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日曜の朝、食後のコーヒー片手に、リビングでノートパソコンに向かっていた和真が声を上げた。

「うわあ、東西の株、暴落してる。やばいぞ」

食卓を片付けて、近づいてきた史朗は和真の手元を覗き込む。

「あそこ、もともと上手くいってなかったじゃないですか。ほら、和真さんとの政略結婚の時の援助で

一時、持ち直しましたけど・・・あ、今の娘の嫁ぎ先の、赤石コーポからの援助はないんですかねぇ」

そう、赤石コーポから、それなりに援助は受けていたはずだ、なのに・・・和真は首を傾げた。

婚姻が破綻して以来、支倉は東西との縁を切った、というか向こうから避けた。慰謝料を取られては

かなわないからだ。もちろん詐欺結婚として訴えても良かったが、和真は敢えてしなかった。

「うちには影響ないよな?」

利も害も無いと、史朗は判断して頷いた。

「関係ないですからね」

しかし、玲二の言っていた ー 後一つ残されたミッション ーとは何なのか気になるところだ。

忠は何をしようとしているのか・・・玲二は特に変わった動きは見せないが、影で暗躍しているに違いないのだ。

「史朗、ナルシスワールの社長がお前に一目ぼれしたらしい」

和真は、隣に座った史朗を振り返る。

「ナルシスノワールというと、洋酒メーカーの・・・どういうことですか」

「俺抜きで、しかもルナ・モルフォの客室で商談したいと言い出した。何考えてんだか判らないんだが・・・」

何度か和真と一緒に会った事があるが、深田高次という、50代中ばの伊達男だ。しかしブランド嗜好でチャラい感じは

拭えない。経営はかなり強引で、取引きは手ごわい。今まで渋っていた海外輸出の商談を、史朗が社長秘書として和真に

ついて商談に立ち会うようになってからは、急に向こうからコンタクトをとってくるようになった。が、さらに社長抜きで商談とは・・・

「どう考えても、お前目当てだろ?お前に逢いたくて、なんやかんや言ってきてるんだろう」

そうは思いたくは無い史朗だった。美人秘書ならまだしも、40代のおじさんを、どうこうしようとは、正気の沙汰ではない。

「でも、まさか・・・そんな事は無いですよね」

いや・・・無いとは言えないと和真は思う。庶務課で地下深く潜っていたから目につかなかっただけで、史朗は妙に目に付く。

そして気になる、これは自分だけかと思っていたが、そうでもなさそうな気が最近してきたのだ。

「うちは枕営業とかしませんから!ってバッサリ切っちゃうか?」

そんなつもりでなかったとしたら、相手を怒らせる事になるかもしれない。これはデリケートな問題である。

「一度確認してからの方がいいと・・・」

「それって、襲われてから考えるってことか?それじゃ遅いだろ」

「しかし、弱みを握ればこちらのもの・・・とも言えますよ」

え、和真は言葉を無くす。史朗が他の男に襲われるなど、考えたくもない。

「子供じゃないんだから、自分で危険回避できますよ。それとも、私を信用できないとでも?」

しかし、不安である。史朗自身は信じてはいるが、しかし、実際酔っ払った和真と過ちを犯しているという事実が史朗にはあるのだ。

会社でのクールさとは裏腹な、ベッドでの乱れ様は和真を不安にさる。

「あー信用してませんね?」

顔を覗き込んできた史朗の肩を和真は掴み、そのまま唇を重ね、史朗の口内を征服する。これは一種の嫉妬なのだろう。

誰かに史朗を盗られると考えただけで、無性に史朗が自分のものである事を確認したくなる。攻められて、だんだん体の力が

抜けてきた史朗はソファーに崩折れ、覆いかぶさっている和真の背を抱きしめた。同棲を始めてからは朝、昼、夜の区別なく

部屋に二人きりになればこうして、接触している。初まりは催淫剤が引き起こした情事であったかもしれないが、それ以降は

ただ、互いの中から湧き上がる情欲に支配されているとしか思えない。

「こんなお前を見てて、安心なんかできないだろ?ナルシス・ノワールのおっさんにキスされても、こんな顔したら・・・って」

顔を上げて、和真は史朗の顎を指で持ち上げる。史朗は自分の顔は、自分では見る事ができないが、恐らくとろけるような

だらしない表情をしていると思われた。そして、和真に誰とでもこんな風にサカる奴だと思われている事が辛かった。

「ただの俺の嫉妬心だろうけど、でも」

和真は、これほど他人に執着した事など無かった。変にIQが高かったから、幼い頃から友達も無く、ひとりぼっちだった。唯一

心を許していた兄、松田忠と後継者争いで戦うことになり、結果的に忠は去っていった。その後、社内では日下がいてくれたが

私生活ではずっと一人だった。それが普通だった、一人は寂しくもなく、辛くはなかった。なのに、今は史朗が自分の傍からいなくなる事を

想像するだけで死ぬほどの恐怖を覚える。

「俺を一人にするな」

そう言って和真は、史朗の眼鏡を外すとテーブルに置いた。史朗は和真の首に腕をまわして抱き寄せる。

「和真さんは不安なんですね、だから・・・」

そして、和真の頬に自分の頬を寄せた。どれだけ一緒にいても、どれだけ繋がっても、失うかもしれないという不安は消えない。それが

大切なものであればあるほど、失いたくないと思えば思うほど・・・・和真の流した涙が史朗の頬をつたう。

「それは、それだけ和真さんが私に夢中だという事でいいですね」

史朗の少しおどけた口調に和真は頷く。

「良かった、なら、和真さんは私から離れては行きませんよね。もっと離れられなくしてあげますから、覚悟しておいてくださいね」

泣き笑いの和真が顔を上げた。決して心の内をみせない甲斐とは違って、和真の心は手に取るようにわかる。だから史朗は安心できた。

「それは、俺のセリフだぞ?」

そう言いつつ和真は史朗のシャツのボタンを外し、首筋から胸元にかけて唇を這わせた。チクリと微かな痛みが走り史朗は驚く。

「大丈夫、見えないところにつけるから。脱がなきゃ見えないから」

ええ〜史朗は青ざめる。脱がなければバレないとはいえ、、何かの拍子に誰かにバレはしないだろうか・・・

特に玲二・・・

「ちょっ・・和真さ・・」

和真を押しのけようとした史朗の手から力が抜けた。ベルトが外されたスラックスの中に和真の手が滑り込んだのだ。

「朝からフルコースだと身が持たないから、前菜だけ。とりあえず史朗のイった時の顔見たい」

「貴方が身が持たないのに、私が持つわけ無いでしょう?!干からびますって・・・っあっ・・・」

史朗の上体が強張り、反り返った。これ以上は抗えない。快感に翻弄されるのみである。しかし、悶える史朗の姿に和真も欲情し始めた。

「あ〜やっぱ俺も限界かな、一緒に擦るか・・・」

自分のベルトを外し、スラックスをずり下げた、確かに限界かと思われるほど反り返った和真のモノが、限界を訴えていた。

平日は夜毎、休日は朝から晩までこんな調子で、よく身体が持つものだと思う。最初は和真が覚えたてで夢中になっているだけで

そのうち飽きると思っていたのだが、8ヶ月経ってもペースは衰えない。若いという理由では無い何かがある。しかしそれに史郎も

ついていけるのだから、我ながら凄いといえば凄い。今になって振り返ると、よく八年もフリーでいられたものだと史朗は思う。

和真は自分のモノと史朗のモノを擦り合わせる。この学問に熱心な社長は、ここ数ヶ月の間で、男同士のセックスのスキルをアップさせていて

既に経験者である史朗の上を行っていた。とにかく日々成長している和真に、いつも驚かされる史朗である、

リビングのソファーの前にあるテーブルに常備してある箱ティッシュから数枚取ると、和真は互いのモノに手を添えて擦り始める。

二人重なって蜜着している事に安心感を感じて、史朗は和真の背に腕をまわす。徐々に押し寄せてくる、奥から涌き出てくるような

うねりに身を任せ、身悶えするように腰を擦り付け蠢かす史朗に合わせて和真の上体も動き始めた。そして一気にフィニッシュに向かう。

果てたあとも、しばらくはそのまま抱きあったままで、あがった息を和真は整えた。

「なんだか、手抜きみたいでごめん」

そう言いつつも、和真の方が、より消耗しているように思えて史朗は呆れる。

「いいえ、いつも和真さんは全力投球してますね」

え?怪訝そうに史朗を見つめ、和真は再び史朗の頬に顔を埋めた。事を終えた後、抱きしめた史朗の頬に顔を寄せて

瞬きする睫毛が自分の頬をくすぐるその感覚を楽しむのが日課になってしまっていた。眼鏡をかけている史朗のそれは、かなりレアなものなのだ。

「史朗は睫毛長いよな」

突然何を言い出すのか・・・史朗は首をかしげる。

「俺が顔寄せても、こんなに睫毛パタパタしないだろうな」

ー 武田君、睫毛くすぐったい ー

大学生の時に付き合っていた彼女の、そんなセリフをふと思い出した。史朗の下宿に泊まりに来て、寄り添って眠っていると必ずそう言った。そして

蝶の羽の羽ばたきに似ているから、この睫毛のキスをバタフライ・キスと言うのだと教えてくれた事を思い出した。

「バタフライ・キス・・・そう言うんだそうですよ」

「蝶か」

昔、和真は父の書斎で見た蝶の標本の中に一際、美しい蝶を見たことを思い出した。世界で一番美しいと言われているモルフォ蝶である。

森の宝石とも言われるらしい。そしてこの蝶はひらひらではなく、ふわふわと飛ぶのだと昔、忠に教えられた。忠は蝶が好きだった。忠は蝶が蛹から蝶に

羽化するように、自分もいつかは大きく成功してみせると、ただ美しい蝶になる事だけを夢見て努力していた。ルナ・モルフォはそんな忠の成功の成果なのだ。

「蝶の羽もいいけど、史朗の唇はもっと美味い」

忠の面影を振り切るように、和真は史朗にくちづけた。


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