縁談 4

 

 

「なんか・・・七五三みたいじゃないか?」

見合いということで、成人式の時着て以来、着ていないスーツを着て、落ち着かない龍之介

「似合ってますよ。私なんかよりずっと」

伊吹と並んで歩いていると、周りの人々が振返っては見ていた・・・

「嘘付け・・・皆見てるぞ」

「見惚れてるんですよ。とりあえず初対面ですから・・・花でも贈りましょう」

車を降りて、花屋に向かう2人は行き交う人の注目を浴びていた・・・・

ショーウインドウに映った自分の姿を見て龍之介は頷く

「確かに、七五三ではないようだが・・・」

(どこかのホストみたいだ・・・・)

ため息の龍之介を促して、花屋に入る伊吹

 

 

「何で薔薇1本だけなんだよ?」

相変わらず助手席に座る龍之介は、さっき買った薔薇1本を不思議そうに握り締めている

「初対面で過分なプレゼントは失礼です。それに100万本の薔薇より1本の紫の薔薇がもっとロマンチックです」

「・・・・そういうもんか?何かの少女漫画の読みすぎじゃあないか?」

「少女漫画をバカにしたらあきません。そういうものに女性心理が隠されてますから」

(知ったような口利くなあ・・・・)

窓の流れる景色を見詰めつつ、龍之介はあきれる

「あ、バカにしてますね、女と付き合った事もないくせに・・・とか・・・」

「そこまでは言ってない」

龍之介自身、女性との交際経験はないのだから。

「なあ、お前を連れて来いなんて・・・さばけてるのか?冷やかしか?」

ずっと、そこにひっかかっていた。

「龍さんの目で、その人のことしっかり見てください」

前代未聞の情夫(いろ)同伴の見合いは幕を開けた。

 

 

 島津の作業場に着くと、由布子夫人が門の前で待っていた。

「ご案内いたしますから、家のほうにどうぞ」

由布子夫人を乗せて車は再び走り出した・・・

作業場から少し離れた自宅は洋風の庭のある豪邸だった。

「信さん・・・ちゃん家あるんだ・・」

車彼降りた龍之介は、ため息と共に豪邸を見上げる

「ホームレスやとでも思うてたんですか?」

庭に出ていた島津が聡子を連れて近づいてくる

「作業所があるから、そこに住んでるものと・・・」

「確かに、ここは広すぎてあちらの方が落ち着くんで、ほとんどここには帰らんのですが・・」

「贅沢だなあ・・・」

「若ぼん、また今日は格好ええですなあ。藤島と並ぶと圧倒されますなあ・・・」

「本当に、美男子が2人並んで歩いてこられる姿は、まるで映画のワンシーンですわ・・・」

島津の隣の、紫の小紋を着た、真っ黒な長い髪を後ろで結わえた美しい女が、微笑んでそういった

「あ、すみません。ご挨拶もなしに・・・」

はにかんだように首をかしげるその仕草は、実際の年齢よりも幼く見える・・・

「こちら・・・吉原聡子嬢や。聡子さん、こちらが鬼頭の若ぼんで、隣が若頭の藤島伊吹や・・・」

庭のバラ園を歩きつつ島津が紹介する・・・・

「初めまして・・・」

龍之介の言葉に聡子は笑う

「実は・・・・始めましてやないんですよ・・・」

「え?」

「私が12歳の頃・・・父に連れられて、鬼頭組に新年のご挨拶に行ったことがあるんです。そのとき

6歳の龍之介さんにお会いしました・・・・・」

「ほう・・・16年ぶりの再会か・・・・」

島津は驚きの声を上げる・・・

伊吹はかすかに覚えがあった。

鬼頭に引き取られて間もない頃、新年の挨拶に来た、何処かの組長の娘と遊んでやった記憶がある。

龍之介とその娘とは仲良く遊んでいた・・・・・・

「伊吹・・・覚えてるか?」

記憶のない龍之介は伊吹に訊いてきた

「ええ、かすかに。確か・・・あの時、紗枝様が千代紙で作った人形の栞を帰りにお渡しに・・・・」

ふふふ・・・・

聡子は笑いつつ手にしていた和装用のバックから和紙で作られた栞を取り出す

 色あせていたが保存状態は良好だった

「これです。おば様のお手製なんですってねえ・・・私の宝物です」

たった一度会っただけの紗枝からもらった栞を、16年間持ち続けた聡子のことが龍之介は無性に気になった。

「立ち話も何やから・・・中に入ろうか」

島津の一言で一行は屋敷の中に入った

 

「和室もないのにお抹茶もなんですが・・・どうぞ・・・」

あらかじめ準備していた由布子夫人がお茶と和菓子を出してきた・・・・・

「椅子に座って抹茶飲むのもええぞ・・・」

応接室のソファーに腰掛けた皆に島津は茶を勧める・・・

「聡子さん、母の栞を16年間も持ち続けてこられたのは、どうしてですか?」

茶碗を手に龍之介は単刀直入に訊く

「鬼頭の家は私の憧れでしたから。これを持っていると、私もいつかあんな幸せな家庭が築けるんやないかと

思えたんです・・・・・」

そういって栞を胸に抱きしめる聡子・・・

「吉原さんところも、夫婦仲はそんなに悪い事ないでしょう・・」

伊吹は静かに笑って言った

「内はそうでもありません・・・父は愛人宅に入り浸って帰ってまいりません。母はかなり耐えておりました・・・

それに引き換え、鬼頭さんのところは組長さんは情婦(いろ)を持たず姐さん一筋な方。優しいお母様に可愛い息子・・・

うらやましかったんです。今回、鬼頭さんの所から縁談が来た時は夢のようでした。」

聡子の言葉を聞けば聞くほど申し訳ない気になる伊吹・・・・

「すみません・・・私のことは、もうお聞きですね」

22歳の次期組長には情夫(いろ)がすでにおり、しかも男。どれだけ失望したか判らない・・・・

「いいえ。もしやと思っていましたが、やはり伊吹さんは、あの時のお兄様やったんですね。

それをこの目で確かめとうて・・・・」

「一緒に遊んだ事・・・覚えておいででしたか?」

「はい。私の兄は少しも優しくなくて、私は泣かされてばかりいましたが伊吹さんは本当に優しいお兄様でした。

こんなお兄様と一緒にいられる龍之介さんがうらやましかったんです。」

「確かめて・・・どうされるおつもりだったんですか?」

当初からの疑問を龍之介は投げかける・・・・

「あの時、伊吹さんと龍之介さんには運命的な繋がりを感じたんです。もし、龍之介さんのお相手が

伊吹さんやったんなら・・・・それは運命やから受け入れるつもりでいました。」

黒い瞳は深く龍之介を包む・・・・まるで母に見詰められているようだった・・・・

「でも、どんな綺麗事をならべたところで、俺と伊吹は同性愛の関係にあります。世間一般のタブーを

犯していることは否定できません。それでも・・・ですか?」

少しも動じない聡子のおだやかな瞳がそこにあった・・・・

「龍之介さんは、伊吹さんが男性やから好きなんじゃあないでしょう?男でも女でもない、

藤島伊吹という人を愛したんでしょう?人が 人を愛する事は罪になりません。」

「しかし・・・聡子さんが俺にとって伊吹以上になる事はありません」

頷いて俯く聡子・・・着物の襟から見える白い首筋が哀しく浮かんでいた・・・

「そうですねえ・・・それは悲しい事かも知れません。龍之介さんが、せめて私のことを家族として

迎えられると言うのなら・・・・妻としてでなくてもいいんです。鬼頭の姐として認めてくれるんなら、

私は龍之介さんと家族になりたいのです・・・・なぜなら、私、龍之介さんの事も、伊吹さんの事も大好きなんです・・・・・」

そういって龍之介をまっすぐ見詰めてくる聡子を、彼は なす術もなく見詰め返していた・・・・・

 

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