誓い1.

 

放課後の学校の、中庭のバラ園で智は悠利を待っていた。

 

突然、妹の口から出た、竜崎悠利のイギリス大学進学の噂に智は我を失っていた。

高校を卒業しても、家も遠くないし、会えないことは無いと思っていた彼に、この噂は衝撃的だった

 

「話があるんですが・・・」

朝の全校集会で、悠利とすれ違いざまに智はそう告げた。

「放課後、中庭のバラ園で待っていて。」

いつもと変わりない、穏やかな笑顔で悠利はそう告げた・・・

 

温室の中はすでに薔薇たちが咲き誇っている

(ユリシーズの館の薔薇は紅薔薇だった・・・・)

そんな事を思い出していた

「智・・・」

温室のドアを開けて、悠利が入ってくる

「セレスティア家の薔薇もここにあるよ。まだ咲いてないけど、僕が持ってきて植えたんだ。」

風に舞う、赤い薔薇の花弁・・・・智の脳裏に浮かぶ面影・・・

(え?)

それは精悍な姿の騎士ではなく、儚げな、しかし優しい強さを心に秘めた・・・

「悠利・・・」

幻に呼びかけて慌てる

「どうしたの?」

混乱した頭を振りつつ、智は深呼吸をする・・・・

中央のベンチに腰掛けるよう悠利は促す

 

「イギリスの大学に進学するって・・・」

ベンチに腰掛け、一息つくと智はそう切り出した

「ああ・・・聞いたか、智も。進められているんだが・・・まだ決めていない。出来れば、僕は日本で

古典文学を学びたいと思っているんだ」

「行ったら・・・もう会えないの?僕たち・・・」

「卒業したら帰ってくる。それに、まだ行くと決めたわけじゃないし。」

何故、今頃気付くのだろう・・・智は唇を噛む。

しかし、悠利が留学するのなら、それを阻むことは出来ない。あの時、ユリシーズを選んでここを去ろうとした自分を

悠利は笑って見送ってくれたではないか・・・

悠利を捨てユリシーズの元に行こうとする自分を・・・・・

「決まってから、話そうと思っていたんだ。変に心配かけるといけないから・・・だから今日・・」

(ユリシーズならこういう時、僕を送り出したろう・・・ここに僕を戻したように・・・

それが愛する者のために犠牲になる事・・・)

しかし・・・

智の瞳から涙が流れる・・・・

(もう二度と手放したくない。)

「僕がここに居て欲しいと言えば、行かないでと言えば、貴方は居てくれますか?」

「智?」

涙を隠して智は立ち上がる

「すみません、我侭言いました。」

俯いたまま立ち上がり、出口に向かう智の腕を悠利は掴む

「遠慮するな。もっと我侭言え。言っていい」

悠利は智を抱擁する。

「君が苦しむから、こういうことは聞かせないようにしていたんだ」

悠利の胸で智は溢れる涙を止められないでいた・・・

「黙って、行くつもりだったんですか・・・」

「いいや、僕にその気が無いから・・・つまり、留学は断ろうと思っていたから。」

「本当に?」

そうつぶやいた智の顎は悠利の手で持ち上げられ、そのまま、くちづけられた・・・・

 そのとき彼は確信した。今、智の中にいる幻はユリシーズではなく、悠利であることを・・・

ユリシーズとの総ては悠利に出会うための道のりだったと・・・

 

「悠利・・・」

気付けば優しい微笑みが目の前にあった。

「泣き止んだね」

(やっと貴方にたどり着きました・・・)

胸の中でユリシーズに別れを告げる。

 

そして・・・・

 

「悠利、貴方を愛しています・・・」

今度のくちづけは智の愛の誓い・・・・・

 

「もう何があっても離さない・・・・それでいいのか智?」

「僕も譲りません。滅びる時は共に滅びます。運命さえ越えて見せます。だから・・・」

智はリングを指から抜き取る。

「エンゲージを」

悠利は瞳を閉じる。

(デューク・・・貴方の想いは叶いました・・・・私を通して・・・・)

悠利は左手を差し出す。

その人差し指にリングをはめ、智はその場に跪く。

「竜崎悠利、私は貴方を守ります」

中世の騎士が姫君にするように、智はリングにくちづける。

 

こうなる運命だった。そんな気がした。

振り返れば何もかもが、ここにたどり着く為の道のりだったと・・・・・

 

         

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