デスティネーション 2 

 

「馨、変わったね」

馨の部屋で茶を飲みつつ、玲子はつぶやく。

明らかに馨のものでない衣類が、ベランダに干されていて、洗面所には歯ブラシが増えている。

「とうとう決心したんだ」

仕事で近くまで来たついでに馨の顔を見にくれば、穏やかな表情の馨がいた・・・

出会った頃の天使のような馨が。

「あの子、すごいね。瞬時にあんたを、こんな風に変えられるんだ。」

敵わないなあ・・・馨は苦笑する。何でもお見通しなのだ。

「これが正しい結論なのかどうかはわかりませんが、後悔はしていませんよ。」

「親父が反対してきても迷うなよ。あいつがとやかく言う資格ないんだから」

玲子は今でも鷹瀬教授を目の敵にしている。

「服部教授は、もう折れたみたいね。何があっても黙認するって言ってたわ」

「会ったんですか?」

「野口暁生の事でね。私に助けを求めてきたわ」

さすが・・・服部は早耳だ。先手必勝の策士・・・

「でも普通反対するよね、教授とあんたの事だけでもすごい醜聞なのに、

さらに親子でおんなじ男に入れあげるなんて、格好のネタよ。それでも、甥には佐伯が必要だって、そう言ってた」

(服部教授・・・)

馨はため息をつく。彼がその結論に達するまで、どれだけ苦しんだか判らない。

「服部教授て、苦労人よね・・・変な義弟持ったのが運のつきね」

しかし、玲子は、馨にとっても光輝は必要な存在だったと確信する。

「野口は任せて、あいつはスキャンダルをネタに強請りたかり、好き放題やってる極悪人だから私がシメるわ。

取材した中でも、あいつにセクハラされたアイドル、後を立たないのよ・・・馨も気をつけて、あいつバイらしいから」

そういって玲子は立ち上がる。

「感謝してる、いつもありがとう。」

馨の笑顔がまぶしくて、目を伏せて玲子は馨を抱擁する

「馨には幸せになって欲しい・・・だから・・・鷹瀬君を手放しちゃダメよ」

 

その時、合鍵でドアを開けて光輝が入ってきた。

「馨・・・」

「あ・・・カレシ来ちゃった〜お邪魔しました〜〜」

そそくさと出てゆく玲子を見つめつつ、光輝は唖然とする

 

「大丈夫なのか・・・」

自分のことを彼氏と言った玲子が気になる

「あの人は大学の先輩で、今は”プシケ”の編集長している二宮玲子さんで・・・

当事者と服部教授以外で、総てを知る唯一の人だ。当時、ただ独り俺の味方だった」

「彼女と関係あったのか?」

「恋愛感情は無いよ。姉弟みたいな関係だ。俺のせいで、服部教授に喧嘩売って、助教授の話も蹴って・・・

そういう人さ」

「いいな・・・モテて・・・」

自分の知らない過去の馨を知っている玲子に、少し嫉妬した。

「仕事ある? 俺、ここで仕事していいかな?」

ノートブックなど、仕事道具一式持ってきた光輝に、馨は苦笑する。

「独りで仕事するの嫌だし〜」

そう言いつつ、リビングで作業を始めた。

 

 

向かい合って、別々の仕事をそれぞれ、黙々とする・・・・

それでも幸せが感じられる。

 

 「少し休め」

 日が暮れかけた頃、馨がお茶を入れて光輝に渡した。

「俺、結構真面目だろ?仕事ちゃんとするだろ?」

はははは・・・馨は笑う

「仕事ちゃんとするのは当たり前だろ?」

「だって、新婚なのにさ」

ああ・・・馨は微笑んで自分のカップを取る

「高校時代、遊び人だったとは思えないよな」

恋愛をゲームのように楽しんでいた高校時代。今思えば薄っぺらい愛情でしかない日々・・

「やっぱり、アレか?俺・・・親父の血ひいて遊び人なのかな」

もう、何の感情も無く、光洋の話題を出す事が出来る。

「いや、お前は誠実な奴だよ。あの頃はただ、何も知らない、やんちゃなガキだっただけだ」

容姿、性格、知能、家柄・・・総てに恵まれた少年が傲慢にならないはずは無い。

皆に愛され、偽りの愛に寂しさを埋め・・・

「忘れたい過去だな・・・」

苦笑する光輝に、馨は手を伸ばす

「それは俺も同じ事・・・・」

憎しみに駆られて、光輝に八つ当たりしようとしていた馨・・・

それでも、そうやって自分達はここにいる。

自分の手の上に重ねられた馨の手に、総ての答えを見る。

「俺、親父に似てるか?」

「似てない、お前はお前だ」

もう、光輝に光洋の面影を見る事は無い。

総てが違う。自分だけを見つめて、自分の傍にいようとしてくれて、駆け引きの無い愛情を注いでくれる。

 不安の無い恋愛というものをはじめて知った。

「俺の事、本当に好きか?お情けで付き合ってやってんじゃないよな?」

この場に及んで、まだ自信の無い光輝に馨は呆れる。

「なんか俺ばっかり夢中で、馨、冷たいし」

くすっー笑いが漏れる

甘えん坊の年下の恋人・・

「これ以上はヤバイほど愛してるよ」

そっと立ち上がり馨はテーブルに身を乗り出す

何度も触れてきた馨のやわらかい唇に、次の言葉がさえぎられる

馨は、あまりに冷静すぎて心がつかめないままいた。馨には自分ほどの熱情を感じられなかった

「お前は欲張りなんだ。」

馨の微笑みに光輝は一瞬、赤面した

「ずっと愛されてないと自信ないよ」

「ずっと愛してるのに?」

あまりにも待ち続けた時間が長すぎて、今までの想いをもてあましてしまう・・・

「人を好きになると寂しいよな・・・」

そう言う光輝に昔の自分を見ているようで、馨は愛しい様な懐かしいような気になる。

「そうか、俺が不安にさせてしまったか?」

「うん。だから、もっとちゅーしてくれよ〜〜」

子供のような光輝に笑いが止まらない。

「笑うなよ」

「判った。何度でもしてやる」

「笑うなって・・・」

困り顔の光輝はしかし、今まで見た事の無いような、明るい馨の笑顔に驚いていた。

 

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