動揺 4

 

校内の、中庭の木の下で、光輝が佇んでいるのが見える。

馨は嘲笑いつつ、ゆっくりゆっくり歩み寄った。

  

ー話がある。昼休み、中庭まで来てくれー

今日、古典の時間に提出させたプリントの中に、こんなメッセージが書かれたものがあった。

そのプリントの主は鷹瀬光輝。

 

「何だ?手短にしてくれ」

相変わらず、無感情で冷たい声・・・

「何者だ、お前は」

光輝の問いに馨は大笑いする。

「古典教師だ。お前の副担任でもある」

なんとなく感じてはいた。

馨は物静かなだけの男ではない事を。冷たく、何者をも寄せ付けない事を。だから、なおさら惹かれるのだ。

「大学時代、何があったんだよ。お前、親父の大学に通ってたんだろ?」

(話したのか?どんな風に話したんだろう・・・)

馨は光輝を見据える。

「親父が言ってた事は、本当か?」

冷たい鋭い瞳に見据えられ、凍りつきそうになるのに耐えつつ、光輝は怯まなかった。

「何を聞いた?」

馨に動揺の色は、微塵も無い。

「お前が教授をたぶらかして脅す、あばずれだと・・・」

ははははは・・・・馨は笑いが止まらなかった。

(その教授が、誰か知っているのか?)

自分の父親とも知らず・・・・

「だとしたら・・・どうする?」

挑みかかるような瞳に見据えられて、光輝はあろう事か、体中が熱を帯びてくるのを感じる。

それに気付いてか、馨は媚びるように近づいてくる。

「う、噂が立ったら・・・お前は、ここにいられなくなるぞ・・・」

ふっー

怪しげに馨の瞳が輝いた、獲物を狩る狩人のように・・・・

「流してみろよ、その噂。お前も、親父さんも、困る事になるんだぞ」

おとなしい教師の仮面は剥れた。

恐ろしい・・・馨が。光輝は後ずさり、木に背中を押し付ける。

「相手の教授が誰か、教えてやるよ・・・・」

両手を木の幹に押し当て、馨は光輝を閉じ込める。逃れられない・・・光輝は恐怖に震える。

そして、馨の顔が近づいてくる・・・・

 

ふっと 蝋梅の香りが漂う・・・・

 

一瞬、気が遠くなった瞬間 光輝は、馨に唇を奪われていた。

巧妙に光輝の歯をこじ開け、侵入した馨の舌は、優しく口蓋を掻く。控えめな微妙な動きに耐えられず、

光輝は、自ら舌を絡ませようとする・・・

その時、馨は急に光輝から離れた。

不完全燃焼の光輝は、馨を引き寄せようとするが、馨はそれをかわした。

「そんなに、よかったのか?これは、お前の親父に教わったんだ・・・・家に帰ったら教えてもらえよ」

 

どういうことだ・・・・

 

去って行く馨の背中を見つめつつ、光輝は愕然とする。

 

 

(親父が・・・・佐伯と・・・・・?)

 

(佐伯と関係のあった教授は、親父なのか?あの時、職員名簿に佐伯を見つけた時、親父は動揺していた・・・

昨日も、感情的に佐伯の素行の悪さを言い連ね、関わるなと言った。親父は平常心ではなかった・・・・佐伯が親父を・・・?親父が佐伯を・・・?)

 

(判らない・・・・)

 

ー自分にとって、真実でも、相手にとって真実とは限らないー

そう言った馨の冷たい目が頭から離れない。

どっちにしても、父親と関係のあった男と関わる事は危険だ。

 

しかし・・・・・

 

自らの唇に残る、馨の温かい唇と舌の感触・・・・

光輝は、その場に座り込んだ。どちらにしても、馨は魔性だ。そう確信した。

 

しかし・・・・

 

もう遅い。

 

馨という薔薇は、手折ろうとして掴んできた光輝の指先に、棘を刺し媚薬を注入した。

罠と知りつつ、引き返せない事を光輝は悟った・・・・・

 

 

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