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「すみません、昨夜はやりすぎました」
次の日の夜、風呂上りのビールを飲みながら、甲斐はすまなさそうな顔をする。朝はちゃんと起きられはしたものの
仕事を終えて家に戻ると、疲れが出ている忠を見て、反省した。
「お前は生き生きしてるな、俺もう年なのか・・・」
しかし、確かに他人でなくなって、やっと今までのよそよそしさが消えて、気が楽になった。そのせいか食後にビールを
一緒に飲む事にしたのだ。
「今まで間借り人みたいだったなあ、お前」
「忠さんこそ、自分の家なのに遠慮して、変でしたよ。俺はこれでどんな位置になるんですか?公私共の相方とか
パートナーとかですか?」
そう恋人というには、この状態は無理がある忠と甲斐はお互いの腹の中を無言で探りあっていた。
「お前は、好きでない奴ともこういう関係になれるのか?」
え?一瞬きょとんとして、甲斐は笑いだした。
「やだなあ、まさか〜何のボランティアですか?好きでもない人とは無理ですよ」
そう言った後、甲斐は忠が支倉社長の養子になり、社長の座を得るのと引き換えに孝雄の愛人になっていた事を思い出して
言葉を濁した。愛情のない愛人契約の中に忠は身を置いていたのだ・・・
「俺はつまり嫌われていないんだな、そして身体だけが目当てのヤリ目でもないという事と、とっていいのか」
ええ・・・渋い顔をして甲斐はビールを一気に飲み干す。
「心外ですよ、そこまで俺は軽くないつもりなんですけど?」
「すまない、相思相愛になった試しが無いもんでな・・・」
ちびりちびりとビールを飲みながら、忠はため息を付く。なんだか自分がとても不幸に思えてくる。
「確かに、すぐ乗り換えたと思われても仕方ないんですが、俺はこうして傷心を癒すタイプなんです。勿論、誰でも
いいわけじゃない、忠さんだからなんです」
忠は頷く、そうだ、まだ甲斐の中には史朗がいる。彼は忘れようと必死なのだろう。
「ということで、そろそろ飲むのやめて、慰めてください」
向かい合って座っている忠のテーブルに置かれた手に、甲斐はそっと自分の手を重ねる。違和感なく、すんなり自然に
甘えることが出来る甲斐が忠は羨ましい。そしてそれが彼の魅力でもあった。
「誰にでも、こんなに積極的なのか?」
会社でのクールさの微塵もない甲斐の姿に、忠は戸惑う。すると甲斐は少し拗ねたように目を伏せて
重ねた忠の手を強く握る。
「いいえ、忠さんがあんまり消極的だからですよ。自信無くしそうなんですが・・・俺は魅力ないんですか?
それとも貴方のタイプじゃないんですか?」
そのどちらでもない、忠は甲斐の身体だけが欲しいのではなく、心まで独占したいのだ。おそらく、甲斐が自分を
思う以上に、自分は甲斐を愛している。嫌われたくなくて無理をして、いい人を装っているのだ。
まるで、史朗に対する甲斐のように・・・
支倉の屋敷で会った時から密かに片思いしている事を知られたくなくて、気のない素振りをしてきた。
甲斐が史朗とつきあい出してからは、2人の邪魔をしたくなくて、甲斐の事は諦めていた。
そんな甲斐が今、自分と、こんな風になっているとは、戸惑って当然だろう。
「今日は土曜日だから、明日は休みですよね。朝まで付き合って下さいよ」
平気な顔でさらりとそんな事をいう甲斐が、忠は恐ろしい。見かけによらずタフなのだろう。
想定外の結果ではあるが、この状態は悪くないと思える。同居し始めた頃より、はるかに2人は自然に暮らして
いるからだ。ただ、忠は甲斐が最愛に出会った時は身を引くつもりでいた。それまでは甲斐の傍にいるつもりだった。
「すまない、お前と武田を引き離した罪悪感で一歩引いてしまっていたんだ。ずっと俺はお前に片思いしてたんだぞ」
甲斐は立ち上がってテーブル腰に身を乗り出し、忠に顔を近づけた。
「自信持って下さいよ、仕事出来て容姿も性格も申し分ない貴方が、モテない訳無いじゃないですか?そのうえアチラも
極上って反則です」
そう言いながら、だんだん近づいてきた甲斐の唇が忠の唇に重ねられる。
忠には甲斐が無理をしているように思えてならない。忠を好きな振りをして寂しさを紛らわせているような・・・
それとも、その考え自体が忠の自身の無さなのだろうか。
なんにせよ、甲斐は見かけによらず快楽主義のようだ、そして忠はそんな甲斐が愛しくてたまらない。
「それに、忠さんは忠さんと呼ばせて、俺のことは甲斐って呼ぶの、おかしいでしょ。義之って呼んでくださいよ」
それは忠には、言い慣れなくて不自由だった。なぜか甲斐は甲斐でしかないのだ。
「よ・・・義之・・・」
何処かぎこちない。
「史朗もなかなか慣れなかったんですよ、プライベートではそう呼べと言い聞かせたのに。言いにくいんですか?」
史朗のその気持ちは、わかるような気がした。答えに困っていると甲斐は忠から身を離し、寝室に向かう。
「言わないと俺も、松田さんって呼びますよ〜」
明らかに拗ねていた。なので、忠はやけになって甲斐の名を呼ぶ。
「義之〜」
すると嬉しそうに甲斐は振り返り、にっこりと笑う。
「はい、忠さん」
こんなに可愛い甲斐をプライベートで、自分だけが見ることが出来るという特権に忠は酔いしれて、甲斐の後を追う。
そして、ベッドに腰かけている甲斐にくちづける。今度は深く、互いの舌を絡ませて貪りあう。ようやく、忠が本気に
なったようで、甲斐は安心した。自分だけが忠を欲しているようで切なかった、お情けで抱いてなど欲しくない。少しくらい
強く求めて欲しかった。
ゆっくりと甲斐は身を横たえ、忠の背に腕をまわす。パジャマの下から侵入した忠の手が甲斐の胸をまさぐり、突起を
指で弄ぶ。唇が塞がれたままで、吐息も漏らすことができないまま、甲斐は身悶えする。ジワリジワリと快感が体の中央に
集中してゆく。
熱くなる身体を持て余して、腰を押し付けると、堅いモノが触れた。
「忠さん、忠さんももう・・・」
「俺のほうがお前の何倍も惚れてるんだぞ?」
和真さんよりも?とは訊けなかった、しかし、とても気になった。忠にとって和真は何で、自分は何なのか。
少なくとも、忠は和真とはこんな事はしない、自分だけの特権である。しかし、だから自分は和真の身代わりなのだろうか・・・
そんな事を考えているうちに、甲斐は前をはだけられ、ズボンを下ろされていた。
「朝まで何回もするんなら、一度抜いておこうか?というか、今夜は何度イけるか試してみよう」
そう言って忠に勃ちあがったモノを口に含まれた。
「あ、私だけですか?ダメですよ!ずるい」
抵抗しても遅い、長い愛人歴の中で鍛えられた舌技で甲斐はあっという間に精を吸い取られる。
「それ、支倉さんにもしてたんですか?俺なんか敵わないはずだ」
自分と孝雄の関係は終わった、しかし、忠と孝雄は最後まで続いていた。甲斐は忠から孝雄を奪うことが出来なかった。
甲斐はただの孝雄のひと時の浮気の相手でしかなかったのだ。
「そうか?お前も中々の強者だと思うけど?」
と甲斐をうつ伏せに寝かせながら、忠はパジャマのシャツを剥ぎ取る。
「背中攻めいくぞ」
え、その言葉を聞いたでけでも、甲斐はぞくりとする。
そして忠の唇がうなじを這い回り始めると、再び下腹部が熱くなるのを感じる。
「そこっ、あんまりしつこくされたら、おかしくなりますっ・・・」
すっと背骨に沿って降りてくる唇に、悶えながら甲斐は苦しい息の下でそう言う。
「おかしくなってもいいぞ。俺は義之が感じるところが見たい、お前の声とうねる肢体が俺を刺激するんだ」
そう言って甲斐の手を取り、忠は自らの下腹部にその手をあてがった。
忠の硬く熱い肉の塊に、甲斐は欲情して腰をくねらせる。昨夜の感覚が甲斐の体内に蘇り、熱病のように身体を火照らせた。
「もう、ください、欲しいです・・・」
「まだだ」
いくら昨日の今日とは言え、準備も無しに挿入は無理があると思われた。
「嫌です、意地悪しないでください・・・」
苦笑しつつ、忠はローションを塗り、指を甲斐の後孔に差し込んだ。指は思ったより、すんなりと挿った。
「準備はしておきましたから、挿ります」
いつの間に・・・と思いながら忠は、そっと自らを甲斐の後孔にあてがうと、甲斐は待ちかねたように、ヒクつかせながら忠をすんなり
飲み込んでいった。
「浴室で自分で解しておきました、夜、帰ってきた貴方の顔を見ると待ちきれなくて、本当はすぐにでも挿れて欲しかった
から・・・」
そんな可愛いことを言われて、忠は愛情が爆発してしまいそうになる。
「動くぞ?」
それに答えるように甲斐は、腰をさらに高く上げた。