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最後の夜はいつもと変わりなく過ぎてゆく。

「史朗、すまなかった。お前まで巻き添えにしたな」

忠に史朗を和真に譲れと言われて3日3晩、甲斐は悩んだ。そんな甲斐の隣で史朗は言い知れない

不安を感じていた。

「いいえ、悔いはありません。やるだけはやった結果ですから、甲斐さんとならどんな部署でも頑張れます」

寝室のテーブルでお茶をしながら、史朗は無邪気に笑う。多分、史朗なら甲斐のために出世コースさえ棒に振る

だろう。ただ、甲斐だけが全てー だから身をひかないといけない事は重々承知だった。

武田史朗は能力のある男なのだ。社会でその能力を十分に発揮するべきなのだ。自分の隣では史朗は、甲斐の虎でしか無い。

史朗は十分に甲斐以上の位置に立てるというのに・・・

「お前なら、どんな俺も受け入れてくれただろうか?弱かったり、依存したり、くじけたり・・・」

どうして今まで、史朗に本音で付き合えなかったのか、悔やまれる。

「甲斐さんが優秀だから好きなんじゃありません。甲斐さんは甲斐さんだから、俺は好きなんです。もっと頼って

くれたらといつも思います。でないと、もしかしたら甲斐さんは俺なんか好きじゃないかもって心配になって・・・」

甲斐はテーブル越しに史朗に口づけた。きっと史朗はどんな自分も受け止めてくれたのだろう、だが、甲斐は自分の

殻を脱げなかった、そして史朗を不安にした。

「俺は、お前に嫌われるのが怖くて、本音を出すことが出来なかった。今更遅いけどな」

「いいえ、これから始めましょう。遅い事なんてありませんよ」

甲斐は部屋の明かりを消す。表情を悟られてはいけない、涙を見られてはいけない。史朗に引き止められたら決心が鈍る

「そうだな」

そっと史朗をベットに誘い、横たわらせる。

「はじめようこれから。きっとうまくいく」

そう、史朗は和真とうまくいく。史朗の相手という目で、和真を見つめ続けて甲斐は、忠の見る目が正しいことに気づいた。

だから、決めたのだ。

「大丈夫ですよ、甲斐さん。俺がついてますから」

首筋に腕を回して史朗は甲斐を抱擁する。気を使わせて、心配させて、慰労されて・・・甲斐は自分自身が史朗に頼りっぱなしだった

事を知る。

「ありがとう、史朗がいてくれてよかった」

甲斐は史朗の首筋に顔を埋める。これが最後、そう決めた。史朗のために、そして、自分自身のために。

全てを晒せない恋はいつか終わる。お互いが疲れ果てて、ボロボロになって。だからもう、傷の浅い今、終わらせる。

「これからも、傍にいます。ずっと、だからどこにも行かないでくださいね」

明日のない約束は、月の光に消える。史朗は甲斐という殻から出て、大きな蝶となり、羽ばたくのだ。甲斐はそう信じている。

それでも、傷ついてボロボロになってもいいほどに、史朗を愛していた。そしてその愛ゆえに、史朗から身をひくのだ。

しかし、いつもと変わりのない夜が続く。

「義之さん・・・」

耳元で聞こえる史朗の声を、胸の奥に収めながら、甲斐は史朗の脚の間に我が身を割り込ませる。史朗とこうなるまでは

まさか、自分が攻めになるとは思いもよらなかった、見よう見まねの攻めもやれば出来るものだと思った。

しかし、違和感はあったのかも知れない、が、それさえ、気づかないほどに史朗を愛していた。

改めて思えば、滑稽でもある。それでも甲斐は必死で史朗を愛していた。挿入される方と、する方のどちらがいいかと訊かれれば

されるほうがいいが、史朗にかぎっては、する方だ。大学生の時に女と付き合っていたストレートのはずの史朗が、何故

甲斐をすんなり受け入れているのかは謎だが、甲斐の腕の中で乱れまくる史朗が愛しくてたまらず、つい嵌ってしまった。

史朗を征服し、所有している感覚に溺れていたのだろう。

(誰にも渡したくなかった)

強く差し入れられて涙目になった史朗の顔を見つめつつ、甲斐は胸を痛める。絡みつくような史朗の中に

だんだん理性を奪われつつ、しかし、今夜は最後の最後まで、何一つ忘れまいと誓う。

「よしゆきさ・・・」

二人だけの時限定で、呼ばれる名前はもう聞くことはないのだろう。甲斐自身も、これからは史朗ではなく、武田と呼ばなければ

ならなくなる。

「愛してる、史朗・・・」

史朗の中に激情が放たれると同時に、史朗の胸元に白濁の飛沫がかかった。

いつもと変わり無い夜ー

「これで良かったのか?」

次の日、退職届けを郵送し、マンションを引き払い、忠のところに身を寄せた甲斐に、忠はそう言う。

「原因はあなたでしょ?よく言えますねそんな事」

いや・・・俯く忠は申し訳なさそうな顔をした。

「当分、ソファー借りますよ。あんまり急なんで、部屋さえ探す暇もなかったんですから」

「あーベッド使っていいぞーダブルだし〜俺は構わん」

おどけた口調にいくらか救われて、甲斐は長い間、忠と同居する事となる。

「寂しかったら俺を襲っていいぞ、俺もフリーだから。性欲処理に使わせてあげる〜」

そうですね・・・甲斐はぼんやり笑った。史朗に出会うまでは、特定の恋人がいても、割り切った一夜の関係はアリだった事を思い出す。

(どんだけ俺、一途だったんだろう・・・)

自分でもおかしいくらいに史朗だけの日々だった。

「松田さんにはあったんですか、割り切った体だけの関係が?」

クローゼットにスーツをしまい込みながら、甲斐はふと訊いて見る。

「勿論ない!パトロンのいる身の上で浮気はないだろう。孝雄さんはアリだけど、俺は駄目だと思うぞ」

「真面目なんですねえ・・・」

黙々と荷物整理する甲斐を、忠はベッドに腰掛けて眺める。

「俺は真面目だ。お稚児やってた時も真面目にやってた」

意味がわからないまま、甲斐は頷く。

「じゃあ、俺達も真面目に同居でいいですね」

そう言いつつも、甲斐はなんとなく、忠と関係を持ちそうな予感がしていた。望む、望まないに関わらず。大学生の時、支倉の屋敷で

鉢合わせした時から、そんな予感はしていたのだ。

「ま、待て・・・俺はお前の守備範囲に入ってないのか?」

ふっー 謎の笑いを残して、甲斐は再び荷物整理を始めた。知られてはいけない。孝雄と別れたあと、甲斐は忠が気になっていた事を。

容姿も好みで、性格もいい、仕事に関しては言うまでもない。しかし、元カレの隠し子と付き合うのは微妙だった。隠し子ではなく

実は愛人だと知るとさらにタブーになった。そんなこんなでいつの間にか、史朗と深い仲になっていたのだ。

「松田さんは、どうなんですか?俺の事」

孝雄とは別れたと聞いて、甲斐も少しは忠が気になってはいる。しかし、最愛の史朗と別れてきたばかりで、本気にはなれない。

「凄く好みだけど。でも、だからヘッドハンティングしたんじゃないぞ?能力のない男は傍に置かない主義だからな」

「光栄です」

忠に認められたなら、甲斐も本望だった。

「でさ、能力有り尚且つ、好みの秘書なんてもう最高だよな〜公私混同したいくらいだな」

いつか、この人の右腕になりたい、公私ともに女房役になりたい。甲斐はそう思った。たとえ、今は無理でも。

今はまだ、もう少し待って欲しいと、心の中で願っていた。

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