しばらくのあいだ、忠は支倉の支店の仕事をしながら、次の事業に着実に取り組んでいた。

忠の部屋で、甲斐は史朗から身を潜めつつ待機し、その期間は主夫業を主にこなしていた。

「お帰りなさい松田さん、カレー作っときましたよ」

学生時代から自炊していたので、甲斐は主夫をそつなくこなす。ただ、自分一人だとついコンビニ弁当や

インスタントに頼る癖があり、史朗に心配されて世話をされていたため、甲斐の主夫の実力を史朗は知らない。

また、知らせなかった。男らしさをアピールしたかったのだ。

「ああ?そうじゃないだろ?お帰りなさい〜お風呂?お食事?それともわたし? だろう」

そんなに愛想のいい方ではない忠の、真面目顔から飛び出るジョークに甲斐は絶句する。

「・・・そういうの好きなんですか?」

忠のペースに巻き込まれて、甲斐は落ち込む暇も無い。忠は本当に肯定的思考を持っている

パトロンに契約を反故にされ、会社からも追い出された身分でありながら、落ち込むという事を

知らないのではないかとさえ思う。なので、甲斐は一緒にいて心地よかった。

「すみません、俺は早々に退職して、こんなにのんびりさせてもらって・・・」

食卓にカレーの皿を並べつつ、甲斐は笑う。

「いいんだ、時間差攻撃しないと一緒に支倉から消えたら変だからな、特に武田に勘づかれたらまずい」

武田という言葉にまだ反応してしまう甲斐は、ため息をついた。

「元気にしてますか?」

「訊くなよ」

苦笑しつつ椅子に腰掛ける忠に、甲斐は苦笑した。愚問だった事に気づいて。

支社にいても聞こえて来るのは、甲斐の虎の都落ちと憔悴ぶり。聞いても甲斐にはどうする事もできない。

しかし、史朗は甲斐離れしないといけない。

「耐えろ、和真は実力のある社員をほっては置かない。日下だって、ほとぼりが冷めたら、武田を呼び戻すはずだ」

はいー 甲斐は頷く。そう信じたい、信じようと。

「しかし、こうして甲斐が夕食作って待ってくれていると、仕事から帰る楽しみが出来て、まっすぐ帰ってきてしまうなあ」

「すみません、気を使わないでいいんですよ?会社の飲み会とかあるでしょうし、恋人連れ込めなくなっちゃったから

どこかでお泊りの時は、連絡して下されば勝手に休みますし・・・」

カレーを食べ始めた忠に、サラダと水を差し出して、甲斐も席につく。

「俺の私生活の心配してくれてるの?落ち武者を飲み会に誘う奴いないし、残念ながら、恋人もいない。勿論セフレの類も

いない。お前が思ってるより俺は堅いんだぞ」

「モテそうなのに残念ですね」

それは本心だった。史朗と出会わなければ、甲斐は忠を好きになっていただろうと思う。いや、史朗と別れた今、心の何処かで

忠とそうなる事を望んでいる自分がいる。

「お前は見かけによらず自由奔放だな」

甲斐は苦笑する。よく言われる事だった、見かけは堅物に見えるらしい。清純なフリした淫乱・・・関係を持った男達にそう言われた。

自分でも自覚している、快楽に弱いのだ。

「羨ましいよ、心のままに誰かを一生懸命愛せるお前が」

「そんなに美化しなくていいですよ、ただのケツのゆるい男なんです。今だって史朗と別れて、こんなに落ち込んでるのに、1ヶ月の

独り寝にも耐えられない淫乱で・・・」

そんな甲斐の自虐的な告白を、忠は表情を変えずに聞き、食べ終えた食器を手に席を立つ。

「ごちそうさま、たまには出かけていいぞ?新しい恋とか探して・・・」

甲斐に背を向けて、食器を洗いながら忠は静かにそう言う。

「それって、ハッテン場にナンパに行けとかそういうことですか?」

甲斐義之の口から出た言葉なのかと疑うような言葉に、忠は驚いて振り返る。

「そうは言っていない。落ち着け、自分を貶めるな」

言葉を無くして、俯く甲斐の食器を回収して洗いつつ、忠は自責の念に駆られる。自分が甲斐と史朗を引き離したのだ。

「先に風呂に入れ、後は俺がやっとくから」

トボトボと浴室に向かう甲斐を背中で感じつつ、忠はそんな甲斐を放っておけなくて傍にいるにも関わらず、何の役にも

立てていない自分に嫌気がさす。

毎夜、窓から見える月を見つめる淋しげな甲斐の背中をどうすることも出来ないまま、無力な自分を責め続けた。

和真のために、他人まで犠牲にした罪の代価のように、疼く心を抱えて忠は最後に食卓を拭く。

昔、支倉の屋敷で初めてあった時、甲斐に一目ぼれした。しかし、彼は孝雄の恋人だ、叶うはずもない恋は胸の奥に沈められた。

その甲斐は今はフリーだ、しかし、永遠に甲斐を得る機会をなくしたと思った。甲斐と史朗を引き裂いた自分が、甲斐と恋人に

なれるはずが無いのだ。史朗と別れてほしいと言った時、忠は甲斐のことも永遠に諦めた。

後片付けを終えると、忠は紅茶をいれて飲む、テーブルには、甲斐の分もいれて置いておく。浴室から出てきたらちょうど

いい具合に冷めているように、時間を合わせて・・・

「お先でした、忠さんもどうぞ」

ああ、と立ち上がる忠の前に置かれた、自分の紅茶を見て甲斐は少し顔がほころぶ。

「忠さん、どうして知ってるんですか?俺の猫舌」

「秘密」

そうつぶやいて浴室に入ると、忠は苦笑した。

(言えるわけないだろう、お前の事が好きでずっと見ていたから・・・って)

甲斐と同居して、平気なわけがない。風呂上がりの甲斐にドキッとしたり、寝起きのぼうっとした甲斐に触れたくなったり

うたた寝している甲斐にキスしたくなったりする自分に呆れている。

忠は、そのうち、落ち着いたら甲斐のマンションを見つけて送り出す決意をしていた。

浴室から出ると、ダイニングにもリビングにも、甲斐の姿が無く、寝室に入ると、忠のベッドに腰掛けている甲斐の姿があった。

「なんだ?相談事でもあるのか?」

「俺もここで寝させてください」

立ち上がって、甲斐は忠の前に立ちはだかる。

「ああ、ソファーで寝させて、窮屈だったよな。俺がソファーに行く」

少し焦って、声が上ずっているのを気にしながら、忠は寝室を出ようと踵を返した。

「いかないでくださいよ。一緒に寝てくださいと言っているんです」

甲斐に腕を掴まれ、振り返った忠に甲斐は抱きついてきた。

「夜、ひとりでいると史朗の事ばかり考えて眠れないんです。松田さんのせいなんですから、責任とってください」

ざああぁー 忠の身体から血の気が引く音がした。甲斐への想いを封印したばかりなのに、なんという試練だろうか。

「それは、添い寝しろということか」

「まさか、そんな童貞みたいな事、言わないでください」

ええっー クールな甲斐義之のキャラが豹変していた。いやこれが本性なのか・・・忠は困り果てた。

「確実な相手が目の前にいるのに、ハッテン場でナンパする気なんて起きませんよ。松田さん俺のタイプなんです」

そんな・・・両想いか、相思相愛なのか・・・忠の脳内はパニックしていた。

「嫌だと言う資格ありませんよ?俺と史朗を引き離した責任はとってもらいます。同じ男取り合った仲なんて微妙ですけど

松田さん、もともとは攻めなんですよね」

まさか、甲斐と同居して、自分が甲斐を襲うことはあっても、甲斐に襲われる事は無いと思っていた。傷心の甲斐に

つけ込むような卑怯な真似だけはするまいと心に決めていたのに・・・

「自分を大事にしろよ、やけになってるんじゃないのか?」

何やらクサいセリフを口走った気がしながら忠は、自分を制御するのが精一杯だった。甲斐はじれてベッドに忠を押し倒す。

「俺は、ケツが軽いんで、そんな大した決意いらないんです。それに淫乱な質で、何ヶ月もヤらないでいられないんです」

それをヤケというのではないのか・・・・と反論する暇もなく、忠は甲斐にパジャマを脱がされた。

「大体、松田さんは性欲処理をどこでしてるんですか?はっきり言って、俺が来てからこの1ヶ月、誰ともヤってないですよね

溜りませんか?」

馬乗りになって、甲斐がそう言いながら自分のパジャマを脱いでゆく。

「お前、キャラが変わってないか?」

「これが史朗には晒せなかった、本来の姿です。萎えますか?って、萎えてませんね」

甲斐に抱きつかれた時点から序々に反応し始めた”それ”は、甲斐に触れられてさらに大きく反応した。

「萎えるどころか、はち切れんばかりですけど、どうします?」

それを訊くなと言いたいところだが、忠はようやく心を決めた。甲斐が最愛を見つけるまで、史朗の代わりに傍にいる事を。

甲斐のしたいようにしてやろうと・・・それは甲斐を愛している忠には、とても辛い事ではあったが。

「解った、据え膳はいただく事にする、けど、お前かなりひさしぶりだろう、いきなり突っ込むのは無理だぞ。ゆっくり可愛がって

やるから・・・」

甲斐の背に腕を回して引き寄せようとした途端、甲斐はそれをすり抜け、忠の下腹部に顔を埋めた。

「じゃあ、一回抜いて置かないと松田さん辛いですから」

えっー いきなりの口淫に忠は身を引くが、甲斐に押さえつけられて逃げられず、ただ身を任せていた。

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