ー志月さん、そろそろ、心の準備をー

その日の夕食の後、部屋に戻ろうとした志月に雅臣はそう囁いた。覚悟はしていたが、心がざわめいてよく眠れない。

夜中の1時をまわっても寝付けず、バルコニーに出て月を眺めてみた。

ー貴女は満月の夜に生まれたのよー 

昔、小夜子はそう言っていた。月の志・・・志という字には愛情という意味もある

月の加護を受けるようにと付けられた、志月という名。代々深田家の男子には”次”の一字がどこかに入るのが習わしであったが

娘という事になっている志月には付ける事ができずに、なるべく、中性的な名前を選んでつけられた、しかし、志月は

この名前を気に入っていた。

今夜の月は満月で、とても明るく星も綺麗に見えて心が和む。少し夜空を眺めて部屋に入ろうとした時に、左側の隣の

その隣のバルコニーから人の気配がした。黒い人影が蠢いているのを目の端でとらえた志月は、身を乗り出して目を凝らして見つめた。

その部屋は確か、玲二の部屋だと思い出し、彼も月を見ているのか・・・そんな気持ちで見ていると、確かに玲二らしき人影が

手すりに手をついて外を見ていた。

しかし、その後ろにもうひとりの影を見つけた。

よく見ると、玲二の姿勢は前かがみで、手すりにうつ伏しているように見え、その玲二の後ろの人影は、直立状態で玲二に

ピッタリ寄り添っている。

接触しているのは腰の部分のみで、さらに後ろの影は大きく蠢いていた、その動きの中で志月はチラリと月光に晒された

人影の顔を確認して驚いた。

(お兄様?)

兄と玲二は何をしているのか・・・そんな事を考えている間も、志月は二人を凝視していた、まだ目の前の行為が何なのか

分からずにいた。

「あぁっ・・・高次さん・・・苦しい・・・」

微かに聞こえてくる玲二の声に、志月は自分が何を目撃したのか、ようやく気づき、逃げるように部屋に入った。そして

驚く事は無かった事に気づく。雅臣から聞いていた事だ、玲二は高次の男娼だということを。

ー 週末は色々な事を見かけるかもしれませんが、覚悟してください。あまり屋敷をうろつかない方がいいかも ー

今、雅臣のこの言葉の意味を実感した。しかし、うろついているわけではない、自分の部屋のバルコニーに出ることも出来ないと

いうのか?志月は女という事になっているので、年頃の青年たちが見る成人向けの雑誌や、映像を見る機会はなかった。

学校の女学生たちが興味本位で、性描写のある少女漫画をみんなで読んでいたとしても、お嬢様と認識されている志月には

決して見せたりはしない。そんな中で、性の知識が極端に欠落したまま、志月は成長してしまっていた。

唯一、変態性の強い、主治医による性教育だけが全てだった。

初めて精通した時も、雅臣は医者として医学的に説明、指導してくれたので戸惑うこともなくやり過ごせた。男女の性行為に関しては

雅臣が医学書の図解をつかって説明してくれた。しかし、男同士の事は学習していない。普通の映画やドラマでたまに出てくる

ベッドシーンで聞く女性の喘ぎ声を玲二が発していたことが衝撃だった。

雅臣から聞いた兄の異常性愛は、どこか遠い異国の話のようで現実味が無かったが、実際にこの目で見てしまうと、非常に衝撃的だった。

「志月さん、眠そうですね?まさか昨日何か目撃しましたか」

次の日、小夜子の部屋で、雅臣は志月の顔を覗き込む。志月はその瞬間、昨日の玲二の声を思い出して、頬を赤らめる。

「ああ〜見ましたね、AVも見たことない志月さんに本物はちょい刺激強いかな。でも、どこで目撃したんです?部屋以外の行為は

禁止してあるんですが。ほら、使用人に見つかるとアレですし」

雅臣が禁止する前は部屋以外の場所で、あんなことをしていたのだろうか?志月は頭の隅でそんな疑問を抱きつつ答えた。

「バルコニーです。月を見ていたら、隣の隣で・・・」

あちゃー雅臣は頭を抱える。

「あの、先生、先生に昔、性教育していただきましたが、質問していいですか」

志月の問いに答えるため、雅臣は志月の隣に腰掛けた。

「男同士はどうやるか?ですか」

「はい、つまり、男性の生殖器を受け入れるための器官は、女性にしかないと教わったものですから」

それはいい質問だと雅臣は思った。普通に考えたらそうなのだ。

「その付近に、孔があるでしょう?」

雅臣の問いに、志月はまさかという思いで呟く。

「それは、排泄器官ということですか・・・」

うなづいた雅臣はこともなげに説明した。

「つまり、玲二の尻に、高次さんのモノがぶち込まれていた。簡単にいうとこうです」

しばらくの間、沈黙が流れた。志月が凍りついているのが雅臣には手に取るように解る。

「先生、雅樹君と、先生も・・・」

恐る恐る、雅臣を振り向きながら、志月はそう訊いてきたが、雅臣はそんな事にお構いなく、しれっと、とんでもない事をぶちまけた。

「雅樹君は・・・十二歳頃から、お触りで慣らして三年後にペッティングまでこぎつけて、結ばれたのは高校生の時、最初は怖くて

泣いてたんですけど、今じゃ挿れて〜って腰振って甘えるから、もう可愛いのなんのって」

そんな事は聞きたくも無かった・・・志月は自らの発した愚問を悔いた。

「お兄様と玲二君はずっとそんな事を・・・」

雅臣はふと、真剣な顔で志月の肩を掴んだ。

「もう、深入りしてはいけませんよ。玲二にも関わらない事です。貴方が傷つくから」

志月がこの家に帰って来たということは、もれなく高次の所業を目の当たりにするという事である。しかし、こんなに早くに

目撃してしまうとは・・・

雅臣も頭を悩ませる。しかし、もう手遅れかもしれない。昨夜の玲二の声が志月の耳から離れないのだ。

「先生、私、変なんです」

「もしかして、玲二の濡れ場見て、欲情しましたか?志月さんもすっかり大人ですね〜私は志月さんには性欲がないのかと

心配していましたが、ちゃんと機能してますね。よかった」

よくありません・・・志月は俯く。

「昔、教えてあげたでしょう?自分で処理してください。男が勃つのは正常なんですよ志月さんてあんまり清純なんで、もしかして

EDかと心配してたんですから」

ケラケラと笑う雅臣を見つめて、笑えない志月がため息を付く。

「まあ、物足りないなら、私がお手伝いいたしますけど、玲二にはくれぐれも引っかからないでくださいね。あれは阿片です。

高次さんさえ今じゃ、あいつにどっぷり嵌って骨抜きなんですから」

そんな気がした、玲二の昨夜の喘ぎ声だけで、志月の脳内は侵食され、心が疼いている。思い出すたびに、体が反応して

カッと熱くなるのだ。

「くれぐれも、玲二にだけはバレないでくださいね。高次さんと同レベルで危険です」

玲二は単なる囚われのお姫様では無いということは、なんとなく感じていたが、そこまで危険人物とは・・・・

「この家は志月さんだけが頼りなんですから、道を踏み外さないでくださいね」

雅臣の言葉に苦笑して、志月は小夜子の手を取る。

「そんな事より、今は出来るだけ母の傍に居てあげたいんです。忙しくて週末も仕事をしている父の代わりに」

日本酒の蔵元をしていた深田酒造から、祖父の代で、洋酒を扱うようになり、さらに高次の手腕でワインを集中的に

企画、研究し、海外輸出量日本一にまでこぎつけ、社名をナルシス・ノワールと改め、今、乗りに乗った全盛期を迎えた会社の

運営の為に、病床の妻のそばにもいてやれない父の想いを、志月は理解していた。

「今までも、時間を見つけて御当主はこの部屋で奥様と共にお過ごしでした。志月さん、貴方へのご伝言は私が承っておりますから」

それは、下手に父に接触して、高次の目に留まるなと言う事である。

「そんなに私は、兄に疎まれているんでしょうか」

自己防衛のために、女という事にしている、後継は当然、高次しかいないのである。なのに・・・志月は周りの過剰な慎重さに

違和感を覚えた。

「高次さんは貴方に早く嫁にいって欲しいところでしょうね。でも、無理ですけど」

政略結婚のための縁談を、しょっちゅう高次は父に持ち込んでいるが、当主が却下しているのも、高次は気に入らない。

雅臣にまで、志月は体に異常があるのかとまで訊いてくる始末だ。

「ほら、もしかして手元にいつまでも置くのは、貴方に婿養子でも取って、自分はお払い箱になるかも・・・なんて可能性を

考えてのことで・・・」

はたと志月は顔を上げた。

「なぜ?お払い箱になる可能性がお兄様にあるのですか?それは・・・あの性癖が原因という事ですか?」

「それもありますが・・・」

溜息とともに雅臣は頭を抱える。

「貴方は、まだ知らない方がいいと思います」

この家の全ては自分をのけ者にして回っている・・・そんな気がした。しかし、それも自分への配慮である事を知っているが故に

志月は何も聞かない。

「忘れないでください、そして信じて。私は貴方の味方だという事を。必ず貴方を守ります、何ものに変えても。それが南雲に

生まれた私の使命です」

 南雲家の当主の顔で雅臣はそう告げた。

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素材提供StarDust

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