動揺 1

 

父親の謎の発言で光輝は、むやみに行動を起こせなくなくなり、思い悩むようになった。

「夏休み前に1歩でもリードしとかなきゃ、やばいぞ」

平山が、けしかけてくる。

「なあ、あいつ、大学時代に教授たぶらかして単位とったとかいう、スキャンダルあるらしいぜ」

光輝の言葉に、細川は首をかしげる。

「そうか?誘惑者特有の、誘うような目はしてないけどな」

「猫被ってんじゃねーか?」

平山の言葉に光輝は頷く。

おぼこぶって、男を引き寄せておいて、モノにしたら征服してくる女を何人も見てきた。

「つーか、人を避けているようにも見える。無関心つーか・・・」

細川はしかし、馨の中に、女性的な何かを見る。

「ポーズかも知れねえしな」

光輝の言葉に、平山は頷く。

「降りていいぞ。無理すんな。大体、先公相手なんてヤバイしな・・・なかった事にしよう」

その時、光輝は確かに頷いたのだ。

もう、この賭けはやめる事を、心に決めていた。

それなのに・・・・・

 

 

放課後、校門の前で光輝は 平山に借りていた雑誌を机の中に置き忘れた事を思い出した。

「雄二、先帰れ。俺、忘れモノとりに行くから」

きびすを返して走り出す光輝の後ろ姿を、細川は見つめる。

「待ってるよ」

「待たなくていい」

(先公に見つかると没収されるからな・・・)

そう心の中でつぶやきつつ、教室に向かう。

もう皆、帰って、ひっそりとした教室。中に入ると窓辺に佇む人影を見た。

(佐伯・・・・)

足がすくんだ。

ゆっくりゆっくり、振り返る憂いのある顔がやがて 光輝を見つめた。

「鷹瀬どうした?」

「忘れ物・・・・」

ぎこちない自分に、光輝は焦る。

「早く帰れ」

いつもの感情を表さない馨の横顔を見つめつつ 光輝は吸い寄せられるように馨の横に立つ。

「校庭を見ているんですか?」

窓から風が吹くと、かすかに蝋梅が香った。

「空を見ていたんだ」

何故、馨はいつも冷たい瞳で笑うのか・・・・

感情の無い声で話すのか・・・・光輝はそれが知りたくなった。

「空を?」

3階の窓から空を見上げる、光輝のあどけない顔に、馨は憎しみを覚える。

もう天には帰れない、翼を失くした堕天使・・・・しかし、天が恋しくて空を見上げる。

(お前も、天から地に堕ちるがいい)

しかし、皮肉にも 馨の憎しみを映すその瞳に、光輝は果てしなく魅かれるのだ。

光が影を恋慕うように。

 

「先生・・・・」

 

自分自身、予期しなかった行動に、光輝は驚いた。

しかし、気付けば彼は、馨を抱きしめ唇を重ねていた。

今まで女子高生とキスすることなど、挨拶代わりだった光輝が そのいつもの気安さでついうっかり・・・

 

馨は抵抗しなかった

蝋梅の甘い、清らかな香りが光輝の鼻腔をくすぐる・・・・

・・・まるで、媚薬のように官能を高める・・・・・

突然鳴り響くチャイムの音がなければ、彼は馨の堅く閉じた唇に押し入っていたかも知れない。

とにかく、チャイムの音に、光輝は驚いて身を離した。

「早く帰れ」

何事もなかったかのように、馨は教室を出る。

「先生・・・あの・・・さっきの事・・・」

怒らせてしまったかも知れないと、光輝は不安になる。

何故か、馨に嫌われたくなかった。

「何か、あったのか」

知らぬふりをして馨は去っていく。光輝の唇に、薔薇の花弁の感触と、蝋梅の香りを残して・・・・・

 

廊下を歩きつつ、馨は冷たく引きつった笑いを浮かべる。

薄利多売といってもまだ高校生、17歳の子供だった・・・

光輝に揺らぐ事の無い馨はただ、冷静に物事を見つめた。コピー室で抱きしめた時の光輝は、明らかに計算ずくだった。

余裕を持っていた。

 

しかし・・・・

さっきの光輝は違う・・・

衝動的に、我知らず行動を起こした。

 

じっとしていても食らい付いてきた・・・・

馨は確信する。

 

鷹瀬光洋は、彼の奥に潜む魔性を引き出した。

今の馨はその気になれば、男でも女でも落とせる。

しかし・・そんな恋愛ゲームに身を投じる気はなかった。感情を押し殺して人目に付かぬよう静かに、出過ぎないよう、控えめに行動してきた。

伊達眼鏡で瞳を覆っているのは、そのためだ。

しかし・・・光輝には眼鏡越しでも発動してしまった・・・

1瞬の感情の現れからだ。

このまま無関心を装っても、光輝はおそらく、どんどん自分に近づく・・・・

いや、冷たくあしらえば、あしらうほど情熱を燃やして、自分のものにする為に近づくだろう。

ぎりぎりの線まで接近してきたら、あっさり捨てればいい。

それとも・・・・父親の所業を暴露するか・・・・

(俺は何もしなくても、復讐は完了する)

光輝が勝手に熱を上げて拒まれただけ・・・・馨の罪は表に現れる事は無い。

あの時の光洋のように・・・・・・

 

  

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