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支倉との商談を終えて、志月は玲二と共に忠に連れられて、レテノールマンションに向かった。

「隣同士の部屋をセットで販売、賃貸の二世帯マンションがここの売りだが、親子、兄弟、親戚

友人、どういった関係であれ利用可能で、別々に隣同士借りるより、割安で必ず隣が空いている

これがウチの売りなのだが・・・」

エレベーターの中で忠は、そう語り始めた。

「これをさらに展開させて見たのが・・・」

と最上階の奥から2番目の部屋のドアを開けた。間取りは特に特別どうというわけでもなく、リビング

バス、トイレ、キッチンとあり、部屋が2つあるのだが、驚いた事に部屋の壁を横に引くと、奥に

もうひとつの部屋が現れた。

「隠し部屋ですか?」

と志月はその中に入る。狭くも広くも無いスペースに、すでにダブルベッドが置かれ、スタンドとカーテンも

装備されていた。それを見て、玲二はあっと声をあげる。これらは玲二の今、住んでいる部屋にあった物たちである。

「ちょうどここが隣の部屋との真ん中にあたるんだ」

と忠が反対側の壁を開けると・・・

先ほど見た部屋と同じ間取りの部屋が現れた。この部屋にはもうすでに、冷蔵庫やテレビ、ソファーなどの家具や

食器類が揃っていた。

「ちょ、父さん、いつの間に僕の荷物を移動させたの?会社に行く前には、あの部屋に全部あったはずだけど?」

キッチンの食器棚や、クローゼットを確認しながら玲二が叫んだ。

「引っ越す話はしたはずが・・・大変だったぞ?引越し屋に大急ぎでさせたんだ。といっても仮住まいだったから

これらは最小限の家具だろ?」

いや・・・そういう意味じゃなく・・・玲二はかなり動揺している。

「今日からここに住め。お前は志月に貸すこの部屋のオプションなんだから」

そう言いつつ、さらにその部屋の玄関のドアを開けて、廊下に出る。そこはちょうど、先ほど入った部屋の隣の部屋の

廊下である。つまり、ここが最上階の一番奥という事になる。

「ほかの部屋は、このように繋がってはいない。限りなくご近所ではあるが、プライバシーは守られている状態だ。しかし

この部屋だけは真ん中でつなげてみた。自由に行き来き出来る状態でだ」

3人は再びドアを開けて中に入る。

「いったい誰を対象に、こんな事をしたんですか?」

中はつながっていて、出入り口は別とは、玲二も頭を悩ませる。

「例えば、自宅と、仕事用に分けるとか、ほら、在宅勤務の人や、作家のような職業はオフィスを持たないので、私生活の空間と

切り離したい事もあるかと・・・」

なるほど・・・一般的ではないが、特殊な職業には必要かもしれない。志月は頷く。

「しかし、これも試作なので、改善するところは大アリだと思う。そこで、部屋を探している志月に実際住んで感想を聞かせて欲しい。

毎月調査書を書いて提出してくれれば、無料で貸すよ。これもオプションで付けるけど?」

と忠は、玲二を志月の前に押し出す。

「ちょ、父さん・・・」

ようやく玲二は、忠の本当の思惑を悟った。

「つまり、同棲のカムフラージュのための部屋って事?」

世間的にはお隣さん、しかし中はつながっていて自由に行き来きできる。

「真ん中の部屋の隠し扉っぽいの、怪しいと思ったんだ。つまり、あれは隠し部屋で、寝室って事」

忠は満足げに玲二に微笑みかけつつ、背中をバンと勢いよく叩く、。

「やっとわかったか〜志月とお前が逢えなくて不自由しているだろうと、新作のモニターに抜擢して

やったのだ。改善を繰り返し、最終的にはカムフラージュ専用マンションを作る。これはVIP対象だ。

秘密厳守でウチから管理人も派遣する」

「つまり、レテノールS のSはシークレットって事?」

忠の発想に感心しつつも、呆れてしまった玲二は苦笑した。

「表の意味はスペシャル。VIP用だからな」

それはそうだ、ひみつのマンションなどと名づけては、カムフラージュの意味が無い。

「父さん、これって父さんの需要から来た発送だよね?で、真ん中の部屋にベッド運ばせたら

引越し屋にバレたんじゃないの?」

「そういう時は、壁ドアを全開させれば、真ん中と手前の部屋はひとつの広い部屋になるんだ」

と忠はドアを全開して見せた。そこまで考えての設計らしい、なるほど、違和感は無い。

「反対側はロックしてあかないようにしておけば万全だ。この状態で昨日、ウチのホテルの清掃員に

ここの掃除もさせた。志月のところは明日掃除させておくから、明後日以降に引っ越していいぞ

オプションは今日からここに住め」

なんだか、今までの部屋を追い出された感は否めないが、これも忠の気遣いであることを玲二は

知っている。

「忠さん、ありがとうございます。これで玲二君と毎晩一緒にいられます」

「こちらこそ、息子をよろしく頼んだよ。愛情に飢えてるから、思いっきり愛してやらないと駄目なんで

結構疲れるかもな」

「まかせてください。望むところです、やっと長年の想いが叶ったんですから」

忠の言葉に、そう答えて志月はドアに向かう。昼休みの時間もそろそろ終わる、再び仕事に戻らなけれ

ばならない。

「じゃあ、また」

と一礼して志月は去っていった。

「へえ・・・志月は、ああ見えてタフだな。やはり、若さの勝利かな」

忠は笑いながら玲二を見た。

「女の志月さんも好きだったけど、男の志月さんは最高に素晴らしいよ」

志月の事を女だと思っていたから、性的な対象ではなかったが、玲二にとって志月は深田家で唯一の

味方であり、恩人であった。志月が男だったら絶対惚れていたと思うほどその人柄が好きだった。

だからその志月とこうして 恋人になれた事は奇跡中の奇跡だ。

「お前、あんな優男が趣味だったのか・・・まあ、俺からしたら超ストライクゾーンだけど」

「別に僕はオヤジ趣味じゃないよ?オヤジに飼われてただけで・・・それに志月さんは、ああ見えてなかなか

体つきが男らしいんだ。よくあれで女装できたもんだと思うよ」

全く・・・忠は呆れながらソファーに腰掛ける。

「なに?まさかスカートの下に大砲でも隠してたのか?」

言葉をなくした玲二を見て忠は爆笑した。

「正解か・・・まさかとは思ったけど」

「父さん!盗らないでね」

盗らないよ、と忠は手をひらひらさせる。盗れるとも思わない、志月にとっての恋愛対象は玲二だけなのだから。

「玲二、レポート提出は志月だけじゃなく、お前もだぞ?この機会にレテノールの経営の方も意識しろ、奇抜な

アイデアを待っているぞ。ここは愛の巣であると同時に、お前の職場でもあるんだからな」

はあー 忠はいつも抜目がない。ため息をつきながら玲二は覚悟をする。

「ここで志月さんと、いちゃつくだけじゃ駄目だという事だね。父さんは本当に仕事熱心だ」

しかし、おかげで今日から志月を朝まで独占できる。それはどんな代価を払っても惜しくはないくらいだった。

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