日曜日の昼食の席で、志月は玲二の姿が見えない事が気になった。高次は朝食後に取引先からの電話を受けて急に外出して不在だが

玲二は朝食の席にも姿を見せなかった。

「先生、こんなことはよくあるのですか?」

母の部屋に戻る途中、志月は雅臣に訊く。

「週末は色々あるんですよ、でも高次さん出て行かれたので、後で覗いてみます。志月さんはお気遣いなく」

そう言って笑っては見たが、雅臣も少し気になった。小夜子の状態が安定しているのを確認して、志月が席を立った隙をみて玲二の部屋に行く。

主治医としての権限で、いざという時のために屋敷の全ての部屋のスペアキーを彼は預かっている、それで玲二の部屋に入った。

2年前、玲二が15の時の出来事が一瞬、頭をかすめた。この部屋を血で染めた悪夢・・・いくら外科医といえども、あの時の驚愕と恐怖は今も消えることはない。

「玲二くん?」

玲二はベッドに横たわっている、雅臣は駆け寄ると意識のない彼の額に手を当てたり、首の付け根に指を当て脈を計ったりした後

シーツにくるんだまま、抱き抱えると部屋を出て、小夜子の部屋に戻った。雅臣は小夜子の看病の為、小夜子の部屋にパーテーションを置き

その奥で休んでいる。客室からベッドとテーブルを運んでもらい、医療用具も全て持ち込んで、そこで寝泊まりしていた。

その、自分のベッドに玲二を寝かせ、採血をしたあと、点滴を打った。そして、シーツを取ると、その下の一糸纏わぬ玲二の裸体をすみずみまで調べた。

白い玲二の体中に、傷跡が散らばり、手首には拘束された縄の跡が青あざとなっていた。これはいつもの事で雅臣は驚かない。ただ、玲二の外傷を確認して

治療するだけである。そっと玲二の両足を開き、その付け根のあたりを診察する、太股の内側に乾いた血が付着していて、おそらくこれは後孔の裂傷と判断し

両足をさらに持ち上げ、折り曲げてその間に割り込んだ。思った通り少し裂けてそこから出血していいた。

「先生・・・」

傷口に軟膏を塗り込んでいた雅臣の後ろで、志月の声がした。一番見せたくない光景だったが、見つかってしまった。バツの悪さに雅臣はおどけてみることにした。

「誤解しないでくださいね〜治療ですよ?私は痴漢してるわけじゃないんですから」

ははは・・・笑う雅臣の目の前で、笑えない志月が、傷ついた玲二の裸体に釘付けになっていた。

「これは、お兄様がされた事なのですね」

そう言って近づいてきた。

「この裂傷は、おそらく、異物の挿入によるもので、太いものを無理にぶち込まれてますね。以前からこういうことはよくありまして、その度に私が診ていたのです。

あと、薬を盛られていますね、禁止したんですよ、この手の催淫剤は常用すると危険なんです」

そう言いながら、裂傷の治療を終えて、玲二の脚を下ろす。

「催淫剤・・・そんな物をお兄様は・・・!」

志月は言葉を失った。雅臣は唇を噛み、玲二にシーツをかける。

「驚きましたか」

「なんですか・・・それは」

玲二の裸体には見慣れないモノが取り付けられていた、それに志月は気づいてしまったのだ。

「ボディピアスです」

留学先でも、若い女子大生が耳に穴を開けてピアスをつけているのを見かけた、そして時々、へそにピアスをつけている者も見かける。

そしてたまに、まぶたや、鼻や舌にピアスをしている人も・・・・

しかし、玲二には両の乳首と生殖器にダイヤがはめられた輪状のピアスがはめられ、その3つが細いチエーンで連結されていた。

「お兄様が、なさったのですか?」

「そうです、玲二を完全に自分のモノにするために。こんな身体じゃ大概はドン引きしますよね。つまり玲二は誰とも性関係を

もてない身体だということです」

玲二が15歳になった時だった、高次はベッドに玲二を縛り付けて、このボディピアスを取り付けた。雅臣が駆けつけた時はベッドが血の海になっていた。

さすがの雅臣も、この時は医者として、高次を怒鳴りつけた。この事件は雅臣の人生最大の悪夢であった。

「すみません、このような物をお見せして。驚かれたでしょう」

「確かに、耳以外の場所にピアスをしている人には違和感を持っていましたが、玲二くんのは、なんて美しいのでしょう・・・」

え・・・雅臣は志月を振り返った。しかし、志月のそれは、見たままの、ただの純粋な感想でしかない事に気づく。

「でも、身体を傷つけられたのですよね、お兄様に」

「はい、医療機関で開けるならまだしも、高次さんは、ご自分で・・・あの時、痛みと出血に気を失った玲二を治療したのは私です」

ポロリ・・・志月の瞳から涙がこぼれた。

「もし、男として生活していたら、私が、このような目にあう可能性もあったという事ですよね」

「志月さん、でも、玲二が貴方の身代わりになったという事ではありません、自分を責めないでください」

雅臣は志月に歩み寄り、その肩を抱きしめた。

「私が貴方を守ります。南雲の家の名にかけて」

志月は頷くと気を取り直して小夜子の傍に戻った。

「すみません、強くなりますから」

守られる自分ではなく、大切なものを守れる自分になりたいと、志月は切実に願う。

「玲二の事なんですが、あまり同情しないようにしてください。あいつの状態は、そんなに単純じゃないんです。玲二はいわゆる性依存症で、もし高次さんが彼を

手放したとしても、彼はまた自分の飼い主を探す事になる。玲二はある意味、望んでここにいるという事なんです。ここから逃がしても同じ事なので

御当主が黙認しておられます。生命の危機にさらされる事の無いよう、私に見張らせながら」

「では彼は救われないのですか?」

「どうでしょう?下手に近づくと、玲二の毒にやられて、自分自身が廃人になりかねませんから。高次さんはもう、玲二無しではいられないんですよ。

逃がさないために、あんな事までするのですから」

兄、高次の異常さに寒気がした。そして、志月には玲二が別の世界の人間のように思えた。一生関わる事のない、おとぎ話の世界の住人のように・・・

小夜子の点滴のために、雅臣と志月は小夜子のベッドの方に移動し、志月の運んできたお茶と、スコーンを食べ始めた。

「先ほどおっしゃっていた、命の危機にさらされるとは?」

雅臣のカップにお茶のおかわりを注ぎつつ、志月は思い出したように尋ねる。

雅臣は決意したように、手にしていたカップを置くと、志月の隣に移動して、声を落とす。

「最初に教会の孤児をここに高次さんが招いていた事はお話しましたね」

「自分の意思で来るようになった・・・という少年たちの事ですよね?」

肩が触れ合う距離で、囁くように会話する2人は、他人の目には、愛を囁く恋人たちのように見えたかもしれない。しかし話の内容はそんな甘いものではない。

「その少年たちが、次々と行方不明になり、未だに見つからないのです」

嫌な予感がした。志月は恐る恐る口を開いた。

「それは、お兄様の仕業なのですか?」

「高次さんは嗜虐的な性癖を持っていて、当時の少年たちは全身に生傷が絶えませんでした。そして、薬物を彼らに使用していたおそれもあり、限りなくグレーです」

とても嫌な予感がして、志月は黙りこんだ。もう何も訊く気がない志月の隣で、雅臣が話を続けた。

「行方不明者は5人です。この屋敷に警察までやってきました、聞き込みというやつですね。しかし皆、少年がこの屋敷から出ていくのを目撃しています

なので戻る途中に何者かが連れ去った可能性があるということで、疑いは晴れましたが」

その言い方では高次の無罪が証明されたというわけではなさそうだ。志月は顔を上げて、雅臣を見る。

「先生は、どうお考えで?」

志月の言葉に、雅臣はさらに声を潜めた。

「この屋敷のどこかに埋まっているのではと」

ええっ!志月は後ずさる。そんな幽霊屋敷に自分が住んでいるとは思いたくなかった。

「だから気をつけてくださいね、この屋敷を掘り起こさない事、人手に渡さない事、改築、増築もしない事です。志月さんの留学中に出来た決まりごとです。

まあ、都市伝説のようなモノだと思って・・・でもほら、触らぬ神に祟りなしというじゃないですか」

限りなく嫌な表情で志月は頷いた。

「あの事件からは、高次さんも無茶はしなくなりましてね、いまじゃあの程度です」

と玲二のいる方角を指した。

「あの程度って・・・かなりひどいと思いますけど?」

「でも、生きてるし・・・」

そういう基準なんですか?志月は今まで高次の事を全く知らないでいた事に気づく。

「一応、体の薬は、あの点滴で薄め、中和させていますからご安心ください。高次さんが殺人者にならないようにするのも私の仕事なんです。

もうね、仕事増やしてくれちゃって、私的には激おこプンプンなんですから」

いくら可愛く表現しても、残虐な内容は一向に和らぐことはない。

「このままでいいとは思っていません。しかし、この屋敷に巣食うモンスターを退治するには、それなりに準備が必要なのです、そして貴方はまだ何も知らない

ほうがいい」

退治するんですか?志月は雅臣を見上げる。これから何が起こるのか予想もつかないが、何かが起こることは明らかだった。

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素材提供StarDust

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