騒動と収拾 4
あれから、身を潜めて過ごしている馨と光輝の部屋を服部が訪れた。
「落ち着いたみたいだな・・・」
「もっと、早くああしてりゃ良かったって、後悔したよ。すげー遠回りしたな〜」
それでも、時期的なものはあっただろうと、服部は思う。
「うだうだしてた頃が、バカみたいだ」
それは、今だから言える事。結果がいい方に出たからだろう。
「晩飯でも奢ってやりたいところだけど、お前ら連れて外、出歩くの怖いし・・・ケーキで我慢しろ」
銀座の有名な店のケーキの箱を、服部は差し出した。
「じゃ、コーヒー入れますね・・・」
馨はキッチンにむかう。
「光輝は酒飲まないから、つまらんな。ケーキくらいしか持って行く物、無いじゃないか・・・」
甥と酒を酌み交わしたいという服部の願いは叶わず、彼は不満げにため息をつく。
「なんで持ってくる物がケーキしか無いんだよ?寿司とか大歓迎だけど?」
こらこら・・・・光輝を制しつつ、馨は入れたコーヒーを差し出す。
「ああ・・・そうか、お前は寿司食えるんだったな。鷹瀬が生モノ苦手だから、うっかり・・・」
変な親子だな・・・・と苦笑する服部に、光輝は皿に乗せたチーズケーキを差し出す。
「忘れるな〜伯父さんの癖に〜」
「光輝はお子様だから、甘党なんですよ。ケーキで充分です」
席に着く馨を、光輝は不満下に見上げる。
「お子様ってなんだ?」
「見かけには寄らずだな、でかい図体して・・・」
笑ってコーヒーを飲む服部。
「まあ、洋菓子系統は馨がファンからごっそりと貰ってくるから、不自由しないんだけど・・・」
ほらほら・・・・馨と服部は顔を見合わせる。
「ところで・・・光輝、家には時々帰ってるか?」
鷹瀬家に行っても、あまり光輝の話が話題に上らないので服部は心配している。
「顔見せるくらい?」
フォークを手渡しつつ、光輝は苦笑する。
「まあ、あんまり疎遠になるな・・・」
としか、言いようが無い服部はケーキをつつく。
「つーか、微妙だろ?俺の家での立場って・・・」
うん・・・頷く服部と馨。確かに、突っ込めば、かなり凄い関係の鷹瀬ファミリーではあるが・・・
「まあ、鷹瀬が諸悪の根源なんだから気にするな」
服部にそんな慰められ方をされても、どうしょうもない。
「色々ひっかかりはあるけれど、光輝が幸せなら、いいと思えるようになったから」
たぶん、光洋も同じ考えだと思う。
「これで何もなければ、幸せなんだけどな〜誰かさんが変な気を利かせて、変な事しなければ・・」
しゅん・・・・いつまでも根にもたれて、馨はへこむ。
しかし、服部的には凄い偉業だった。父にも、伯父にも出来なかった事を成し遂げたのだから・・・
「光輝・・・でも、あれは本当の犠牲の、献身的な愛情から出た行動だったんだから、佐伯を責めるな」
伯父の言う事も身にしみて判る。
立場を変えれば、恐らく自分には出来なかった事だし、もちろん父、光洋にも出来ない事だ。
だから、逆にムカつくのだ。
自分の方が、より愛していると思っていた、信じて疑わなかった。なのに、馨の愛の方が強かった事になる・・・
「まあ行って来て、いい経験だったから、責めないけど・・・」
どれだけの決意で、馨が自分を送り出したか判るだけに、強くは出れない。
「でもさ、馨も著者として同行させろ!とか・・・そういう発想、誰もしなかったよな」
「そんな予算、どこから出るんだ・・・」
馨の突っ込みに、むきになった光輝が反論する。
「自腹切っても、行こうとか思わないか?」
「だから、何しについていくんだよ?」
「たまに、執筆中のエピソードとか話してさあ・・・」
おいおい・・・馨も服部も言葉が出ない。
何にしろ、過ぎた事を討論しても後の祭りである。
「まあ、いいや。こうして、また一緒だし、公認だし・・・」
結論は、そういう事になる。
「マスコミに出る用も、もう無いし、このまま地味に翻訳の仕事してれば問題ないし」
「そうかな・・今回で結構、注目されたからお前も俺みたいに、テレビ出演引っ張りだされるぞ。2世だしな・・・」
普通なら、顔が出ることの無い翻訳業だが、光輝は佐伯馨とのラブシーンを演じて顔を晒してしまった。
「佐伯がオブジェ扱いされたように、光輝もオブジェ扱いされるかもな・・可能性はあるぞ?
なんせお前は鷹瀬光洋の息子だからな」
見栄えのする、タレント性あふれる、有名大学教授の息子・・・・光輝もまた、父譲りのカリスマを持っている・・・
服部の言葉に、光輝は首を振る。父と比較されるのも、七光りと言われるのも好きではない。
「確かに、俺よりはずっと見栄えいいし、貫禄あるしなあ・・・」
そんな事を、馨に褒められても嬉しくない・・・
「とにかく、身体には気をつけて、当分は身を潜めていろ。という鷹瀬からの伝言だ」
帰りがけに服部はそう告げて帰って行った。
潜伏するのは苦痛ではない。
むしろ、家の中で馨にべったりくっいていたいところだ。
「もう、永遠にそっとしておいてくれないかな・・・」
そう願いたい、と馨も思う。
「光輝、仕事のほうは?」
「ぼちぼち・・・良くも悪くも知名度上がったからな。馨は?」
「今は充電期間で休ませて貰ってるけど。ただ・・・”佐伯先生からも、佐伯光輝氏関係で一筆お願いします”
なんて依頼は、しょっちゅう来る。一体何を書かせたいのか・・・」
ダイニングのカップをかたづけつつ、馨は苦笑する。
「自叙伝とか書けって事か」
「光輝のが大売れしたからだろうなあ」
笑いながらカップを洗う馨の手伝い、光輝は漱ぐ。
「それは、傷口をもう一度開く行為だろう・・・」
「何にせよ、創作活動は副業だから。次は古典の口語訳の予定だけど」
片手間に小説を書く馨が、光輝には脅威だ。
「どうせ外、うろうろするなってんだから、仕事するしか無いしな・・・」
と光輝は、壁にかかったカレンダーに書き込まれた仕事の進行予定表を見る。
「計画的に進んでるから、締め切りには楽勝だし。あ、仕事中は横にちゃんといろよな?」
自室に篭って仕事をすればいいものを、光輝はリビングでする。そして馨はその横で読書をしている・・・
馨の姿が見えないと、不安になって仕事が出来ないと光輝が言うので、馨もつきあっているのだ。
「ずっと俺を見続けて飽きないのか?」
うっとおしいだろうに・・・と馨は思うのだが。
「いや、飽きないな〜読書中にウトウトして気持ちよく眠る姿も可愛けりゃ、ふと、目覚めてまた読書始めたと
思ったら、俺にコーヒー入れるために台所に立ったり、なんか、仕草が小動物っぽくて癒される」
仕事しながらよく観察してるな・・・馨は驚く。
「一日中一緒なんて、今までで一番幸せで、どうしましょう〜て感じなんだけど」
そんな光輝を、1年間も引き離した事を、馨は今更ながらに後悔する。
「すまない・・」
「何が?」
いきなり謝られて訳がわからない光輝。
「なんでもない。さ、洗い物終わり」
笑って馨は手拭きで手を拭いた。
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