イギリスに留学していた志月が母が危篤だという連絡を受け急遽帰国し、深田家の門をくぐる事になったのは夏の暑さも和らいだ9月半ばだった。

空港から車で深田の屋敷に到着した志月は、真っ先に女中頭に連れられて小夜子の部屋に向かう。

「お嬢様、間に合ってようございました。奥様は、それはそれは、お嬢様にお会いになられる事だけを

願って頑張ってこられたのですよ」

母である、深田小夜子は心臓が生まれつき丈夫ではなかったが、命懸けの出産で、奇跡的に志月を産み、20年間なんとか持ちこたえたが

3ヶ月前に倒れ、病の床に臥せっていた。病状の悪化を深田家の主治医である、南雲雅臣から知らされての急遽帰国だ。

「お母様・・・」

部屋には雅臣と数人の女中が小夜子の寝台を囲んでいた。

「志月様、お帰りなさい。ご留学中に申し訳ありませんでしたね」

30代中半の銀縁眼鏡の優男は、長身の躰を少しかがめて志月を覗き込む。いつも冷静で、感情を表に出さない切れ長の瞳が

志月を捉えた。南雲家は深田家が城主をしていた頃から代々家臣として使えており、医者の家系で、深田の主治医を勤めている。

南雲と深田家は密接な関係でつながっており、深田家内密の事情も知り得る唯一の存在でもある。

「先生、母は・・・」

「奥様は今は絶対安静です」

志月は小さく頷いた。雅臣は退室を無言で促す、志月は小夜子の手を握り

ーまた後で伺いますーと言うと部屋を出た。

「貴方のお部屋に参りましょう」

2人で廊下を歩きつつ、雅臣は行き先を告げる。志月の部屋は屋敷の奥の人の出入りの少ない場所にある。

「お兄様は会社ですか?」

兄の高次は父、兼次の会社に勤務しており、将来はそこを継ぐ事になっている。

「はい、高次さんがお戻りになられる前に、済ましておかなければなりません」

スタスタと急ぎ足で雅臣は志月の部屋に向かう。その部屋は志月が留学するまでは、雅臣がいつも診察に通っていたお馴染みの部屋である。

一番奥の部屋のドアを開けると、5年間の主人の不在にも関わらず、綺麗に掃除されて、志月がいた時そのままの状態の部屋がそこにあった。

「お茶を準備させておきましたので、どうぞ。空港から一息つく間もなかったでしょう?」

テーブルのポットを手に取り、雅臣はカップに紅茶を注ぐ。志月はバッグ置くとソファーに腰掛けた。白いブラウスに深い紺のロングスカートが

ソファーのワインレッドのカバーに映える。

「空港で着替えたのですか?スカートに」

雅臣はカップを手に、志月の隣に腰掛けて紅茶を渡す。

「はい、あちらではズボンで過ごせたので、楽でしたよ」

「でも、仕草は相変わらず、しとやかですね。まあ、背も伸びて声も15歳の頃とは違いますが、問題ありませんね」

そう言いつつ、雅臣は志月の肩に手を回し、頬にキスした。

「いいえ、かなりがっしりして来て女装は辛いです」

そう言いつつ志月は久しぶりの雅臣の過剰なスキンシップに戸惑い、俯いた。

「大丈夫、トップをゆったり来て、ボトムをタイトにするか、いっそスーツスタイルにして肩幅を活かすか・・・いくらでもごまかせますが、どれ?」

いきなり雅臣に肩や、胸、腰などを触られて、志月は羞恥心に顔を背ける。

「先生・・・」

この深田家の主治医は、幼い頃から志月の健康管理を任せられていて、昔から触診していたため、志月も慣れてはいたが・・・

「何、診察ですよ。どこがどんな風に育ったのか、知らなければカムフラージュもできませんから」

と、雅臣は志月のロングスカートの中に手を差し入れた。

「!先生」

必死で雅臣の手を阻止するが、雅臣の手は志月の最も男性的な部分に到達していた。

「ほう、かなり育ちましたね。比較的、顔も声も女らしい貴方に、こんな男らしい一面があるとは驚きです。少年の頃の貴方のここは

とても愛らしかったのに。スカートの下に、こんな大砲を隠しているなんて、ある意味、萌えですね」

え・・・志月は泣きそうになる。自分の実態を知る医者から、こんなセクハラを受けようとは・・・いや、うすうすは勘づいていた。

幼い時から雅臣は志月を舐めるように可愛がっていて、額や頬にはしょっちゅうキスしていたのだから。

ただのスキンシップだと信じようとしたが今ならわかる、彼は変人だ。優秀な医師ではあるが、変態だ。

「こんなの、スカートの中で勃っちゃったら大変ですよ?ちゃんとヌいてくださいね?3日に一度は」

そんな事を恥じらいも、照れもなく真面目な顔で、まるで風邪引きの患者に薬をちゃんと飲めと指示するかのような口調で語るところは

かなりの変態と見た。

「そう言って摩るのはやめてください!それよりお話があるんでしょう?」

あ、思い出したように雅臣は手を離し、立ち上がると志月の向かいのツールに座り直した。

「その事なんですが」

なんという変わり身の速さだろう、本当に理解不可能な人物である。黙って、じっとしていれば普通のエリート医師なのに、話せば台無しになる。

ダークブラウンの髪に、日本人離れした彫りの深い顔立ち、銀縁のメガネがクールな彼の容姿は飛び抜けて美しく、志月のような女のような美しさではなく

男らしい美しさを持っている。深田家の者は皆、使用人に至るまで彼のファンであった。

頭脳と腕は飛び抜けているが、チビでメガネで容姿には恵まれない三重苦の呪われた血筋だと噂の南雲家の突然変異的存在である。

本人も医師は頭脳と人格があればいい、容姿など問題ではないと言い切っており、自分が容姿に恵まれている自覚がなく、そして人格者であるという

大変大きな勘違いをしている。

彼はあまり鏡を見ないらしい、ナルシストでもない。ただSなだけで、特に世間知らずな志月をいじめる事に情熱を燃やしている。

が、志月のためなら、なんでもする、全力で守る覚悟はあった。

「小夜子様のご容態が芳しくありません。明日もしれない状態なので心の準備と、後、そろそろお戻りになられた方がいいと、これはご当主のお考えです。

本来なら大学の過程を終えてからのご帰国の予定でしたが、ご当主ももう、ご高齢で今後の事もございますから」

とりあえず、真面目な話の時は徹底して大真面目、これが南雲雅臣という男なのだ。

「今後とは?深田家はお兄様がお継ぎになられて、それで安泰ではないのですか?」

首をかしげた志月の肩に、絹糸のような長い黒髪がサラサラと揺れるのを見つめて、微かに雅臣は目を細める。志月は仕草の一つ一つが美しい。

それを見つめ続ける事が雅臣の人生の楽しみでもあった。

「貴方はまだ、高次さんの性癖をご存知ないのです。まず、貴方がこうして男でありながら、女として生活している事について、どのように聞かされていましたか?」

志月は事の重大さに気づき、緊張した。

「後継ぎ問題でもめないようにと。お兄様は野心家なので、後継問題が勃発すると私に危害を加えかねないから、最初から私を女にして、周りもお兄様も

納得させておくと聞きましたが」

ぐいー身を乗り出して、雅臣は志月の顔を覗き込む。

「おかしいと思いませんでしたか?今まで確かに、歴史上にも多くの世継ぎ争いの事例はありますが、弟が女装などという茶番を演じた話は聞きません」

「それは、お兄様の人格が破綻していて、私を殺しかねないという事では?」

ああー頷いて雅臣は前のめりの姿勢から起き上がり、腕をくみ、足を組んで天井を見上げた。

「そう、高次さんは人格破綻者です。しかし、貴方が女装して性別を偽ってきた理由は命を守る為だけじゃなく貞操を守る為でもあったとしたら?」

貞操?志月は思いもかけないワードに一瞬、その意味を考えた、そしてその意味にたどり着くや、顔を赤らめた。志月は性別を偽って20年間暮らしたので

誰とも接触をせずに来た。全てを知る父母と、この医者を除いては。もちろん、恋人を作ることもなく、ましてや性関係など結ぶこともない、成人してはいても

中身は純真なお子様なのだ。

「そんな、なら、何故私は女に?お兄様の前で女でいることの方が危険なのではないですか?いえ、でも私達は腹違い、同じ父から生まれた兄弟なのですよ?」

うんー納得しながら雅臣は紅茶を飲む。志月は一般の常識を備えている普通の社会人だ。しかし、深田高次にはそれが通用しないのだ。

「貴方のお兄様は、その世間一般論が通用しない、だから人格破綻者とご当主に認定されているのです。つまり彼は女に欲情しない同性愛者だ。

しかもその対象は少年で、私の診断では近親相姦はOKどころか大好物・・・」

雅臣がいうと、どこか説得力がある。志月は驚きのあまり声も出ないが、思い当たることはある。

子供の頃から高次は志月には目もくれなかった。確かに20近く年は離れているので、子供は面倒なのだと思っていた。なのに家によく少年を連れてくるのだ。

近くの教会の孤児らしい、奉仕活動の一環で面倒を見てやっていたと聞いた、その時は兄は妹ではなく弟が欲しかったのだと、自分が妹だから遊んでは

もらえないのだと思っていた。

「高次さんは、高校生の頃から週末、教会の孤児を家に呼んでは食べさせ、遊ばせ、泊まらせていた。最初は子供好きな青年に見えた。でもあの人は

子供に性虐待を行っていたんです。傷ついた子供の手当をさせられて私は気づき、ご当主にもご報告して、教会に多額の寄付をして謝罪しました。

これで事は済んだと思っていたのですが・・・」

雅臣はそこまで話して言いよどんだ。

「まだ、何か?」

「あろう事か、その少年のうちの何人かが、自分からここにやってくるのです、高次さんに会いに」

え?志月は身を乗り出した。

「どういうことですか?もしかして、教会が寄付金目当てに子供を送ったのですか」

さすがの雅臣も話すことをためらった。これ以上は志月を傷つける事になるだろうと予想されたのだ。このような汚れた現実から遠ざけるために

志月の父母は彼をイギリスに留学させたのだから。

「子供たちは無理に送られたわけではありません、自ら望んだのです」

「それはうちのご馳走や、いい待遇に惹かれてーという解釈でいいのですか」

いいえー雅臣は首を振る。

「まさか、兄に脅されて?来ないと殺すとか言われたとか」

脅されたならまだましかもしれない。現実はもっと酷だった。

「高次さんとの関係を望んで・・・です」

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