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え?深田は一瞬顔を上げた。

「何故その言葉を・・・」

その時、ドアが開き、玲二が目の前に立ちはだかった。

「タイムオーバーだ高次さん、うちの上司いじめるのはそのくらいにしな。全く、こんなおっさんに盛るなんて

ヤキがまわったな、少年性愛者が聞いて呆れるよ」

ガバッと起き上がり、深田は目の前の玲二に驚く。

「玲二・・・お前、こんなところにいたのか!上司だって?」

「俺は今、支倉の社員なんだ。まともに人生歩んでるから、俺の目の前でこういう汚い事は辞めてくれる?」

そう言いつつ玲二は史朗の手首を開放した。普段とは違う殺気立ったオーラを漂わせて、彼は史朗を一瞥した。

「武田さんごめんね、召喚されなかったら、こいつが貧弱な分身取り出した後で踏み込むつもりだったんだ。

そのほうが絵になるからさ」

そして、玲二はテーブルに置かれている花瓶の百合を手に取って史朗に投げつける。

「お前、それ・・・」

「ごめんね、一部始終録画しちゃいました。高次さんのアレが映らなくて残念だったけど、なかなかいい出来だよ

変態っぶりが半端なくて。一応、武田さん持っててね、俺はもう少し、こいつと話があるから」

百合を受け取ると史朗は、その花弁の中に仕込まれた小型カメラを取り出す。こんなところに仕掛けていたとは・・・

しかし、それよりもこの玲二の尋常でない凄み様に目が離せない。

「まともな人生?笑わせるなよ、お前にそんな人生あるものか、この淫売が」

100%正体を顕にした深田が、玲二の前に立ちはだかる。

「お前は金持ちのオヤジの玩具として生きてゆくしか脳の無い男だ。今のパトロンは誰なんだ?もう年食って誰にも相手に

されないだろうと心配してやってたのに、いたのか?奇特なオヤジが?」

深田は玲二の顎を掴み、持ち上げると、そう吐き捨てた。

「お陰様でね、あんたら変態と手を切ることができたんだ。だから、お礼参りにきたのさ、あんたで最後だ」

支倉では従順で、笑顔の爽やかな新入りを演じていた玲二の、これが本性なのだ。まともでない世界を渡り歩いてきた

男の正体である。

「俺をどうする気だ」

ふっー 玲二は黒い笑みを浮かべた。彼のこの闇よりも暗い胸の奥に、恨み、悲しみ、憎しみ、妬みといった全てのこの世の

毒が潜んでいた。そして、それは彼の表情とは裏腹に、悲しい光を放っている。

「高次さん次第だよ。俺の言うことを聞いてくれたら、今まで通り安泰だ。でも聞かなきゃ、あんたの所業全部リークする。

俺にしたことはもちろん、当時囲ってた10代前半の少年への性的虐待の数々、あんたのとこから出る時、こっそり

データをーコピーして持ってったんだ。後で脅す材料に証拠残しといたんだろうけど、それでもやばいっしょ?相手は

未成年だよ?罪に問われるのは大人なんだから。それに、やりすぎて死んじゃった子も俺、知ってるし。信じられないんなら

見る?」

余裕満々の強気で玲二は、テーブルのノートパソコンを開き、USBを差し込むと出てきた画像を深田にかざした。

ベッドで身なりを整えていた史朗にはその画像は見えないが、まだ幼い少年の泣き叫ぶ声と悲鳴が聞こえてきた。

「やめろ!」

深田が奪うより早く、菊川はノートパソコンを閉じてしまい込む。

「いつかは捕まるって思わなかった?こんな事して、無事に暮らせると思ってるの?頭おかしいよ、おじさん。まともな人生

無いのはお前の方だっつーの。もう俺の人生に関わるな、そして誰の人生にも関わるな」

「何言ってんだよ!」

凶悪さ全開で深田は玲二の襟首を掴んで、ドレッサーに押し付ける。それでも玲二はひるまなかった。こんな事は何でもないのだ。

過去に、もっと恐ろしい目にあってきたのだろうと史朗は推測する。

「お前の体は普通じゃないだろ?あちこちボディピアスしてるマニアックな人体改造者が一般人になれるか」

はあぁ?玲二の顔が歪んだ。そして自ら、ネクタイを解き、ワイシャツのボタンを外し、胸元を開いて見せた。

「してませんよ?ボディピアスなんて」

深田はドレッサーに押し付けられて、台に浅く腰掛けている玲二の腰のベルトを外し、股間のモノを確認する。

「取ったのか、お前の乳首とへそ、そして生殖器にはチエーンで繋がったピアスがはめられていたはずだ」

「そうだね、15の時、あんたが開けてくれたんだ。あの時に流した血と痛みは一生忘れない。幸い、穴は塞がったけどね。

もういいかな、いつまで眺めてんだよ!」

最後の語尾を吐き捨てるように叫んで、玲二はドレッサーから飛び降りた拍子に深田を蹴り上げた。

「もうあんたは俺には手出しできない。俺は松田忠の養子になる、今までのろくでもないオヤジとは違う、養父という父親が

できるんだ。だから俺の人生に割り込むんじゃない」

その時、忠がゆっくり部屋に入ってきた。

「玲二、終わったか?」

玲二は服装を正し、一息つくと表情を戻し、振り返った。

「はい、話はつきました、父さん。武田さんも行きましょうか、支倉社長がお待ちですよ」

身なりを正して、ベッドの横に息を殺して立ちすくむ史朗に、玲二は声をかけた。

「深田社長も、お早目にご退室くださいね」

史朗の背に手をかけ、ドアに向かいつつ玲二はそう言い残した。

「大変でしたね、すみません危険な目に合わせて。でもあいつ、ガツンとやっとかないと後で支倉にもいい事ないと思ったんで」

忠と玲二と史朗、3人で廊下を歩きつつ、玲二はそう史朗に詫びた。

「正直、思ったよりキツかったです。トラウマになりそうです・・・といっても、菊川に比べれば大した事ないんだろうけど」

と史朗は小型カメラを玲二に渡した。

「あ、武田さん、社長には内緒ですよ。というか、この事は忘れてください。俺は変な目で見られるのも、憐れまれるのも嫌なんで。

エグい話聞かせちゃったけど、それも忘れてくださいね。これで過去をすべて清算して生き直すって時に、他人に記憶されてるの

嫌だから」

玲二の過去の清算の山車に使われた気はしなくはないが、助けられたので、よしとしようと史朗は思う。

「残されたミッションは、これだったのか」

史朗の問いに玲二は頷く。

「今月いっぱいで退社します。それは社長にもお伝えください」

エレベーターで一階に降りた途端、おどけて敬礼をすると玲二は忠と共に去っ行った。同時に史朗を見つけた和真が駆け寄ってきた。

「大丈夫か?」

「はい、菊川が踏み込んで助けてくれました」

しかし、言葉とは裏腹に、緊張が解けてホッとした事、玲二が深田に受けた傷、深田の異常な性癖・・・全てが混ざり合って、史朗の頬を

涙が伝った。安心の涙なのか、悲しみの涙なのか、苦しいのか、なんだか分からないまま、涙は流れた。

「なんかされたか?」

和真はその涙に驚いて、史朗を覗き込む。

「和真さんのつけた痕、見られちゃいましたよ。もう!」

子供のように泣いている史朗の肩を和真は抱きしめる。

「あーごめんごめん」

タクシーを拾いマンションまで返り、史朗はようやく落ち着いた。とにかく今回の事は、ごく普通の家庭に生まれ育ち、普通に大学を出て

会社に入り、働いてきた史朗には、想像もつかない真っ黒な事件だった。玲二の過去の事はかなりの衝撃で、頭にこびりついて離れないが

和真にも、他の誰にも言う気にはなれない。口にする事さえ恐ろしい事のように思われた。そして、ずっと感じていた玲二の男娼の匂いや

変に度胸が座ったところも、今となっては思い当たる。そんな史朗の落ち込みようが、和真は心配でならない。

「他に何かされなかったか?怒らないから、正直に言ってみろ」

寝室でも和真はしつこく訊いてくる。

「ハグされて、尻触られて、キスされました。それから・・・ネクタイで手を縛られて、脱がされて、痕を見られました」

「その後は?」

「助けを呼ぶ呪文を唱えると、菊川が来て、やっつけてくれたんです」

え・・・わかったようなわからないような、和真は複雑な顔をする。

「とにかく、お疲れさん。なんだか史朗の心のダメージが心配だけど、とにかく無事で良かった」

並んでベッドに腰掛けて話していた和真は、隣の史朗を抱きしめた。

「誰でもいいわけじゃ無いんですよ。深田社長に触られても、キスされても、気持ち悪いだけでしたから。なのに、あのおっさん

人のこと淫乱扱いして・・・」

自分もおっさんのくせに、と和真は笑いが漏れる。が、少し安心した。史朗が誰に対しても流されるわけではない事に。

「大丈夫だぞ、忘れさせてやるから〜」

なんとなく自信を取り戻した和真は史朗を押し倒した。


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