しばらくして新事業の企画が進み、銀行からの融資が決まると忠は外廻りが多くなり、甲斐は忠の部屋で書類作成に

追われ、玲二の世話をするようになった。

「甲斐さん、和真って誰?」

忠と甲斐との会話によく出てくる和真という人物について訊かれて、甲斐は返答に困る。この玲二という青年は忠の事を

どこまで知っているのか・・・

「支倉和真という人は、支倉カンパニーの若社長だ」

無難な範囲で答えると、玲二はため息をついた。

「そんな事は訊いてない。松田忠は支倉孝雄の隠し子で、正妻の子が和真。つまり腹違いの兄弟・・・ということに

なっているけど、実際、忠さんのなんなのさ?」

来客がいる時は寝室に篭っている玲二が、甲斐が来るとこうして、色々忠の内情を訊くために、仕事中の甲斐の

邪魔をするのだ。

「それを聞いてどうする気だ?」

デスクのコンピューターの前で、甲斐はキーボードを打ちながらそう言う。

「だって、忠さんの恋人は甲斐さんでしょ?なのに忠さんは支倉和真を意識してる」

ここに来てから、ずっと忠を見つめ続けて、感じた事なのだろう。が、そんな事は甲斐自身が聞きたい事だった。

「和真さんは大事な弟だから・・・」

そう答えるしかない。少し顔が引きつっていないか、甲斐はそんな心配をしながら少し笑う。

「じゃないよね、恋焦がれてるような顔してるよ?本当に兄弟なの?禁断の近親相姦?」

げっ・・・甲斐は顔をしかめる。明らかに玲二とは、住む世界が違う事を確信した。薬物依存に、性依存、男妾に

ボディピアス・・・支倉の社長と不倫していた自分とはケタ外れの、玲二のアウトローっぷりを目の当たりにした。

「忠さんは、和真さんを大事にしていて、和真さんの為なら全てを犠牲にしてしまうほどだ。下世話な色恋とは無関係の世界なんだよ」

「甲斐さんは嫉妬しない?和真にも、僕にも。気づいてるよね?甲斐さんとこから帰った後、忠さんと僕、毎晩シてる事」

こんなに露骨にはっきり言われては、どう答えていいのかわからない。

「お前はどうなんだ?忠さんを俺と共有している事」

別に〜と首を振りながら玲二は、座っていたソファーにゴロンと横になる。

「一棒一穴主義とかいう観念は僕にはないし、5、6人のおじさん一人で相手した事もあるし、僕はいっそ甲斐さんと忠さんと3Pでも

いいと思ってるよ?甲斐さんの乱れてる姿見てみたいし〜」

ぞわっ・・・背中に虫が這い回るような嫌悪感を甲斐は感じる。やはり住む世界が違うと確信した。

「でも、知ってるよ、忠さんは今までのパトロンのおじさん達とは違う事。今まで酷くされても、性欲処理のモノ扱いでも

くっついてれば暖かいと思ってた。でも忠さんと出会って本当に愛されることがどういう事かが分かった。今まで、痛みの中で

クスリ無しじゃイけなかったけど、忠さんは指で唇で舌でイかせてくれる、そんな事は今まで無かったから、もう他の男なんて

考えられないけど」

そこでいきなり黙り込んだ玲二を、甲斐は作業の手を止めて見つめる。今、彼は本音を語ろうとしているのだ。先ほどの自堕落な

セリフはただの強がりなのだろう。

「でも、忠さんの本命は甲斐さんだ。和真は叶わぬ恋でしかないし、心を本当に通わせているのは甲斐さんであって僕じゃない。

これは動物的な勘でしかないけど、外れてはいないと思う。僕は、同情されてるって事かな〜」

忠の本命が自分だと言われ、甲斐は動揺する。本当なら嬉しいが、和真以上である自信はない。玲二は本音をかき消すように

すぐにまたやさぐれモードに戻る。

「でも、忠さんって上手いよね、性感帯探り当てるの。自分でも気づかなかった意外な性感帯を探り当てられて驚いたよ〜

あれって天性の才能なのかな?ね、甲斐さんもそういうのあるでしょ?」

ぎくりとしたが、甲斐はポーカーフェイスを保った。

「特にそんな事は・・・」

ふうん・・・見透かすように玲二は甲斐を見つめつつニヤニヤと笑う。甲斐は玲二が苦手だと感じた、品が無い事が

気になってはいるが、それだけではない。玲二は甲斐の中にある、認めたくない自分を映し出す鏡のようなのだ。

言うなれば押し隠してきた欲望の化身とでも言おうか・・・

「でもあんな人初めてだ、理性的なのに、情熱的で、絶倫で、でも色に溺れない。攻め方はエロいのにねー」

そんなセリフの途中で忠がドアを開けて入ってきた。

「誰がエロいって?」

甲斐は立ち上がって、キッチンでコーヒーをいれて忠に差し出した。

「お疲れ様です。どうですか」

ソファーに座り、コーヒーを受け取ると忠は一息ついた。

「順調だ、いい人材も得られそうだし、まあ、これは支倉時代のお得意様つながりだから、ラッキーというべきか・・・」

と言いつつ、向かい側のソファーにいる玲二に目をやる。

「玲二は支倉カンパニーに入社しろ」

ガバッと起き上がり、玲二は忠を見つめる。いきなりそんな事を言われて訳が分からずにいる。

「それって、支倉和真に近づけとかいうミッション?」

「一つ目はそこでお前が成り上げる事。実力があれば俺の後継者にしてやる。2つ目は庶務課に都落ちした武田史朗を

和真の側近にする事。最後は・・・お前の身辺整理か・・・」

史朗の名前を聞き、甲斐はデスクに戻ろうとした足を止める。玲二も初めて聞く武田史朗という人物に首を傾げた。

「武田史朗という男は甲斐の虎と言われた甲斐の右腕で、俺が和真との後継者争いに破れたせいで、庶務課に落とされたが

俺は彼を和真の右腕にするつもりだ。ただ、武田は上司だった甲斐にいまだに忠誠を誓い、庶務課の雑用係で人生を終えようと

しているから・・・」

「僕になんとかしろと?まかしといて、そういう工作活動は得意だから。で、ひとつ聞いていい?その武田さんと甲斐さんって

そういう仲だったの?」

「関係ないだろう!そんな事は」

傷口に触られて甲斐は悲鳴を上げる。しかも、史朗の昇進をこの玲二に委ねるという忠の心中が理解出来ない。

「ああ〜やはりそうか、ねー忠さん、若社長と武田さんをカップルにしてもOKかな?それが一番手っ取り早いよ

甲斐さんはもう武田さんから手を引いたんでしょ?」

玲二は元々頭の回転は早いらしい、更にドロドロとした裏世界を渡り歩いたせいか、目端が利くようだ。

忠の構想を把握している。

「ああ、公私共に和真を武田に任せたいと考えている。2人が出会うきっかけをつくって欲しい。それにはお前も

それなりに和真の近くにいなければならないだろう? 年が明けたら願書出して、入社試験受けるんだ」

うん、玲二はあっさりとやる気になった。そして納得して寝室に戻ってゆく・・・

「いいんですか、彼にあんな事を任せて?」

玲二が去った後のソファーに腰掛けて、甲斐は身を乗り出す。玲二に史朗を託すなど、心配でたまらないのだ。

「あいつはデキるやつだ。薬物と性依存の方は落ち着いたから、人並みに働かせようと思う。後継者の訓練も兼ねてな。

人を操ることにかけては玲二は抜群だ。ただ、手段を選ばない所があって、法に引っかかるようなことも平気でするんだ

その矯正もしないといけないからな」

「だから、他ではなく、支倉なんですか」

支倉の中には、まだ忠の息のかかった重役もいる。問題が起こってとしても、それなりにフォローは可能なのだろう。

早々に対処も可能である。

「一石二鳥になればいいがな」

微笑む忠を見つめつつ、甲斐はまだ、心のどこかで不安の種を持ち続けている。忠ほどには玲二を信用していない。

「大丈夫だ、玲二は和真にも武田にも手出ししない、タイプじゃないからな。確信無しに俺が二人にあいつを近づける訳無いだろう?」

史朗の事はどうでもいいとしても、和真は忠にとって命同様だ、そんな確証もなしに、大事な和真の傍に毒の塊のような玲二を送りは

しない。

「うまく玲二を手懐けましたね。今あいつの中には忠さんしかいない・・・」

急に忠は身を乗り出して甲斐に顔を近づける。

「何?妬いてるのか?」

忠があんまり嬉しそうなので甲斐は少しムッとした。玲二にも自分にもモテて両手に花の忠の思い通りになどなるものかと、自ら顔を

遠ざける。

「妬いていませんよ。でも忠さんって心の内を見せないから不安で・・・閨でも乱れないじゃないですか」

やれやれ・・・忠は苦笑した。自分がいない間にどうやら、玲二が自分との情事をバラし、甲斐は不安を感じているらしい事に気づく。

別に余裕があるわけではない、感情の表現が希薄で、子供の頃から喜怒哀楽が他人に分かりにくいだけなのだ。

今までも、好きでたまらない相手にも、気持ちが伝わらず、いつも恋は成就しなかった。

「あのな・・・俺が喘ぎまくるのってキモイだろ?お前絶対ドン引きすると思うけど?」

リアルに想像してしまい、甲斐は大笑いする。そして、史朗の自分に対する不安がこの類のものだった事に気づく。

「分かりました、でもこう・・・メロメロ感はあってもいいかと・・・」

「今もメロメロなんだけど?」

嘘だ・・・・甲斐の渋い表情に、忠は深く落ち込む。どうすればこの想いが伝わるのだろうか・・・

そっと立ち上がると、甲斐の隣に移動し、くちづけた。この部屋に入って来た時から、忠は本当は甲斐に触れたくて

たまらなかったが、玲二がいるので耐えていたのだ。そんな事も分からず、理性的だとか言われては、困ってしまう。

そっと甲斐が忠の背に腕をまわし、重なった唇から舌を差し入れると、忠はそれを絡めとり、貪るように深みへと落ちてゆく。

「すみません、ここでやめられそうにないんで」

突然ソファーから降りて、甲斐は忠の足元に屈み、膝に顔を埋めた。もう、玲二が奥の部屋に居ようが関係ない。ただ、無性に

忠が欲しかった。

「甲斐、こんな所で、やめっ・・・」

仕掛けたのは自分であるが、一度火がつくと甲斐は制御が効かない。リビングで、着衣状態で昼間っから事に及ぶことに

なろうとは・・・

「すぐ終わりますから、じっとしいてください」

甲斐の口淫によって準備が整った忠の杭に、スラックスを脱いだ甲斐が腰を落とす。忠の肩に手をついて、甲斐は夢中で腰を振り続ける。

玲二を意識して、必死に声を殺している為、表情はとても苦しそうだ。忠は少しでも早く甲斐を開放してやりたくて、甲斐のモノに

手を添えて終焉を促した。蜜を滴らせながら熱い塊は、忠の手の中で果てた。

くたっと忠にもたれる甲斐を片腕で支えながら、忠はテーブルの箱ティッシュでもう片方の手を拭う。

「酷い・・・そんなところ嬲ったら反則ですよ?忠さんまだでしょ?」

忠の首筋にもたれて甲斐はそう呟く。

「いい、俺はなんだか集中できなくて・・・こんなに明るいと恥ずかしくてスイッチ入らないんだ」

勃つには勃ったものの、果てることは難しそうだった。

「抜かないでもう一度します?」

「いい、人が来そうで落ち着かないし・・・玲二いるし」

忠は甲斐の位置をずらして立ち上がると身支度を整える。

「すみません・・・襲っちゃって・・・更に自分だけイッて・・・」

俯いて落ち込む甲斐に忠は笑いかける。

「すごく可愛かったから許す」

この時のことは後々、玲二が甲斐をからかうネタとなってしまうのだが、今は忠も甲斐も気づかないでいた。

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