄目だ・・・お前を私と同じ目にあわせることなんて出来ない」

悠太の胸が高鳴る

(何かあった!若旦那と、亡くなった誠太郎さんの間に・・・・若旦那が受けたのは、暴力だけじゃない)

見上げた満月が、涙で滲んだ。

 

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