時の迷宮     

 

「智・・・どうしたんだ・・・」

部活の帰り、無意識のうちに  悠利の家の前に佇む智を、悠利は書斎の窓から見かけて、

駆け寄ってきた・・・・・

「来てくれたなら入ればいいのに・・・・」

「貴方に・・・逢う資格なんか無いのに・・・それでも、逢いたくて・・・逢えないと苦しくて、

どうにかなりそうで・・・」

闇があたりを覆う・・・・

しかし、悠利は智の頬をつたう涙を見逃さなかった・・・・

 

 

「すっかり冷えて・・・風邪ひくじゃないか」

書斎のストーブの前で、微笑みながら悠利は智に毛布をかける。

島崎はホットココアを持ってきた。

「これを飲んで温まってください・・・」

「ありがとうございます・・・」

笑顔で智はカップを受け取る・・・・・とても懐かしい感じがした・・・・・

昔から知っていたような・・・・

 

島崎が去り、2人きりになると、悠利は智の前にかがんで智の手を握る

「辛そうだね。僕のせいなのか・・・」

「そう・・・貴方のせいです・・・貴方が・・・僕を・・捕らえて離さないから。」

意外な言葉に悠利は耳を疑う・・・・・

「デュークではなく・・・僕が?」

「貴方に・・・逢いたいんです・・・ユーリではなく貴方に・・・でもこの想いがなんなのか判りません・・・・」

悠利は智を抱きしめる

「難しく考えるな・・・君が望むなら、僕は君の傍にいるよ・・・・」

智はかすかに首をふる

「あの人の面影が消えない以上、貴方を受け入れることは出来ません・・・・・貴方を身代わりになど出来ない・・・・」

「身代わりでもいい。構わない。君を手に入れるためなら、悪魔に魂を売っても構わない」

(悠利・・・・貴方は・・・あの時の僕と同じだ・・・・)

「大事なんです・・・貴方が・・・」

「大事になどされたくない・・・傷付いてもいい。お前とエンゲージしたい」

智は今ユリシーズの苦しみがわかった・・・・

いとおしい・・・・

彼の一途な瞳は、麻薬のように心を痺れさせる・・・・・・

禁断の薔薇を手折りそうになる誘惑に、智は負けそうになる。

(ユリシーズは・・・僕が踏み込むたびに、この誘惑と戦っていたんだろうか・・・)

「貴方は・・・僕とユリシーズの事、一部始終を知っている・・・それでも?」

気を落ち着けるため、飲み干したココアのカップをデスクに置いた。

「貴方を捨てて、ユリシーズの元に行った僕を・・・・許せるのですか・・・」

「デュークは・・・君を僕に託したんだ・・・」

「何故・・・貴方は・・・僕を?」

「判らない・・・初めて会った時から・・・理由なんかない」

(僕も・・・理由もなく貴方が・・・・)

「しいて言うなら・・・血が竜の血が・・・君を求めている・・・」

智は左腕をまくる・・・・

消えつつある傷跡・・・・・永遠に傷が残る事を望んだが、叶わないようだ・・・

「サトル・・・・」

ユリシーズの声が智を呼ぶ・・・

ゆっくりと・・・・悠利は、その唇を智の傷跡に押し当てる・・・・

「ユリシーズ・・・・」

眩暈のなかで、智は愛する人の名を呼ぶ・・・・・

「彼の中に私はいる・・・迷う事などない・・・お前の私への愛も、悠利への愛も真実なのだ・・・」

(悠利・・・・貴方は・・・それでいいのですか・・・)

ふっー

悠利は気を失って、智の膝に崩れた。

 

身代わりでなく・・・・・悠利はユリシーズそのものだと言うのか・・・・・

 

悠利は智の腕の中で目を開ける・・・・

「すまない・・・デュークが・・・現れたろう・・・」

「悠利の中には、ユリシーズの人格が内包されているのですか?」

「不完全なんだ。おそらく・・・エンゲージして初めてデュークと一体化するのだろう・・・」

竜の血が作用しているのだろうか・・・・・・

「君は大丈夫か?暴走するような事は、こちらでは無いか?」

「はい。今のところは・・・」

静かな微笑みを浮かべて悠利は頷く・・・・

(彼とエンゲージしなければ・・・僕は誰ともエンゲージしない・・・)

それだけは確かだった・・・・・

 

「貴方を・・・貴方だけを守りたい・・・」

つぶやく智を抱きしめて、悠利は諭すように言う

「ひと時の情熱で決めるな・・・・よく考えて決めろ。時間はたっぷりある」

「貴方が・・・・誰よりも大事です・・・・」

にっこり・・・

悠利は笑って智の額にくちづけた・・・・・

「家の車で送るよ・・・・・・・」

 

永遠に一緒にいたい衝動にかられつつ、智は頷いた・・・・・

  

 

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