大学教授 1

 

 

 「鷹瀬君、ウチの大学の教授になってくれないか」

騒ぎのほとぼりが冷めた頃、学長に呼ばれて光輝は大学の学長室を訪問して、今更な学長の言葉に戸惑う。

父と同じ職場は好まない。麻生の事もある・・・・

「そんな勝手な事でが出来るんですか?」

ふう・・・学長はため息と共に、テーブルに置かれた茶を飲む。

「ブランクがあるといっても、アメリカの大学での招待講師のキャリアもあるし、英訳の実績もあるし・・・というか実は

鷹瀬教授が退職したいと言い出してね・・・」

え・・・一体何の事なのか話が見えない。

「鷹瀬教授も親子が同じところで教授しているのは好かないらしい、しかし君をぜひ教授職に就かせたい。

考えた挙句のことなんだ」

だからと言って教授を辞めるとは・・・光輝は理解できない。

「それはそうとして、俺は色々問題がありますけど・・・」

ほとぼりが冷めたとは言え、佐伯馨との事は無かった事にはならない。

そんな問題のある人間を、大学で使おうと言う事が理解不可能だ。

「あれから、君は女子大学生の支持を大いに受けて、特別講師に呼んで欲しいの、英文科の教授に受け入れて

欲しいとの要望があって・・・・・それも、佐伯君と二人一緒にと言うんだが」

それだけは無理な気がした。馨のことを思うと、一緒に同じ大学で・・・などとは無理である。

「いくらなんでも、それは受け入れられない。どちらか1人だけ受け入れるとなると、鷹瀬光輝君と言う事になってな」

「かなり唐突なお話なので、時間をいただけませんか・・・」

頭の中が混乱したまま、光輝は立ち上がった。

「ああ、お父さんともじっくり話し合いなさい」

学長の言葉に一礼すると、光輝は学長室を出た。

 

(親父は何を考えているんだ・・・・)

廊下を歩きながら、ため息をつく。

とりあえず授業時間中に、見つからないように英文科の鷹瀬光洋の部屋に向かう。

そして、授業が終わるまで部屋のソファーに座って光洋を待った。

「光輝、来てたのか・・・」

しばらくして、授業を終えて光洋は部屋に入ってきた。

「学長と話してきたけど、退職ってどういう事なんだ」

ああ・・・光洋は笑って頷く。

「馨が自分を犠牲にしてお前をアメリカに送ったんだから、私もお前を教授にする事くらい出来ると思い立ってな・・・」

と言いつつ、光洋はコーヒーを入れて光輝の前に座った。

「余計なお世話だって・・・」

差し出されたコーヒーカップを見つめつつ、光輝はぼそりとそう言う。

「そう言うなよ、一つくらいお母さんの願い叶えてやれよ。突っ込みどころ満載のお前のカミングアウトをスルー出来たのも

お前を招待講師に送ってくれた、馨の献身に免じてなんだぞ」

「というか、総ての元凶は親父の悪行だったって事、忘れるなよ?」

こんな事も、感情的にならずにさらりと言えるようになった自分に、光輝は内心驚いていた。

「大学、辞めてどうするんだ?」

養えと、言われたらどうしょうと、光輝は少し不安になる。

「前々から計画していたんだが、英会話の塾を経営しようと思ってな・・」

「塾長になるのか?」

「そのうち講師を大勢雇って大きくしていく予定なんだが・・・・」

光洋は知名度が高いので、流行る事は流行るだろうが・・・

 「老後の保障にと計画していたんだが、少し繰り上げる事にした。ゆくゆくは お前に譲ってやるからな。

とりあえずは麻生君のもとで助教授から始めることになると思うが・・・・」

以前、ポスト鷹瀬の座を狙い、暗躍していた麻生も鷹瀬光洋が退き、息子が自分の下に入るとなれば

何の反論もあるまい。

「て、まだ俺はOKしてないんだけど・・・」

 すでに決まった事のように話が進んでいる事に、光輝は不機嫌になる

ほとぼりが冷めたと言っても、マスコミを騒がせたスキャンダルは消えない。

そんなハンディを負って、教鞭をとるという事に不安を覚える。

「ここの大学の学生達の要望らしいから、受けろ」

そうとなると余計にためらわれる。例の、”佐伯先生と鷹瀬光輝氏を応援する若い女子大生”がこの大学にも健在らしい。

そんな女子大生の、好奇の目に晒される事は避けたい。

「お前だって、ただの話題性だけで学生達に呼ばれたとは思ってないだろう?自信持てよ」

それはそうだろうが・・・

「まあ、馨と相談するわ」

 馨に内緒で決めたり、隠したりすると、また、

どんな事が自分に降りかかってくるかわからない。

以前の教訓で光輝は慎重になっていた。

「まさか、今回の事はあの時ほど深刻なもんじゃないし、心配しなくてもいいだろうが・・・でも、馨の言う事は

聞いたほうがいいぞ。100%お前のためだからな」

馨が望むのなら、光輝はこの話を受ける覚悟をしていた。

あまり、気が向かないが、それで馨が幸せならば、そんな事は、なんでもない。

「それはそうと、馨は元気か?」

少し遠慮がちに聞いてくる光洋に、光輝は苦笑する。

「ああ、俺の傍で幸せに暮らしてるから心配するな」

 あいつを絶対独りにしないー 遠い昔、光輝は光洋に宣言した。

(こいつなら、馨を独りにしないだろう)

 光洋自身もそう思う。自分は馨を独りにしてしまったが・・・・

「俺の横で、うたた寝してる馨の寝顔が、どれだけ穏かか、親父は想像もつかないと思うぞ?あれこそ天使そのものだな」

天使・・・

ー息子さんおられるんですね・・・−

ー可愛くてしょうがないって感じですねー

そう言って笑った天使が、光洋にもいた。遥か昔に・・・

初めて馨を食事に誘った時、光洋は話題つくりのために、光輝の写真を見せたことがある。

まさか、最低な手段で、この天使をズタズタに引き裂くとは、この時は思いもしなかった。

どうして、何処で道を間違えたのか・・・

切り取った片翼、地に堕ちた天使は今、アポロンに抱かれている。翼は再生したのだろうか・・・・

光洋の瞳から涙がこぼれた。

(愛していた・・・・愛していたんだ・・)

そんな事を言う資格も無いほどに、踏みつけ引き裂いておきながらも、それでも愛していた・・・・

しかし、光洋は最後まで馨に安らぎを与えることは出来なかった。独りにしただけだった。

「それでも、私には馨が生涯で、ただ独りの天使だったんだ・・・」

父の苦しげな独白に胸を痛めつつ、光輝は黙って立ち上げる。

きっと、そんな父を、馨はとうの昔に許している。

そして、光輝自身、父への恨みも、対抗意識も、嫉妬の念も綺麗になくなっている。

唯一の愛さえ、その愚かさで手放した、哀しい父を同志のように感じる。

手段、結果は真逆でも、自分と父は同じ男を愛したのだ。

そして、二人に愛された天使は、終の安息所を得た。それでいい。

「また来る」

そう言い残して、光輝は部屋を出る。

 窓から差し込む強い日差しに、ふと見上げると青い空が広がっていた。

人の悲しみも、苦悩も総てを包み込むような青空に、馨の片翼の幻を見た気がした。

光輝は思い出したように携帯を取り出し、馨の携帯に電話をかける。

「昼飯まだだろ?出て来いよ。近くで拾ってやるから・・・外食しようぜ」

二人でいろんなところに行き、いろんな物を一緒に見て、いろんな話がしたい。

ふと、そんな思いに駆られた。

 

 

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