デスティネーション 3

 

「本当に、今日も泊まるのか?」

夕食を終え、さっさとシャワーを済ませて寝室のベッドに腰掛けている光輝を、馨は振り返る。

「え?ダメ?」

「いや・・」

このところ、毎日泊まっているのが気になる。

「とんだ通い婚だな・・・」

そういえば高校時代、光輝は光源氏だった・・・などと馨は一人、思いを馳せる。

「同居しちまうかな〜」

(もう、ほとんど同居だろう?)

そう思いつつ、馨は浴室に向かう。

 

光輝は、あれから自分の部屋で眠らなくなった。

ー親父みたいに、あいつを独りで置いておく事は絶対しないー

どこかで意地になっている。

しかし、それより何より光輝自身、もう馨無しではいられない。

リングが2つ、握り締めた右手の中にある。

こんなもので縛れるとは思っていないが、何か証が欲しかった。

麻生の一件で、今は光洋も、光輝に教授を薦めたりしなくなり、父子は距離を置いて、冷静に向き合えるようになった。

馨の事はお互い封印して、決して口にしない。しかし、服部を通して何か聞いてはいるだろう。

嵐の前の静けさのように、あまりにも静かで不気味だった。

何の反対も無い日々・・・・

 

「どうした?何か考え事か?」

タオルで髪の雫を拭きとりながら馨が入ってきた。

「いや・・・」

光輝は目をそらす。父が馨におぼれたのは仕方が無いとさえ思える。

 儚げなたたずまい、物憂げな眼差し、まるで夢の中の様だった。

いつも、馨はつかみどころが無い。光輝は不安になる・・・・

「左手出して」

言われるままに、馨は左手を光輝の手に乗せる。

「サイズは合うと思うけど・・・うん、ぴったりだ」

馨の中指にリングをはめて、光輝は満足そうに頷く。

 

「プラチナだからな〜高いんだぞ〜なくすなよ」

「そんな無理しなくていいのに」

「いや!これは俺の本気だから」

はははは・・・・馨は苦笑する。

「ありがたく、いただいておくよ」

「その代わり、晩飯ここで食わしてくれよ。節約しないとやってけないし〜」

まるで、女に貢ぐダメ男のようだと自分でも思う。

「朝も昼も食っていけよ」

「いっそ住まわせて〜」

野田の事があるので馨は”うん”とは言えないでいた。

「マスコミとかでダメかな?」

「そうだな」

光輝は、ものわかりがいいので馨も助かる。

「俺の分・・」

リングを光輝から受け取ると、馨は光輝の左手にそれをはめる。

「もう、どこにも行くなよ」

光輝がそう言わずとも、行きたくはない・・・どこにも。ここを最終地点にしてしまいたい。

「お前の傍にいていいのか?」

資格を問われれば、馨は自信が無い

「いなきゃダメなんだ」

自分の前にかがんでいる馨の左手首を、光輝はつかむ。

「お前の過去ごと愛せるから・・・」

手首の傷痕を愛しいとさえ思えるようになった。

少し心は痛むけれど・・・

「だから〜愛される資格なんか無いとか言うなよ」

馨を愛する資格を問われると、光輝自身何も言えなくなる。

「消えないけれど、傷は薄れてくる。想いもだんだん埋もれてゆく・・そんなものさ」

もう気にもしなくなって永い傷痕を見つめつつ、馨は微笑む。

光輝はその傷痕を見つめた。この傷痕に何度も落とした唇、涙。時と共に薄れてゆく事をどれだけ願ったか・・・

「光輝がいてくれて本当に幸せだ・・・俺にはお前が必要だった」

光輝は、その言葉に涙があふれてとまらない。そんな馨の言葉をどれほど望んだか判らない。

馨を傷つけ、裏切った男の息子という肩書きは、消える事はない。

そんな自分を馨は必要だと言ってくれたのだ。

「泣くなよ、この傷を経て俺は、お前と出会ったんだから。これはお前に出会うための道程だったんだから」

馨は、そう思えるようになって心が軽くなった。だから光輝の重荷も取り去りたいと思う。

「違う、これは うれし泣きだよ。俺は馨に必要とされたかったんだ」

「甘えていいのか?お前に?」

「甘えて欲しいんだ。まさか年上だからって意地はってんじゃないよな?」

ふっー

馨は笑う。弟のような、父親のような、兄のようなこの恋人は、いつもくるくる色を変える。

「慣れてないんだ、甘える事に」

そんな不器用な馨が愛しい。

 「俺がこれからベタベタに甘えさせて、過保護にしてやるから覚悟しろ」

出会ったときは教え子、高校生だった・・

その光輝が今は・・・時を経る度に限りなく男になってゆく。

 「大きくなったな〜お前も」

「そうやって子供扱いする・・・」

そうやって拗ねるところが子供ではないか・・・

「仕方ないだろう?高校生の頃を知ってるんだから」

「先生面するなよ〜」

「恩師だろ?」

 いたずらっぽい笑顔の馨を、光輝は引き寄せて組み敷く。

「先生面するなってば〜」

「お前には俺が何に見える?」

馨に笑顔で見上げられて、光輝は言葉に詰まる

「佐伯馨。最愛の恋人。それ以上でも以下でもない」

 そうだな・・・そんなものだ。愛情は総てを越える。

「だから・・・生徒扱いするなよ」

馨はうなづいて、光輝の背に腕をまわして引き寄せる。

 「ありがとう」

「何が?」

「色々と・・・俺はダメ教師だからさ」

光輝に教えられる事ばかりだったと、今さらながらに思う。

「ば〜か」

光輝は馨の髪を掻き上げる。その優しい瞳に馨は泣きたくなる。

どこか懐かしい、心安らぐ感覚に包まれる。

愛しいものの体温を感じていられるこの時を、永遠にしてしまいたいと

ただそれだけを願った。

 

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