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「会長、すみません、貴方の最愛の人を奪ってしまったみたいで・・・」

エントランスで孝雄を送る甲斐はそう言って俯く。

「俺はあいつの最愛にはなれないから仕方がないさ、蝶の羽のまじないは俺が教えたんだ。1匹の蝶の左右の羽で作ったアクセサリーを恋人と

分けて持つと添い遂げられるって。もしお前が誰かにそれを渡す時は俺に立ち合わせて欲しいって・・・そうしないと忠の事をいつまでも

引きずりそうだったから。女々しいか?」

いいえ・・・甲斐は孝雄を見つめた。

「会長、あの時、俺は貴方を精一杯愛してました。それは嘘ではないけれど、貴方よりも数倍も数十倍も忠さんが好きです。こうして想いを

形にしてくれて嬉しかったんですが、これは会長のアイディアだったんですね」

このイベントは孝雄のためでもあったのだ。愛人契約を破棄し、父親代わりとなった孝雄への最後の配慮だったのだ。

「ありがとうございます、会長のおかげで正式に恋人になれました」

ははは・・・孝雄は苦笑した

「今までは、なんだったんだ?」

「お互いの最愛の人の代わりをつとめているものだと、誤解して、気持ちがすれ違って・・・」

本当に長い回り道だった気がする。

「やれやれ・・・忠は仕事はやり手なのに、恋は不器用だな」

「ええ、全くです。遊び人かと思っていたら案外、純情な人でしたよ」

ドアの外に出ると、2人は星空を仰ぐ。孝雄と、支倉の屋敷の寝室で密会した日々はもう、遠い過去の思い出となってしまった。

「あいつ、お前に翻弄されてるんじゃないか?」

「それが、新しい弱点を発見されたというか開発されたというか・・そこばかり攻めてひどいんですよ〜」

冗談のように、そんな事までポロリと言ってしまうくらい甲斐は、我知らず有頂天だった。

「へ〜どこなんだ?」

別れてかなり立つとは言え、興味津々な孝雄に呆れつつ、甲斐はきっぱりと言い放つ。

「教えません」

「え〜ケチだな、それくらいいいだろう」

孝雄には、過去の愛人にも浮気相手にも、もうなんの感情はない。確かに忠は失いたくなかった最愛で、彼が自分と関係のあった甲斐と

恋人だというのは複雑だったが、ただ、忠の幸せだけを願えるし、甲斐も自分といた時より、忠の傍の方がより甲斐らしいと今日の

2人を見て思える自分に少し驚いていた。が更に閨の事情まで聞かされて、純粋な好奇心が湧いてしまった、しかし、そこには

嫉妬のようなものは微塵もなく、2人の幸せを見守りたい気持ちでいっぱいだった。

出会い頭のギクシャクはどこかにいって、孝雄と甲斐は付き合っていた時のような親しみを心の底から感じていた。

「あいつを頼んだぞ、添い遂げろよ」

花嫁の父のような孝雄の言葉に、甲斐は少し涙ぐんだ。ベクトルは違ったが、忠も確かに、この支倉の会長を愛していたのだ。

そして孝雄も、そのことを理解していた。だからこそ、こんな笑顔を甲斐に見せることができるのだろう。

支倉の車が到着して、孝雄はそれに乗り込んで去ってゆく。

いつまでも孝雄を見送る甲斐の後ろから忠の声がした。

「行ったか・・・」

「遅いですよ?なんの用事でどこに行ってたんですか?」

孝雄の帰り際に、忠は急用を思い出したと一人席を外し、今現れた。

「お前と二人にしてやったんだ。お前と孝雄さんも、ちゃんと終わらせないといけないからな、未練はないか?」

「ないですよ!もうとっくに終わってるのに」

でも・・・と甲斐は思う、最後に孝雄と話せてよかったと。

「でさ、もうお前は完全に俺のモノだからな!浮気したら許さないからな」

後ろから抱きしめられて、甲斐は勝ち誇ったように微笑む。

「それはこちらのセリフですよ」

「いっそ社内で婚約発表するか?」

急に甲斐は忠の腕を解き、向き直る

「それはやめてください、かなり浮かれてますね忠さん?」

変にテンションが高くなっている忠を横目に、甲斐はロビーに戻る。

「え〜だって婚約できたのに浮かれちゃ駄目なのか?」

後を負いながら、そんなだだをこねる忠を、甲斐はふと立ち止まって振り返る。

「そうだ、新婚旅行いきましょう。来月、ニューヨークに」

「それは、ルナ・モルフォのニューヨーク支店予定地の視察だろ〜」

「でも、二人で行くんですよ〜立派な新婚旅行でしょ、どうせなら、あちらで結婚式します?ここは一週間くらい玲二に任せとけば問題ないし」

ふうん・・・顎に手を当てて考えていると、後ろから支配人が駆け寄って来た。

「社長〜お電話です〜ニューヨークから」

「ああ、すぐ行く」

その声に振り返った忠は別人の様に社長らしい表情をしていた。ルナ・モルフォの海外進出は、今のところ忠の最優先事項である。

仕事を前にすると忠は意識が切り替わるらしい。クールに背を向けて去ってゆく忠の後ろ姿を見送りつつ、甲斐は頼もしさを感じる。

「どうしたの父さん、いい事でもあったの?スキップしてない?」

気付けば、外廻りから帰ってきた玲二が、甲斐の傍に腕組みして、首をかしげていた。

忠はスキップなどはしていないのに玲二はおかしなことを言うなあと、甲斐はぼんやり考えているとそれに気付いてか、玲二は解説を始めた。

「最近ね、見えるんだ。内なる松田忠が。ポーカーフェイスのフリして結構バレバレだよ。あの人」

すっかりルナ・モルフォの社長代行業務をこなす後継者の貫禄を身につけた玲二は、過去のグレーな部分を綺麗にぬぐい去っていた。

どこから見てもエリート生まれのエリート育ちだ。上品な外見のおかげでもあるが・・・

「だから、社長は心の中でスキップしているということか?」

うん、甲斐の言葉に頷くと玲二は、甲斐のネクタイを飾るネクタイピンに目を止めた。

「甲斐さん、それ、社長室に飾ってあった蝶の羽でつくってない?最近なくなったんでどこに行ったのかなと思ってたんだ。

としたら・・・それは父さんからのプレゼント、!まさか、エンゲージリングならぬエンゲージタイピン?」

そんな事をつらつらと語りながら、玲二は甲斐のネクタイを手に取り、まじまじと眺める。

「プロポーズしたんだね、父さんは。甲斐さんはそれに応えた、正式にカップルになったので父さんはあんなに浮かれている

そういうことか」

頷きながら玲二は甲斐と並んで歩き出す。

「ニューヨーク視察を新婚旅行と兼ねて・・・なんて話出てるよね?僕に一週間ここ任せときゃいい・・とか言ってさ」

え?聞いていたのか?甲斐は玲二を振り返る。何食わぬ顔でエレベーターのボタンを押して、彼は開いたドアに甲斐を促す。

「図星ですか?別にしてませんよ、盗み聴きなんて、しなくたって解ります。長いお付き合いじゃないですか」

エレベーターに従業員が乗ってきたとたん、玲二は敬語に切り替える、なんにしても抜け目のない男である」

「それでは、引き受けて頂けるんですね?」

なんのママゴトだろう・・・内心呆れながら甲斐も敬語を使う。

「はい、ごゆっくり行ってください。一生に一度の事ですから」

5階で従業員は降りていった。玲二と甲斐が向かうのは最上階、プライベートルームだ。

「お願いしますよ?次期社長」

甲斐はエレベーターを落りるなりそう言った。

「2週間くらいいてもいいよ?その代わり、僕と志月さんの時もちゃんと休暇くれないと嫌だよ」

「お前はいいとして、志月はそんなに会社休めないぞ」

後ろから声がして、振り向くと、事務室で国際電話を終えて、別のエレベーターで上がってきた忠がいた。

「ああ、そうか・・・残念だな〜」

「いいだろ?毎日が新婚生活みたいなもんなんだから。それでいつプロポーズするんだ?」

3人で並んで廊下を歩きだす父とその配偶者そして息子・・・

「志月さんの誕生日かな、ね、指輪は何だかアレだから腕時計がいいかな?お揃いで」

「いいね〜なんか手錠みたいで萌える」

そう言って笑い合う忠と玲二、この親子は悪乗りしすぎだと、甲斐はため息をつく。

「見ろ〜俺らはネクタイピンだぞ、いいだろ」

そう言って自分のネクタイを指して自慢している忠を甲斐は制する。

「あ、それもうバレてますよ」

「バレてたか・・・」

がっかりして項垂れる忠と、その横で苦笑している甲斐の間に割り込み、玲二は2人の腕を自分の腕に絡ませる。

「おめでとう、さしずめ甲斐さんは、義理のお母さん?ふつつかな父ですか、末永く宜しくお願い致します」

こんな男女間でするような形式が必要なのかどうかなんて分からないが、とにかくけじめをつけたくて、忠は今日のイベントを準備した。

おかげで、ウキウキした気分を味わえる事が嬉しい。

「じゃお先に」

自分の部屋に入る玲二を見つめつつ、甲斐はそっと忠の腕を自分の腕に絡めた。

「そうですね、俺たちは今、婚約したてなんですね」

ああ・・・この道のりは長かった、と忠はしみじみとした気分になる。和真と史朗が同棲し始めたあたりから、迷いはなくなってきたものの

正式にプロポーズするまでは、忠も甲斐の自分への気持ちに自信がなかった。何度も俺は貴方のものですと言われてもだ。

これでもう、やっと落ち着けるのか・・・と甲斐を見つめる忠に甲斐は微笑んだ。

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