騒動と収拾 3

 

 「佐伯先生、鷹瀬光輝氏の声明書はお読みになられましたか」

上京するや否や、昼のワイドショーの特番に引き出された馨・・・・

しかし、これも二宮玲子があらかじめ、佐伯馨の対談を希望する多くの局から、最良と思われるところを厳選し

更に細かく打ち合わせをしておいてくれた結果であった。

心中未遂の相手についての話題は出さない事。声明書に明かされた事実以外のことは訊かない事・・・これが制約である。

「はい、この期間、よく話し合い、鷹瀬光輝氏の意向を確認し、話しあいました。」

逃避行前の記者会見よりも晴れやかな、確かな笑顔で馨は答える。

番組で一番年長の女性司会者が、淡々と静かに会話を繰り出す。

これも玲子が指示した事・・・若手に、スキャンダラスに煽られたくなかったからである。

「愛の逃避行と呼ばれている、あの期間ですね。声明書では、佐伯先生の真意を知った鷹瀬氏が、総てを決意して

あの場での行動に出た、とありましたが・・・佐伯先生のお立場での、記者会見の場から逃亡のいきさつをお聞かせ

願えませんか」

「私の目的は鷹瀬光輝氏をアメリカに送る事でした。その為に彼に、嘘をつき傷つけた・・・もう復縁の願いなど持っては

いませんでしたが、無事に仕事を終えて戻った彼を目にした時は、ただ嬉しくて駆け寄りました。大衆の面前での

不適切な行いがありました事はお詫びいたします」

中堅女優の司会者は、ただ微笑んだ。彼女自身、若い頃、虚実入り乱れたスキャンダルに、もみくちゃにされた時期を

通過している。人の好奇心から来る何気ない言葉が、人を傷つけるという事を痛感している。

「でも、映画のワンシーンのように劇的な再会でしたね。その場に居合わせた人、総てがそう語っていますよ」

「罵倒される事を覚悟で戻って参りましたが・・・・そんな事になっているとは・・・」

はははは・・・・笑いあう二人。

スタジオの隅で見守る光輝は、ハラハラしている。

「今も、鷹瀬氏がスタジオの隅で、心配そうに見守っておられますが・・・」

「最初は、傍についていてやるって・・・一緒に出演するつもりだったんですよ」

「それは、ぜひお願いしたかったですねえ。今からでもお越しいただいては・・・」

「いえ、まさか。私の方が年上なのに、しかも教え子ですよ?保護者みたいな真似はさせられません。」

そうですね・・・司会者は頷く。

「年下の割には、鷹瀬氏は行動力があり、頼れますよね、佐伯先生のよき理解者なんですね」

「彼には支えられています。私の閉ざした心を陽の当たるところに導いてくれたのが彼ですから」

「声明書については、佐伯先生も後悔は無いのですね」

「はい、お互いを守ろうと、今まで事実を隠してきました。でも、それがかえって二人の間に壁を作っていたのかも

知れないと思うのです。世間から認められなくても、拒否されても、あるがままを晒そうとした鷹瀬光輝氏に多くの事を

教えられました。結論としては、お互いの存在だけで生きてゆける。互いを無くしては、世界の総てを手にしても

意味が無い。という事です。ですから、今は後悔も迷いもありません。過去の過ちによる傷さえ、鷹瀬光輝氏に

たどり着くための試練だったとさえ思うのです」

司会者は、台本と時計を見合わせて、締めくくりに入る。

「最後に、ファンに一言、お願いいたします」

「私は、過ちを犯す弱くて愚かな人間です。それでも一生懸命、人を愛そうとしました。その罪と、咎と、痛みと、

傷と苦悩の数だけ、見えてきた風景があり、心情があります。それらをただ、綴って行く事が私の仕事です。

これからもそうして、折れた翼を抱いて天を仰ぎつつ想いを綴って行きます。許されるならばお付き合いいただきたいと

思っています」

 

「何とか上手くまとまりそうじゃないか・・・・一時はどうなる事かと思ったが・・・」

大学の学長室で、光洋とともに佐伯馨の対談番組を見ていた学長は胸をなでおろす。

「すみません、ご迷惑をおかけしました」

時代は変わった。不倫も、心中未遂も、同性愛もなぜか、それほど嫌悪されない。

佐伯馨と鷹瀬光輝のラブストーリーは、必要以上に美化されて純愛物語となっている。

美男カップルだから、絵になるとまで言う者もいる。

二人に、皆が集中したために、過去の心中未遂は何故かスルーされた。

なんとなく相手は勘づいていながらも皆、光洋を攻撃しない。

そればかりか、父と息子が同じ男を・・・というタブーさえ話題に上らない。

なぜか世間は二人を祝福しているようである。しかし、それでいい。光洋も攻撃されたいわけではない。

今さら弁明する気もないし、罪を隠す気も無い。が、わざわざ古傷をこじ開けられる事は、避けたいのが人情である。

「これで佐伯君の人気は更に急上昇じゃないか?」

皮肉な事に・・・光洋は学長の言葉を否定できない。

どう見ても、今日の馨は悲劇のヒロインだ。皆、馨が幸せになる事を望んでいた。

野口暁生と新井俊二は完全に道化と化した。

 「なんにしても、世間は肯定的でよかった」

学長としては、そうとしか言いようがない。大学内での、教授と大学生の不倫、心中未遂。

その大学生が高校教師となり、教え子と恋仲に・・しかもその教え子は心中未遂の相手の息子・・・・

これ以上のスキャンダルがあるだろうか・・・・もう、あまりの事に常識が麻痺してくる。

 ただ、、マスコミの攻撃さえ防げれば・・・そんな思いしか湧かない。

総ての元凶が、鷹瀬光洋である事自体、忘れている・・・世間全体がそうだった。

それほど、佐伯馨と鷹瀬光輝の愛の逃避行事件が衝撃的だったらしい。

片翼の堕天使と、それを抱くアポロンの前では、総てがかすむのだろうか・・・・

確かに、教授との不倫、心中未遂などよりも、それは遥かに輝いて美しい。

背信やタブーさえ、彩を添えるエッセンスでしかない。

 

 

「お疲れ様」

対談を終えて、CMの間にスタジオの隅に移動した馨に、光輝は駆け寄る。

「もう、皆が見てるだろう。こんなところまで、ついてこなくてもいいのに・・」

そう言っている間も、出演者やスタッフがこちらを見ている。

「いいじゃん。いっそ、もう一度ラブシーンをここでやる?」

笑って自分を引き寄せる光輝を、馨は押し戻す。

「さっき、公衆の面前での、不適切な行為を詫びたばかりなんだぞ」

「しょうがないなあ・・・」

諦めて、スタジオのドアを開けて出て行く光輝の後を、馨は追う。

「一応、これで終結・・かな・・・」

馨の言葉に、光輝は振り返り、そっと手をとって歩き出す。

「そうしてもらいたいもんだな・・・」

 そんな話をしつつ、テレビ局の廊下を歩く二人を、すれ違う人達が皆、振り返る。

「注目されてるぞ・・・」

馨の脅しに、光輝は苦笑する。タレントでもないのに、民衆の視線に晒されていた馨の苦悩がわかるような気がした。

「馨!こっちよ」

非常口から突然現れた玲子が、非常階段に二人を連れ込む。

「のんきに手繋いで歩いてる場合じゃないのよ。裏口から出ないと、押しかけてきたファンにもみくちゃにされるわよ」

「来てくれてたんですか・・・」

微笑む馨に頷いて玲子は地下の駐車場に向かう。

「一応、私が段取りした手前もあってね・・・馨、あんたのファン2倍に増えてるわよ〜」

もともとのファンと・・・・腐女子のファン・・・それが局の正面玄関に大集合しているというのだ・・・

「いいな〜羨ましい〜」

人事のように言う光輝の頭を、玲子は呆れて小突いた。

「何言ってるの!鷹瀬君もおんなじよ・・・」

今まで学者扱いされていた光輝も、半分タレント扱いになった。

タレント教授の父を邪道だと思っていたのに、自分自身同類項になったのは納得がいかないが、それも馨のためなら

諦めもつくと言うもの。

駐車場で玲子は自分の車に、馨と光輝を乗せて、馨のマンションに向かう。

「裏口でも、張り込んでいるファンはいるだろうけど、私の車ならスルーできるわ・・・」

「え、馨の車のナンバーまで覚えてるって事?」

光輝が驚いて訊くと、玲子は頷いた。

「ファンってそういうものよ」

「それ、ストーカーでしょうが・・・」

光輝の言葉に馨が笑い、玲子は苦笑した。

 

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