動揺 5

 

 

午後の授業中、光輝は上の空だった。

昼休み、何処かに行ったかと思えば、放心状態で教室に戻ってきた光輝を、細川は案じた。

「おい、光輝、何かあったのか?」

細川を見ることもなく、光輝は呟く。

「何にも無い・・・」

父の不倫疑惑よりも、馨とのキスの記憶が彼を動揺させていた。

(俺はおかしい・・・)

翻弄するつもりで近づいた馨に、逆に翻弄されている。

「いや、何かあった。俺にはわかる」

光輝を想っている細川を騙せはしない・・・

今までに無い、甘さが光輝の瞳から漂っている事を、彼は見逃さない。

「お前、今すげーエロい顔してるって知ってるか?」

え!

細川の言葉に、光輝は初めて振り向く。

そして、悪戯をしてばれた子供のように怯えた目で、手を唇に当てる。

(確実、何かあった・・・)

細川は愕然とする。

(恋する乙女のような、その反応は何なんだ・・・・)

怒りが湧いてくる。

今まで、光輝が本気になる事などなかった。いつも冷静だった。

ゲーム・・・そう確信したから、光輝がどんな女と付き合っても、細川は安心できた。

なのに・・・・・・

 

「佐伯か?そうなんだろ!?」

掴まれた細川の腕を振り払い、光輝はきびすを返す。

「何処行く?」

逃げる様に立ち去る光輝を見つめつつ、細川は唇を噛む。

 

光輝は男子トイレに駆け込み、洗面所で顔を洗う。

洗っても、洗っても、顔の火照りはおさまらない

(俺はおかしい・・・)

自分の顔を鏡に映す。

(エロい顔してるって?)

両手で顔を叩く・・

元に戻れ・・・・そう、何度も呪文のように繰り返す。

しかし、忘れられない・・・危険だと知りつつも、光輝は馨を、この腕に抱かずにはいられなくなる。

 

鏡の中の自分の唇に釘付けになる・・・・

この気持ちは一体何なのか・・・

判っている。判りきっている。あれは愛情からの行為ではない事を。それなのに、そんなものに心を奪われるとは、あまりにも不本意だ。

 

どんな女にも、こんなに心を乱されたことはなかった。

なのに・・・

 

忘れろ・・・忘れろ・・・

呪文のように繰り返す

 

(こんなのは愛じゃない。ただの情欲じゃないか・・・)

そう思い込もうとした・・・・

 

鏡には、敗北した惨めな自分が映っていた。

  

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