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月明かりの薄暗い闇の中で、甲斐は嬌声とともに甘露を滴らせた。

「胸だけでイけるのか?随分開発されたな」

白濁を拭き取られながら、甲斐は羞恥に目をそらす。忠に煽られて、今夜は自分もおかしなスイッチが入ってしまっているらしい。

「武田の事を日下から聞いたからか?」

「嫉妬してますか?でもおあいにくさま。今日、俺はもう史朗とは行く道が違うのだという事を実感しただけです。そして

忠さんが好きだという事も実感しました。でも貴方には和真さんがいるのでしょうけど」

史朗の事を過去にしたという言葉に安心し、まだ和真に想いを寄せていると勘違いされている事に悲しみ・・・忠は複雑だった。

「俺も、和真の事は整理した、今はお前だけだと言ったら信じるか?」

「信じたいです」

信じたいでも、信じる事に恐れを感じる。それほどまでに甲斐にとっての忠が大事な存在になっている事に驚きながら

甲斐は忠を見上げる。

「信じろよ・・・今夜はいつも以上にお前が欲しい、もう抑えられないほどに・・・」

和真への想いに、けじめをつけた忠は、迷う事無く甲斐への愛を注ぐことが出来る、もう迷いがない。そして史朗に対する罪悪感も

甲斐に対する気遣いも感じないまま、ただ欲しい物を強引に欲するだけの、欲望に正直な自分を受け入れる。

「きっと俺にはお前が最後だ、お前が俺を捨てても、俺にはずっとお前だけだ」

それは、甲斐にとっても同じ事だった。変に遠回りして出会った忠と甲斐は、よじれた処世術によって相手を深読みし、裏を探り

真実を見失って、お互いの想いを真っ直ぐに受け取れないでいた。やっと心の内を明かした忠を愛しいと、守りたいと甲斐は微笑んだ。

「今夜はずっと俺の中にいてください。貴方を独り占めしたい」

「今夜だけでなく、ずっと俺はお前の中に居続ける。どこにも行かない」

ゆっくりと差し込まれる忠の指を、甲斐は待ち構えていたように締めつけ、飲み込んでゆく。

「そう、どこにも行かずに、俺の中でイってください、何度でも」

指先が甲斐の中で蠢く度に、甲斐は悶え、吐息を漏らす。幾度となく重ねた情交であるにも関わらず、甲斐は今まで感じた事の無い

何かを感じる。今までの恋人を、その時々に最高に愛してきた。しかし今振り返るとそれらは、うわべだけの薄っぺらい関係だった事に

気付く。

駆け引き抜きで、本音を晒したのは忠だけだった。あまり晒したくない格好悪い部分も、全て受け入れてくれるという安心感の中で

過ごし今、ようやく忠に求められている事に喜びを感じている。その深く激しい感情が忠との交わりを、更に強く深くした。

「早くください、貴方自身を俺の中に」

そう言って甲斐はうつ伏せて腰を持ち上げた。白いうなじ、滑らかな背中とその先の双丘の奥の蕾・・・薄暗い照明の中でさえ

美しく光を放つ肢体は、忠に捧げられた花である。

甘い蜜に誘われて、蝶はその蕾に自らの口吻を差し入れる。最初は優しく、徐々に激しさを増し、貪欲に貪り続ける。

今までは忠はどちらかというと、甲斐に奉仕する形をとっていた、それがかえって甲斐に不安感を抱かせていたのだ。

だからクライマックスにおいて甲斐は、忠に激情を求めた。

今、甲斐は身体の裏側まで舐めとられ貪られる快感に酔いしれる。相手に蝕まれ、一つになり、自我を崩壊させる事は

最高の快楽である事を知る。実はこうなる自分を予感して、恐れを感じてもいた、快楽の深淵をのぞき見ることの恐れ

そこに溺れて抜け出せなくなる事の恐れ・・・

しかし、もう引き返せない、自らの中に忠を取り入れ、咀嚼しながらも、忠に貪られ、舐めとられたあげくに、放たれた甘い毒を

身体の隅々に浸透させながら、忠のモノになってゆく・・・想像すればするほど、身体の芯が痺れる。

白く濁った蜜にまみれながら、混濁した意識の中で、どんどん沈んでゆく自分自身をふいに大きな腕が引き寄せる。

我に返ると、甲斐は忠の腕の中にいた。

「すまない、やりすぎたか?朦朧としてるぞ」

「ですね・・・自分が溶けてなくなるような感覚でした」

そっと甲斐も忠を抱きしめる。

「それってヨかったって事か?」

不安になって忠は甲斐を覗き込む。甲斐はそれには答えす、忠の首に腕をまわし、くちづける。余韻はまだ冷めやらず、荒々しく

甲斐の舌は忠の口蓋を掻く。そして忠の舌を捉えると強引に絡め取った。

今日の日を境に、自分も甲斐も何かが変わったと忠は感じる。それは、まるで絡まる蜘蛛の糸のように、もがけばもがくほど絡まり

阿片のように脳を蝕んでゆく。しかし、不快ではない、口内を甲斐に貪られながらただ、愛おしいと思う。

「今夜は朝までシてくださいよ、明日は休みで仕事ないでしょ?」

確かに久しぶりにゆっくり出来る甲斐との逢瀬である、玲二との掛け持ちもない。

「お前が心配だな、この様子じゃぶっ壊れるぞ?」

「壊れても、溶けてもいいというのが今の心境です」

今まで休日返上で仕事をしてきた、時間もなく慌ただしく交わってきた。例え短い時間でも触れずにはいられず、交わらずには

いられなかったから。しかし、やっと事業も落ち着き、時間の余裕もできたのだ。

「朝まで・・・というのは異存はないが、立て続けに・・・とかは勘弁してくれよ」

「お互い若くありませんしねえ」

はははは・・・少し苦笑する二人。

「俺は、忠さんについてきた事、後悔するどころか幸運だったと思うんです、いい上司にもパートナーにも恵まれて。しかも上司と

パートナーが同じなんてありえないくらい幸運でしょ?」

「俺も、ずっと片思いしてた伝説の甲斐義之をモノにできて幸せだよ」

大げさだなあ・・・甲斐は肩をすくめる。

「いや、本当だから、前社長に取られ、武田に取られ、悔しい思いをしたんだ。でも所詮、俺は孝雄さんの愛人だから、叶わぬ願いと

諦めていた。関ヶ原の後、愛人契約解除してフリーになっても、仕事上のパートナーとしてゲット出来ても、恋人にはなれないと

割り切っていたのに、お前に襲われて・・・」

はあ?甲斐は頭を上げる、あんまりな言い方に反論したくなる。

「お前の心の隙間を埋めると決意して、恋人が現れるまで、それまでと心を決めていたんだ」

だからなのか・・・甲斐は今までの、忠の甲斐中心の行為に納得した。好きな相手に誘われて役得だと、自分のモノにしようとするのが

普通なのに、忠は自分の感情を押し殺して、甲斐に尽くしてきたというのか。

「では、今夜は、本気だったんですか」

「武田への心の整理がついた事と、俺を好きだと実感した事を告げられてつい、理性が飛んでしまった」

ふうん・・・甲斐はにやりとほくそ笑む。忠の理性を飛ばす事が出来るとは思っても見なかったからだ。

「いいですね、取り乱した忠さん、超可愛いですよ、今度は俺が上になりますから、いい顔たっぷり見せて下さいよ、あ、イク顔も

見たいですね」

調子に乗るな!と忠は甲斐を睨みつけた。

「いいでしょ?俺のことは散々押し広げて捲って掻き回して突きまくるくせに、自分は弱み見せないつもりですか?」

ああ・・・忠は頭を抱える。会社ではクールな常識人で通っているこの男が、閨ではこんな下ネタを連発させているとは・・・

支倉や今の職場の部下たちが、こんな甲斐を知ったら気を失うに違いない。そう、あの武田史朗でさえ知らないのだ・・・

そこまで考えて忠は自分が勝ったような気になる。

「何を、にやついてるんですか?」

「こんなお前を武田は知らないんだろうと思うと、嬉しくてつい」

自分は史朗には本音を隠して、不安にさせたくせに、忠には本音をねだる・・・どこまでわがままなのか、今さら気づいた甲斐は

少し落ち込む。

「確かに、俺と別れる事が史朗には、いい事だったのかもしれませんね」

「お前の為でもあったんだ。勘違いするな」

今なら、その言葉の意味が分かる気がした。

「なら、俺の為に、ずっと傍に居てくれますか?ここまで来たら責任とってくださいね」

甲斐は忠にまたがると、迷いのない眼差しを向けた。いつ壊れるか分からない関係に怯える事は、もうないのだと信じた。

「俺は素行が悪いから信じてもらえないかも知れないけど、忠さんの事が好きです。仕事の上でも尊敬して憧れてました。

高嶺の花だったから諦めていただけで、誘われたらついて行ってましたよ。そんな貴方とやっと結ばれたんだから、もう離したくありません」

上半身を倒して、猫のようにしなやかに、甲斐は忠に擦り寄ると首筋に唇を這わせる。

「お前を俺のモノにしてもいいのか?」

今まで自分の物など何一つなかった忠は、いつかまた、それを失くす事に怯える。そんな、か弱く儚げな忠の弱みに付け込み、甲斐は彼が

自分から二度と離れられないように罠を仕掛ける。

「もうすでに俺は貴方のモノですよ。そして貴方も俺のモノです。先程、貴方の白い蜜が浸透して、どろどろに溶けた俺の中に

貴方のここは囚われていたのだから」

そう言いつつ、甲斐は忠の下腹部に手を伸ばす。

「この口吻は蜜を吸い取る為にあるのですか?それとも蜜を放出するためのものですか?」

そっと撫でると徐々にそれは 熱を持ち硬さを増す。

「両方だな。互いの毒を共有し互いに殺し合う、俺たちに勝者は存在しない。しかし、俺はお前の中に囚われていたいよ」

「では、お望みのとおりに」

甲斐は腰を浮かして、勃ち上がった忠の上に我が身を下ろした。中からは先ほど放出された忠の蜜がとろりと溢れ出てくる。

「もう離しませんよ」

そう言いながら締め付けてくる甲斐に、忠は苦しい息を吐く。

ー本気でお前を好きになっていいのか?ー

声にならない問い掛けが、夜の闇に滲んで消える。忠は本当は誰よりも愛に臆病で、愛に飢え渇いている。甲斐のように

相手に飛び込んで行ける度胸も、強さもない。だから、囚われていることが心地よかった。甲斐に自分をもっと欲して欲しかった。

「義之・・・」

懇願して哀願するような、悲しげな表情で忠は甲斐の名を呼んだ。

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