騒動と収拾 1

 

 

ー・・・・で・・招待講師を終えて帰国した、鷹瀬光輝氏に、これを託されました。

新井俊二先生の件では、お互いを守るために一旦は否定しましたが、今、ここでその真実が明かされます。

私は佐伯馨氏の大学時代の先輩として、聖痕事件を傍で見守った一人です。

彼の、この重すぎる十字架をどうか、軽々しく取り扱わないでいただきたい。今、彼が心穏やかにいられるのは、

鷹瀬光輝氏のおかげである。その事だけは、ご理解いただきたいと思います。伝えたい事は山ほどありますが、

この声明書をお読みいただくのが早道と思いますので、割愛させていただいて・・・

これは鷹瀬光輝氏が、佐伯馨氏を守るために、すべてを失う覚悟で書いた告白文であることだけは、

忘れないでくださいー

 

朝からテレビでは、”プシケ”の編集長である二宮玲子の会見が全国的に流れていた。

「もう、後戻りはできないからな」

テレビの前で、馨と並んで座っている光輝がつぶやく。

「堕ちるところまで堕ちた俺には、怖いものは無い」

唯一つ、怖いものがあるとすれば・・・・光輝を永遠に失う事・・・

「でも、女性ファンは減るかもな」

ふっ・・・馨は苦笑する。

それは願ったり叶ったりだ。うわべだけで評価され、オブジェとして使われる事にはうんざりしていた。

「これで、本物だけが残るという事だ。たとえ残らなくても良いけど」

もともと、作家は副業だ。出来れば学者としての評価をしてもらいたいと思っていた。

「学者にファンなんかいらないからな」

「佐伯先生の、そういうクールなところが魅力で、ファンが来るんじゃないか?」

光輝が茶化してくる。

 その時、光輝の携帯のメールの着信音が鳴り、テーブルの携帯を光輝は手に取る。

「玲子さんから・・・人事は尽くした、天命を待て・・・・」

読み上げた光輝の口元が緩む。あまりにも玲子らしくて・・・・

 「これで、当分、外出は禁止だな。」

そうつぶやきつつ、ぼんやりと、光洋に与える影響を馨は思う。

「これからは様子見ていかないとな・・・」

と、光輝はチャンネルを替える

案の定、光洋が大学でインタビューを受けていた。

ー声明書を読んでからお越しください。何でもお答えいたします。逃げも隠れもいたしませんー

今までで、一番すがすがしい表情の父を光輝は見た。

自らの罪を隠匿し、罪の影に追われ、そんな闇から抜け出したように見える。

 

「光輝・・・」

君子が朝食を持って来た。

膳を整えて、君子は例の冊子を差し出す。

「記者が玄関でうろついているから、当分は部屋でじっとしていてね」

「迷惑かけるね・・・」

すまなさそうな光輝に君子は微笑む。

「なんかねえ・・・・今朝、テレビで見た兄さんが、あんまりにもすっきりしていて、やっと開放されたんだな・・・って」

うん・・・・・

光輝も微笑んだ。

「大丈夫よ、あんたの想いを、洗いざらい晒したんなら、判る人は判ってくれるわ」

そう言い残して君子は出て行った。

 

「読むか?」

光輝は、冊子を馨に差し出す。

「ああ・・・」

馨は受け取り、脇に置く。

「メシ、食ってから」

 

 

朝食後、光輝はテレビのチャンネルをあちこち替えながら状況をリサーチし、馨はその隣で冊子を読んでいた。

「そんなに問題爆発ってほどじゃないよな・・・・俺達より、アイドルの熱愛疑惑のほうがよく出るんだけど?」

残念そうに言う光輝に、笑いがこみあがる。

「あ、こっちは大女優の隠し子発覚?父親は誰か・・・馬鹿だな〜マスコミって」

「光輝・・・俺達、そんなに有名って訳でもないし」

以前、ワンクッション置いている分、またか・・・・的な感じでもある。

「親父が困ってないから、つまらない。って感じなのかな?」

「それはあるな」

有名タレント教授のスキャンダル・・・なら、面白みもあるが、ああ堂々とされてはスキャンダル的要素が薄まる。

過去の秘密を明かして、当人がすっきりしているのを見ると、どうも、それ以上突っ込む気がしないのだろう。

「親父、精神科にずっと通ってて、あれでも結構、病んでたんだぜ?心中未遂・・・なのに、今朝はすっきりしちゃって」

ああ・・・馨も頷く。今朝の光洋の表情は初めてだった。あんな表情も出来るのかと思ったくらいだった。

「もう、世間に総スカン食らってもいいって気になった。少なくとも、親父は救われたんだし・・・」

そういいつつ、光輝は馨の肩を抱く。

「俺達は公認の仲だし〜」

「あれ・・・」

馨はテレビの画面を指した。大学生らしき女性陣が、署名活動をしている。

ー私達は佐伯先生と鷹瀬光輝氏を、マスコミの断裁から守るための署名運動をしていますー

「断裁?されてるのか?俺達?」

光輝は目を丸くする。

ー二人が添い遂げられるように、社会の偏見から守りますー

「そんな事、出来るのか?こいつらに・・・」

光輝は一人突っ込む。

ー佐伯先生、鷹瀬光輝さん、もう二度と別れたりしないで、幸せになってくださいー

「大きなお世話じゃないか・・・」

「そう言うな。応援してくれているんじゃないか」

馨の言葉に光輝は固まる。

「予想は付いていた、あれは腐女子と呼ばれる団体で、男同士の恋愛を漫画、小説にして楽しんでいるんだ。

以前の新井俊二の事件から俺とお前は、その団体から目をつけられ、カップルとして妄想の材料にされていた・・・」

なんだ・・・・それは・・・光輝は理解不可能だ。

「お前は文壇畑の人間で無いから疎いだろうが、BLとかMLとか・・・そういう変わった同性の恋愛モノが出版物として

横行している。今回の逃避行はもともとあった佐伯、鷹瀬の物語に拍車をかけ、さらに声明書によって

立証する羽目になったわけだ。どれだけ彼女らは嬉しいか・・・」

はあ?

「あ・・・馨、そういうの・・・読んだ事あるのか?」

「と言うか・・・わざわざ、贈りつけるファンもいたしな・・・創作物は現実よりも激しいぞ・・・」

と言われても、意味がさっぱりわからない光輝は、そのままスルーした。

「一応、俺達は受け入れられたんだな。一部の女の子達に?」

「ああ、守ろうとしてくれているじゃないか・・・」

馨は苦笑する。

「もうしばらく、様子を見よう・・・・」

一旦、ニュース、ワイドショーの時間帯を終えて、光輝はチャンネルを固定した。

「そんなに敏感になるなよ・・・気疲れで倒れるぞ?」

 世間はそれほど、自分達には関心が無いのではないかと、馨は少し安心していた。

一部の女子を除いては・・・・・

 

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