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一夜明けての平和な支倉カンパニーの社長室、、史朗がいれたコーヒーをデスクで飲んでいる和真の

前に、玲二が辞表を差し出した。

「え?!」

わけのわからない和真は、まさに青天の霹靂である。史朗は昨日聞いていたので驚かない。

「どうしたんだ・・・」

「今日付けで松田玲二になりました、松田忠さんの養子になったんです。それで後継者としての修行のために

ルナ・モルフォの社員として働くことになりました」

ええ〜〜〜ただの忠の差し向けた忍だとばかり思っていたら、後継者候補だったとは、和真にとっては寝耳に水である。

村井さんに引継ぎでいいですよね。喜ぶだろうな〜僕の事、あまりよく思ってなかったから。後から来て大きな顔してって

怒ってたでしょ?それに、村井さん、武田さんに憧れてるから直属の部下なんて超ラッキーなんじゃないかな」

余計な事を言って和真を不安に陥れているのは、わざとである。先程も朝一番で、出社してきた史朗にこっそりと

玲二が囁いてきたのだ。

ー 武田さん、昨日帰ってから、社長のお守り大変だったでしょう?嫉妬で火がついてアチラも激しかったんじゃないですか ー

昨日少しばかり玲二に同情した事を、史朗は後悔した。こいつはもともと、こういう黒い奴なのではないかと思う。どう見ても

深田をはじめとする、変質者のオヤジに黒く染められたわけではなさそうだと・・・しかし、これでも恩人である。

山車に使われたとしても、恩人である。

「あ、でもここでは菊川と呼んでくださいね。退社するまでは内緒ですよ?養子の件」

ああー頭が混乱したまま和真は頷いた。いつかは出ていくのだろうと思っていたが、こんな結末は想像もしていなかった。

第一、忠が結婚もしない身で養子を取るなど、わけがわからない。

「じゃ、今日もよろしくお願いしますね」

にっこりと笑顔で部屋を出てゆく玲二の背を、ぼんやりと見つめる和真に史朗は苦笑する。どこまで話すべきなのか

困ってしまうのだ。

庶務課から届いた郵便物を、応接間のソファーで確認しながら、史朗は意外な差出人からの封書を目にした。

「あれ?赤石の社長の結婚披露宴の招待状ですよ?」

何を寝ぼけたことを・・・和真は呆れて席を立ち、史朗のいるソファーまで歩み寄り、封書を覗き込んだ。

「あいつは俺の元嫁の友里恵と既に結婚を・・・」

新婦の名前は工藤明穂となっていた。

「社長、別れた奥様のお名前は友里香様ですよ。関心無かったにしても、お名前くらいは覚えていてください」

こんなんだから離婚されるのではないかと思ってしまう史朗である。

「そんな事はどうでもいい、なんでこいつまた結婚するんだ?」

「別れたという事でしょうね、あ!だから東西は援助を切られて、経営難に陥ったという事ですね。しかし、微妙ですね

これ、行きますか?」

あまり行きたくないというのが和真の本音である。返事に困っていると、玲二が再びドアを開けて入ってきた。

「社長!これ見てください」

”手にした週刊誌には”某社長夫人の転落”という見出しの記事が出ていた。

某商事社長と政略結婚したY嬢は新婚初夜から夫と寝所を別にし、A社の社長夫人の病死を待っていたかのように、離婚し

A社社長と再婚した。その後、父親ほど年の離れた夫には満足できず。夫の秘書と密会を繰り返し、事実を夫に知られ

秘書は責任取って退職、Y嬢は莫大な慰謝料を請求され、離婚の憂き目を見る事となった。この事で当初、ただ利用され

コケにされた某商事会社社長を、不甲斐ないと言っていた人々が、今回のことで、人を見る目がある。毒婦に目も

くれなかった男の中の男。などと賞賛する現象が起こり始めた。さらに、愛欲の果てに転落した元社長夫人には

厳しい批判の声が寄せられている・・・・”

「これ、某商事ってうちですよね。それにこの密会写真、顔にモザイクかかってるけど、赤石友里香様でしょ?

あ、今は苗字が東西にもどったのか・・・」

知らない間に、こんな大事件が起こっていたとは・・・史朗は頭を抱える。しかし、一介の社長夫人だ、何故こんな芸能人並に

スクープされているのだろう?まあ、内容としては、かなりスキャンダラスで、いじり甲斐はあるだろう。誰かが雑誌者に

リークしたとしか・・・え?史朗は玲二を見た。

(まさか、こいつ・・・支倉への置き土産に復讐を?)

実際、支倉の横っツラをひっぱたいていった東西は、倒産寸前、元嫁は毒婦として路頭に迷うハメになったが・・・

「え?友里恵こんなんだっけ?全然思い出せないな」

和真は写真を見ながら一人で首をかしげている。

友里恵じゃないですよ。友里香です。元嫁の顔も姿も覚えてないんですか」

さすがに玲二も呆れている。

「まあ、これで社長もトラウマから解放されて、新しい人生歩めますね」

本当にトラウマだったのかどうかも、今となっては怪しいと史朗は思う。何一つ気にしてない和真に疑問だらけであった。

相手が無視する以上に実は、我知らず和真自身が無視していたのではないかとさえ思えた。

「なんにしても、こんな騒ぎじゃ披露宴は不参加にしといたほうがいいかと思いますが」

行けばまた、いろいろある事、無い事書かれるのがオチだ。史朗は招待状をテーブルに置いた。

「招待状なんか送ってきましたか・・・デリカシーないですね、赤石も。まあ、そんなこと言えば、去年の創立記念パーティーに

夫人同伴でくるあたりでもう、空気読めてませんけどね」

もう、あれからそんなに時間が経ってしまったのか・・・和真は赤石の事よりその事が気になる。始めて史朗と知り合ったあの日から

もう一年が経とうとしている。そんな遠い目をして懐かしんでいる和真を見て、玲二はため息を付く、彼にとっては赤石も元嫁も

どうでもいい存在なのだということに気づいて・・・

「あ、ナルシス・ノワールは切らないで保留にしてください。商談は上手くまとまると思いますよ」

何か知っている素振りだ。

「この週刊誌も、秘書課のお局が持ってきたんですけど、たまには役に立つんですね、オブジェも。というか、仕事中こんな雑誌ばかり

見てるんでしょうけど。社長、大奥廃止も考えておいてくださいね。経費削減ですよ?」

と言ってもそれが一番難しい。和真の一番の悩みの種である。やめさせるわけには行かない、しかし他の部署に送るにしても、使えそうにない。

和真は美人秘書を伴った接待や営業はしないので、秘書2課は、はっきり言って、もう使い道の無いものとなっていた。

「皆、一斉に寿退職してくれないかな・・・」

ボソリとつぶやく和真のとなりで、史朗と玲二は顔を見合わせて苦笑した。実はあの女の園が和真は一番苦手なのだ。廃止したいのは

山々で、その事については、いつも重役会議の的となっている。

「度々お邪魔しました」

週刊誌を手に玲二が部屋を出る時、史郎も後を追って部屋を出る。

「この件、お前の仕業か?芸能人じゃあるまいし、一般人の痴話沙汰が雑誌に載るなどありえないだろ」

ふふっー得意そうに笑うと玲二は史朗を見上げた。

「そうですよ。匿名で不倫の現場写真を出版社に送りつけてやったら、食いつきました。こういうネタ好きですね世の中は。ちなみに

この不倫写真は、赤石社長に差し上げるために撮ったモノを使いまわしました。彼、別れたがってたんですよ、若い愛人が

妊娠しちゃって籍入れろってうるさいなんて話を小耳に挟んだから、ルナ・モルフォのプラチナ会員になる約束で証拠写真あげました」

それは、どっちもどっちということか、史朗はため息をつく。クズ人間同士がくっつき、また離れただけの事なのだ。

「ナルシス・ノワールの事だが・・・何かしたのか?」

深田社長の悪行の証拠を握っている玲二だ、脅す目的だけに使いはしないような気がした。

「僕は問題映像を渡しただけです、後は引っくりかえるのを待つだけかな。出来れば社会的に葬り去りたいところですけど。

本当に、深田の屋敷掘り返したら出ますよ、人骨が」

ええ・・・史朗は後ずさった。

「公にならないように闇に葬りたいでしょうね。警察沙汰になれば、ナルシス・ノワールも深田家も共倒れですし」

さらりと事も無げに言う玲二が恐ろしい。誰がどのように葬るのだろう・・・ あまり知りたくないかもしれない。

しかし、とどめの一言を残して玲二は去っていった。

「明日が楽しみだなあ〜」

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