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「何が知りたいんだ?」

いきなり雪花楼を訪ねてきた悠太を、出迎えた平次は驚く。

誠次郎と、腹違いの兄の関係・・・・

そんな事をいきなり訊かれて、答えようが無い平次。

「受けたのは暴力だけじゃないですね」

意味がわからない平次・・・・

(他に何があるというんだ?)

「誠太郎さんは、若旦那を憎みながら愛していた。違いますか?」

え・・・平次は顔をしかめる。

「惚れてたんなら、なんで他の奴に誠次を襲わせるんだ?」

 

当時12歳・・・誠次郎を探して、神社の境内まで来た平次は、佐吉に取り押さえられている誠次郎を見た

寺子屋に通う誠太郎の友達・・・・佐吉、太一、宇吉、留次郎・・

実家が雪花楼の平次は、その光景を瞬時に把握した。彼らは廓に来る客と同じ目をしている・・・・・

しかも、相手を傷つけて歓ぶ、たちの悪いタイプだ。小刀で誠次郎は首の根元を切りつけられていた。

駆け出して、彼らにたどり着くまでの瞬間に事は起こった。

おとなしくしていた誠次郎が突然、小刀を持った相手の腕を掴んでひねった

もみ合ううちに相手とぶつかり、平次の前には、脇腹を真っ赤に染めた佐吉がうずくまっていた。

あとの3人は怯えて逃げ出した

偶然、通りかかった雪花楼の使用人に後処理を頼み、平次は誠次郎を抱えて診療所に向かった。

その時の誠次郎の冷めた瞳を、彼は今も忘れられない。

 

「憎みながら、愛していた・・・とか」

悠太の言葉に平次は息を呑む

そんな事が・・・・あるのか?

生まれつき体が弱く、20年は生きられないと言われていた誠太郎。

結城屋の跡取りは無理な体だった。

そこへ、身体も大きく、健康で、優秀な 誠次郎が現れた。

彼の存在意味は崩壊した。

皆、自分が死ぬのを待っているように思えただろう

光と影・・・・

まさに誠次郎と誠太郎はそういう関係だった。

影が光を欲していたとしたら・・・・・・

死んでもなお、光の中に存在し、生き続ける事を望んだとしたら・・・・

「まさか、誠太郎さんがそこまでするとは・・・」

しかし、確かに、亡くなる1ヶ月前、誠太郎は母と、療養という理由で、結城屋から追い出されている。

何かがあり、それが発覚した・・・そして追い出された・・・・

 

「悠太、何かあったな?お前達?」

悠太は俯いて、蚊の鳴くような声で答えた

「何もありません、なかったんです」

問題はそれ。

「そこまで、重症なのか?あいつは・・・」

 「若旦那は誠太郎さんに呪縛されていて、誰かを愛する事も 誰かから愛される事も叶わないと仰るんです」

(呪縛・・・)

平次は顎に手をあてる・・・

「確かに、誠次には負い目があった。妾の子が正妻の子を差し置いて、跡取りになるんだ。

しかも、いつも誠太郎さんは誠次と比べられた。だからあいつは自分が嫌いなんだ」

誠次郎は兄を家族として愛していた。

母が亡き後、誠次郎の血縁は父、東吾郎と兄の誠太郎だけなのだから・・・

誠次郎が、兄を背負って生きているとしたら・・・・・

「負い目を負った相手に”俺のもの”と言われちまえば、そうなるしかねえな。でも、それは幸せな事じゃない。

自分を貶める行為だ。」

悠太は思い出した。平次が仕込みの時に言った言葉を

 

 −いいか、自分が金で買われる物になったと思うな。客がお前に会うために払った代価はお前の価値だ。

そこまでして会いに来たんだから、そいつが目の前にいる間だけでも愛してやれよ。家族だと思って・・・

そうすれば、お前は人間でい続ける事が出来るんだ。物にならずにな・・・−

 

そうしているから、ここの陰間達は目が生きている。

生き方からにじみ出る輝きに皆、引き寄せられる。

それに比べて・・・・

誠次郎は、生きる屍なのだ・・・

彼は兄が死んだ時、自分をも殺した。

兄と生きる為に・・・・

 

「なあ、悠太、あいつ、このままでいいはず無いだろ?」

平次は煙草をふかしつつそう言う

「あいつ、何かをねだったことなんて、一度もないんだぜ、お前の時以外は」

「私・・」

「俺に、藤若よこせといってきた。大金はたいてな」

 

 

 −誠次が、お前を身請けしてくれるってさー

火傷が完治した次の日、平次はそう言った。

 −私のところにおいで。住み込みで店、手伝っておくれー

誠次郎に手を差し伸べられてここまで来た・・・・

 

「それは同情です」

はははは・・・・

平次は大笑いする。

「同情で身請けなんかしたら、ここの陰間、全部、身請けする羽目になるぞ」

 「でも・・・」

平次は悠太の額を指ではじく

「お前が思うほど、誠次は善人じゃない。人に関わるのはごめんだって奴さ。

なのに、お前には物凄い関心見せてたよな・・」

藤若の水揚げが決まったと聞いた時、旦那は何処の誰かと、しつこく訊いて来た。

喪失感が誠次郎に漂っているのを感じた。

「あいつが、欲しくて買ったものは、お前が最初で最後さ。自信持てよ。そして、頼んだぞ」

誠次郎には悠太が必要だと思ったから、平次はあの時、わざと雨月楼の名を出した。

陰間が最後に行き着くところ、生きて出られるものはいないだろうといわれる廓。

陰間を人間扱いしない廓・・・・

雨月楼の陰間たちは生傷が絶えない、命を落とす者もいる

 

そんなところに、悠太を送るつもりはなかった。

誠次郎に引き取らせる為・・・

きっかけがないとそのままだったから。

 

大事なものを手にする事を、誠次郎は恐れている。

いつか失くすかも知れないから・・・奪われるかも知れないから・・・・

 −誠次、手に入れなきゃ誰かが持っていくんだぜ・・・−

藤若の水揚げの客探しの途中、平次は誠次郎にそう言った

が、誠次郎はためらい、他に旦那がついた

一度目の喪失感・・・・

傷物になった藤若が、雨月楼に売られる

二度目の喪失感・・・・・

そこまで追い込まなければ、誠次郎は動かなかった。

 

「俺はお前を誠次に託したんじゃねえ。誠次をお前に託したんだ」

「大旦那さん・・・・」

ふっー

平次は笑う

「あんな腹黒でも、俺にはたった一人の友達なんだ。裏切ったら承知しねえぞ」

 そういって平次は、例の前田屋の饅頭を戸棚からとり出す

「これやるから、頑張れ」

(まだ、子ども扱いしてるんだから・・・)

悠太は呆れつつ、饅頭を受け取る

「私に勤まりますかどうか・・・」

無論、悠太は誠次郎の最愛の位置を降りるつもりなどは無いが。

「お前だけなんだよ。頼りは。」

饅頭を懐紙に包み、懐に入れて立ち上がる悠太に、平次はそう言う。

笑って、会釈をして立ち去る悠太の背中を見つめつつ、平次はただ、二人の幸せな結末を祈る。

 

 

 

「悠太〜店にいないと思ったら、何処をほっつき歩いてんだい?」

帰り道、魚屋の前で誠次郎にばったり会った。

「若旦那!大番頭さんのお使いで・・・」

「出るときは私も連れて行けと、あれほど言ってあるのに・・・」

笑って拗ねる25歳

(今日はついでに内緒で、雪花楼によったから・・・)

つられて悠太も笑う・・・・

「ちょうどよかった、蕎麦でも食いに行こう!」

「いいんですか?皆仕事してるのに・・・」

はははははは・・・

大口開けて笑う誠次郎

「いいさ〜私は主人だし〜私の勝手さ。結城屋 継いでよかったと思えたのは、悠太を身請けできた時と、こういう時だね〜」

そういって歩き出す誠次郎に悠太は続く

「どういう時ですか?」

「悠太とデートできる時だよ」

もうっ・・・・

悠太は照れて俯く

「若旦那ったら・・」

でも、嬉しい。誠次郎の人生の中で、よかったと思える事があるのなら・・・

後悔ばかりの日々で無かったのなら・・・・

 

蕎麦屋の暖簾をくぐり、蕎麦を注文して席につくと、誠次郎は悠太に笑いかける。

「初めて蕎麦が美味いと思えたのは、お前と二人で向かい合って食べた時だ。同じ物でも誰と食うかで、味も変わるんだねえ・・・・」

そうか・・・・悠太は気付く

変われるのだ、人は。変わっていけるのだ

暗闇の中、味気ない食事、押し付けられた重荷・・・・

しかし、ちょっとした事で光は差し込み、幸せを感じられる

もし、自分がこの人を照らす光になれるのなら、何だってする。

 

「私も、結城屋に来て、やっと深く安らかに眠れるようになったんですよ。何の心配もなく・・・」

「私の隣でも熟睡できるかい?」

「若旦那の隣だから、ですよ」

運ばれて来た蕎麦に、箸をつけつつ二人は笑う。

「金なんか別に欲しかなかったけど、お前とこうして、蕎麦を食うくらいの金はあったほうがいいみたいだな」

欲が無い・・と言うより、本当に何も欲しいとは思わなかった。

今は、失いたくないものが出来て、少し欲も出てきた。

そんな自分の変化が、とても誠次郎には不思議だった。

 

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