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意味が分からず、志月は混乱した。
「何故?虐待されたのでしょう?なのに虐待されに来たというのですか」
雅臣はうつむいたまま立ち上がり、再び志月の隣に腰掛けて志月の手を握り締めた。
「いいですかよく聞いてください。高次さんの凶悪な所は、犯した相手を調教して手懐けられるという所なんです。
彼は相手に苦痛と同時に快楽も与え、相手を操縦する真性のドSです」
変人の雅臣に、そんな変態認定された高次が少し気の毒ではあるが、それより志月は今さら明かされる兄の異常さに驚愕した。
「教会も最初は困っていましたが、少年本人が望んでいるため黙認し、口止め料に寄付金を得る事で折り合いをつけておりました。
志月さん、これで、どれだけ貴方が危険に晒されていたかお解りでしょう?貴方は成長するまでは、高次さんの玩具となり
成長した後は彼に暗殺される運命にあった。だから、女という隠れ蓑が必要だった。完全に成長した後なら、高次さんも
相手にしないとタカをくくっていましたが、もしかしたら今の貴方でも彼は守備範囲に入るかもしれません。これは私の勘ですが」
そう言って、志月の手を握っていた手で、下がってきた眼鏡を上げた。
「どういう勘なんですか?」
恐る恐る志月は訊いてみる。怖いもの見たさで。
「ドSの勘です。だって志月さん、まっさらだから汚したくなるし、ストイックに生きて来た人って一旦目覚めると凄いとか聞くから。
私も貴方は快楽にハマる方だと思います」
そんな事をドヤ顔で言われても気持ち悪いだけだった。志月は少し後ずさる。
「ですから、お兄様には要注意です。以後、胸に詰め物をしてください。貴方、美人だから心配になりました。高次さんが
女もOKになったら手がつけられませんからねえ・・・避妊してくれなさそうだし」
そんな話を聞いて、いたたまれなくて、もじもじする志月に、雅臣は、どうしようもなくそそられる。
「あの、お困りでしたら、お相手いたしますよ?いつでも言ってください。私は貴方の秘密を知っているんで、私とならシても大丈夫です。
私はリバですからご心配なく」
はぁあ!!驚いた志月はソファーの端まで飛び退いた。この主治医に貞操の危機を感じる・・・
「あ、やはり志月さんはストレートでしたか?じゃあ、出してあげるだけでもいいですよ。志月さんの体のメンテナンスも
私の仕事ですから」
「いいです、あの自分でします・・・」
擦り寄る雅臣を腕で押しのける志月に、雅臣はにっこり笑う。
「自分で?するの?」
え、あ・・・困って泣きそうな志月の表情がまたそそられる。
「どうやって?やって見せてください」
腰に伸びてきた雅臣の手を、がしりと掴んで、志月は話を続ける。
「で、その教会との取引は今も?」
ああ、思い出したように雅臣も本題に戻る。
「そのことをお伝えしようとしていたんですよ、もう〜脱線するところでした」
ははは・・・頭に手を当てて笑う一臣に志月は呆れる。もうすでに脱線していたではないか・・・
「教会とはもう関わっていません。最近は、専属のお稚児がいるんです。ご紹介しましょうか?」
紹介するというセリフに志月は驚いた。
「この家にいるんですか?今」
雅臣は懐中時計を取り出して時間を確かめる。
「そろそろ来ますね、行きますよ」
そう言って雅臣は部屋を出て、階段から下を見下ろす。小柄な高校生が制服姿で階段を上って来るのが見える。
陽に透けて明るいブラウンに光る長めのサラサラの髪をなびかせて、彼は階段を上り、二階の志月と雅臣の前まで来て立ち止まった。
「おかえり、玲二君」
雅臣がにっこりと笑い、声をかけた。かなり見知った仲という感じである。
「南雲先生、来てたんだ」
顔を上げたその顔は天使のように清く美しい。明るい色の髪とおなじライトブラウンの瞳と、白い肌に果実のような赤い唇の美少年だった。
「こちら深田志月嬢、高次さんの妹君にあたる方で、イギリスの大学から急遽ご帰国されたんだ、よろしくね」
玲二は志月を見て、ニッコリと笑った、その笑顔が花が咲いたように美しい。
「彼は亡くなられた菊川議員の養子で、今は深田家でお世話している菊川玲二君です」
(彼が、お兄様の専属のお稚児という事なのか?)
志月は挨拶しながらそう考えた。菊川議員は子供がいなかったから、後継者として養子をとってもおかしくないが、議員には
奥方がいたはずだ。義母とは暮らさず赤の他人の深田家に住んでいるのは世間的にどうなのだろうか。
「では、後ほど・・・」
頭を下げて、自分の部屋に入っていく玲二を見て、雅臣は再び志月の部屋に向って歩き出す。
「なかなかいい子でしょう?天使のようです」
そう言いいながら廊下をあるく雅臣の後を追いながら、志月は次々とやってくる衝撃的な事実に思考が停止してしまった。
部屋に入ると雅臣はソファーにどかりと腰掛けて、足を組む。まるでこの部屋の主人であるかのような大きな態度で。
「しかし、彼は堕天使なんです。彼をめぐって色々な事件が起きています、まず、養父の菊川雄次郎ですが、事故死となっていますが
他殺の疑いがあり裏に、あの玲二を巡る政、財界の偉い爺さん達が絡んでいるらしいという噂です。まあ、捜査は証拠不十分で
打ち切られましたがねえ。偉い爺さん達が取り合うくらいの最高級の男娼なんですよ、彼は」
それがどうしてこの家にいるのか?まさか、拐ってきたのではないかー 志月は嫌な予感がした。
とりあえず話を聞くために雅臣の向かい側に腰掛ける。
「玲二は菊川のお稚児で、菊川の死後、菊川の別居中の妻に追い出された形でここにきました。実際は高次さんが連れてきたんですが。
ほら、遺産相続でいろいろね、遺書ももちろんありませんから、夫のお稚児に遺産なんてやれないとか、そういうことです。
菊川さんはバイですが玲二が来てからは奥さんそっちのけで、奥さんも菊川の秘書を愛人にしたり・・・でも表向きは仲いいふり
仮面夫婦ってやつですか。一応、世間的には玲二は菊川家で義母と暮らしている事になってますが、あの家には奥方が居座っているだけです」
「玲二君がこの家にいることは、父も知っている事なんですよね」
なぜ、父がこのことを黙認しているのか志月には疑問だった。
「はい、渋々黙認です。まあ、玲二一人で落ち着いてくれた方がいいのでね。あんまり小さい少年よりは高校生の方がマシというか
もう治そうたって、治らないんですよ、あの性癖は病気です。私も精神治療を試みましたよ?趣味で精神科の方もマスターしちゃってますから」
深田家は代々、主治医の家系である南雲家に医師としての資格習得に必要な学費は惜しみなく投資している。外科、内科、形成外科
産婦人科と複数の資格習得をバックアップしてきた。普通は親子、兄弟で複数こなすが、この雅臣は希な頭脳と技術で、ひとりで
オールマイティな治療を行える。当主もそんな彼に惜しみなく時間と学費を投資している。ある意味マッドサイエンティストである。
よって、高次に勝るとも劣らない異常性癖を持っている。こんな男を主治医にしている唯一の理由は、彼が深田家に絶対服従しているからだ。
志月も彼にちょっかいを出されても、自分に危害は加えないと信用していた。そう、飼い犬は主人の手を噛まないものである。
じゃれて甘噛みはしたとしてもだ。
雅臣は自分のそういう犬的な存在に快感を感じ、その立場に甘んじている。なんにしても異常性質な男である。
「では、菊川夫人も了解済みなんですね」
「というか、彼女が高次さんに売り飛ばしたようなものです。酷いですね、高次さんの性癖知りながら養子を預けるなんて」
それを黙って黙認している深田の家自体が志月には理解不可能で、恐ろしい。
「それは、法に触れたりはしませんか?」
志月は深田家が限りなく心配になる。
「限りなくグレーですね。まったく、高次さんたら・・・私がお相手して差し上げると何度も申し出ているのに。
ほら、私となら問題ないじゃないですか?主従関係に伽は付き物です、男色は武士の風習だし」
やはりこの人はおかしいと思いつつ、志月は苦笑する。
「先生は、そちらの方ですか」
どうでもいいことだが、社交辞令として一応訊いてみた志月である。
「いいえ、四方八方どこからでもOKです。老若男女、人外まで幅広い博愛主義と申しますか・・・」
ただの変態ではないかと思われるが、人外とは・・・理解不可能な志月はクールにスルーするしかなさそうだと判断した。
「しかし、高次さんは守備範囲が狭いものだから。まあ、ドS同士じゃダメなのもわかりますがね、森羅万象は全て
プラスとマイナス、陰と陽がくっつく決まりですし。残念だなあ、私はかなりイケてると思うんですけど?それに床上手ですよ〜
自分で言うのもなんですが」
確かに外見はスッキリした清潔そうな美青年である。顎から首筋にかけるラインも美しく、口元も男らしい。が、一旦口を開くと
台無しだ。しれっと平気な顔でとんでもない事を口走る。さらに冗談か本気か解らないボディタッチ・・・これは女中達にも
しょっちゅうだが、イケメンが幸いして冗談で済んでいる。ボディタッチは、イケメンならお茶目ですまされ
キモいオヤジがすると変態のクズと言われる不公平なものなのだ。
「先生、そろそろ玲二君の件にもどっていいでしょうか」
また脱線しているのを、志月が軌道修正する。
「すみませんね、なので、とにかく、玲二の事は他言御無用です。ほら、一応話しておかないと、屋敷内でばったり出会って
誰だ?みたいになるんでお耳に入れておきました。そして、志月さん、玲二とはお関わり合いにならない方がよろしいかと思います。
あれは毒ですから」
素材提供StarDust