忠が徐々に新事業の段取りを進めて行く中で、甲斐は忠のマンションの近くに

部屋を借りて同棲をやめた。仕事関係の客の出入りが多くなってきたからだがこの時から、忠の部屋は

仕事用、甲斐の部屋は情事用に分類された。勿論、甲斐も昼間は忠の部屋に居て、事務処理を手伝っている。

支倉から完全に手を引いて、次の事業の準備を始めると、忠といる時間は増えたが、逆に2人だけの時間は減った気がして

甲斐は少し淋しい思いをしていた。更にその頃から、預かっている知り合いの子だと言って、忠の部屋に二十歳前後の青年が

住み込んで居た。あまり寝室からは出てこない引きこもりな様子で、彼の為に忠は、甲斐の部屋に朝まで泊まる事なく帰って行く。

夜一人に出来ない理由があるらしい。甲斐にさえ詳しい事は話さない、巻き込みたくないからだとそう言った。

切れ切れの情報をつなぎ合わせると、玲二というその青年は何処かの金持ちのパトロンから避難してきたらしい。

色んな虐待を受けたらしく、薬物に対する依存症もあり、半隔離状態なのだそうだ。

甲斐は一度だけちらりと玲二の姿を見たが、小柄で華奢な美しい青年だった。その雰囲気からは男娼の香りが溢れており

忠と彼が一緒に寝起きする事に嫌悪感を感じた。それは、玲二が虐待の末にやつれた哀れな青年ではなく、虐待され、調教された

売女の艶を持っていたからだ。おそらく、彼は性依存症になっていて、甲斐には明かさないが、忠は彼の欲求を満たす作業もしているはずだ。

しかし、忠を信じていられるのは、玲二が忠の好みのタイプではないと知っているからだろう。

そして、忠の ーあいつは昔の俺に似ているんだ、もし、孝雄さんに出会わなければ、俺はあいつみたいに堕ちてしまっていたと思う

だから救いたい。孝雄さんが俺にしてくれたように、明るい場所に連れ出してやりたいー という言葉だった。

しかし、甲斐は知っている。自分と忠が交わっているのも、史朗を忘れるために忠が甲斐のためにしてくれている事だという事を。

「忠さんは、どこまでボランティアすれば気が済むんですか?」

甲斐との一戦を終えて、横たわっている忠は、隣にいる甲斐を振り返る。

「なんの事だ?」

「俺の事もボランティアなんでしょ?」

きっかけは甲斐が誘ってこういう関係になった。が、決して嫌々では無い、しかし忠は甲斐に愛していると

告げる資格が自分に無い事を知っている。

「いいや、伝説の甲斐義之をボランティアで抱けるとは思わないけど?これは、あれだ、宝くじに当選した

というたぐいの・・・」

話していて、自分でも馬鹿らしいと思う。安い言い訳だ。忠はかなり不器用な自分に嫌気がさす。

「本命が現れるまで・・・なんて言ったけど、俺が本命になりたいくらいだ」

これは本心だった。

「玲二との事、妬いてくれてるんなら、嬉しいけど」

少しおどけて、ごまかそうとしてみる忠を、甲斐は真剣な目でじっと見つめて口を開く。

「ええ、嫉妬してます、きっと彼は貴方の好みじゃない。貴方の好みは俺だとか、自分で慰めたりして」

「うん、大当たり。でも、あいつは性依存性で、ほっとくと、またいた場所に帰るかも知れない、だから抱いてやらないといけない。

ここに来た時のあいつは、全身傷だらけで、ボディピアスで体に穴あけられて、他人に見せられる身体じゃなかった。俺はあいつを

まともにして、養子にするつもりだ。勿論、愛人にするためじゃなく、俺の事業を継がせるためだ。一代で終わらせる気はないからな」

そこまで打ち明けられて、信じないわけにはいかない。甲斐は忠に惚れ込んだ自分を認めるしかない。

「ああ〜物分りのいい俺って損してますね」

「もう少し我が儘でもいいのに」

そう言って忠は甲斐を抱き寄せる。

「行かないで〜とか、言って欲しい」

甲斐は忠に伸し掛り、顔を近づけながら言う。

「そう言ったら、行かないでくれますか?」

その問いには答えず、忠は甲斐にくちづける。甲斐には言ってもどうしようも無い事だから、あえて言わないのだ。

「無理には来なくていいですよ。忠さんももう歳なんだから無理しちゃだめでしょ」

そんな冗談でごまかす甲斐が切なくて、忠は甲斐を強く抱きしめた。

「俺こそ、お前を愛する資格があるのかどうか、わからないんだ」

それは甲斐にとっても同じ事だ。誰にでも優しい忠の本心が分からず、想いを持て余している。

史朗と別れて、それでも忠と新事業に邁進できるのは、忠によって満たされているお陰だと感謝はしている。ただ、忠は

自分との情事で満たされているのかどうかは自信がない。そっと忠の下腹部に手を添え小動物を愛するように撫で摩って煽ると

それはすぐ硬さを増して反り返る。

「こんなにいい反応するんだから、資格は大アリだと思いますけど?」

歳だから無理するなという前言は撤回しなければならないと、甲斐は苦笑する。

「理性的な外見に似合わず、下半身は野獣ですよね。そういうところ大好きです」

そう言いつつ、伏し目がちに腰を上げて、甲斐は狙いを定めて忠の杭を自らの後孔にあてがい、ゆっくり腰を下ろす。

苦しい息を吐きながら、忠は甲斐に飲み込まれてゆく自らを全身で感じる。

「資格とか、ボランティアとか、嫉妬とか、どうでもいいです。もう何も考えないで、頭を真っ白にして、ただ感じてください

そして・・・忘れさせて・・・」

全てを忘れたいのは甲斐の方だった。いつも記憶が飛ぶくらいに求めてくる彼は、何処かヤケっぱちに思えて、忠には辛い。

何と罪深いのだろう、甲斐から史朗を取り上げて、甲斐を慰めるという言い訳で、長い間片思いした甲斐を手に入れた自分に

忠は自己嫌悪を感じる。そして罪を感じれば感じるほど、湧き上がる背徳感に情欲が掻き立てられる。

相反する心と下半身は、激しい甲斐の動きに徐々に快感の波に飲み込まれ、一つとなり海岸に打ち上げられる。

「忠さん、イッた顔、エロい・・・」

忠の上に倒れ込んで、首筋に唇を寄せた甲斐はそうつぶやく。

「そんなの、見るなよ。恥ずかしいから」

「もっと見たい、俺の中で感じて欲しい」

嫉妬から来た激情なのか、甲斐は忠の肩口を強く吸ってマーキングした。

「忠さんは誰にも渡さないから」

帰って玲二に見つかったら何と言われるかわからないと、ため息をつきながらも、忠は甲斐の独占欲の赤い痣が愛おしかった。

こんなに情熱的な甲斐が、史朗の前でクールでいるために、どれだけの想いを飲み込んだのだろう。

「俺はお前だけのモノだから、心配するな」

そんな忠の一言で、心が安らぐ。信じるに値するのかどうかさえわからない、その場限りのセリフさえ、今の彼には癒しだった。

そして、全力で信じたかった。

部屋を出てゆく忠の背中を見送りながら、甲斐は自分が思っている以上に、忠の事を愛している事に驚く。

最愛と感じた史朗の事さえ忘れてしまうくらいに・・・だんだん史朗の事を思い出す回数が減り、過ぎ去った恋と割り切るようになった自分に

嫌気がさす。風の便りでは、史朗は庶務課で雑用の日々を過ごし、まだ、甲斐といた部屋に住み、一人傷心の日々を過ごしていると

聞く。もう会う事もない遠い所で、甲斐はただ、史朗が最愛と出会い、幸せになる事だけを祈っていた。

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