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支倉の団体が帰ったのを確かめて甲斐は、エレベーターで最上階へ向かう。最上階の
一番奥の客室に社長用のプライベートルームがあった。多忙な忠は自宅以外に本社と
ホテルにそれぞれ、就寝用の部屋を持っていた。
甲斐はそのプライベートルームに向かっているのだ。時間的には忠が部屋に戻っている頃だろう。
ドアを開けるとやはり、忠がバスローブ姿でくつろいでいた。本日の業務はこれで終わりらしい。
「帰ったか?和真は」
「はい」
日下の送別会の会場に甲斐を送ったのは忠である。この未練たらしい恋人を独占したいと思いつつも
ついつい史朗の元に送ってやりたくなる。しかし、本音はもう、史朗に会わせたくはなかった、これは
惚れた弱みでしかない。甲斐自身もそれを知っているので、後ろめたい。
「玲二も帰りました」
ここに忠がいると分かり、どれだけ会いたかっただろうか、しかし ー 後はよろしくね ー 甲斐にそう告げて
玲二は帰って行った。玲二の名が出ると、さらに忠と甲斐は微妙になる。玲二の想いを知っているが故に
甲斐は忠への想いを躊躇う、そして忠自身も、甲斐の中にいる史朗故に、甲斐への想いを躊躇うのだ。
おかしいといえばおかしい、身体はもう何年も前から繋がっているというのに。
甲斐は窓辺に歩み寄り、夜景を見下ろす。この部屋には、忠が泊まる時は必ず、甲斐も泊まる、もう自分の
部屋と同じ感覚であった。
忠は甲斐の背に歩み寄り、後ろに立つ。二人の背はほぼ同じだが、甲斐が痩身な分、忠より低く見えた。
忠は甲斐のようなスマートでしなやかな男が好みである。後ろから眺めても、甲斐の襟足から覗くうなじは美しい。
「武田に会って話をしたんだが、彼はどこまでもお前に似ているな」
似た者同士で惹かれあったのだろうか、忠は苦笑する。
「似た者同士だったんでしょうかね」
窓ガラスに映る忠を見つめつつ、甲斐はそう言って笑う。
「でも、分かるよ。受けのお前が、彼に対してだけ攻めだった訳、なんだか抱きたいと思わせる何かがある」
同性愛者でもない和真が、史朗にメロメロなのも、わかる気がした。
「が、そろそろ俺のものになってくれないか?」
そう言いつつ、忠は甲斐を後ろから腕をまわして抱きしめた。
「ずっと前から、すでに私は貴方のものです。ご存知なかったんですか?」
そう囁く甲斐のうなじに、顔を埋めて忠は囁く。
「身体だけじゃなく、心もだ」
「忠さんこそ。もう心の中に和真さんはいませんか?」
甲斐が一番気になっていた事だった。自分は忠の最愛である和真の身代わりではないかという事・・・
そんな事に囚われるという事は、自分は既に負けていると思う。いつの間にか甲斐の方が忠を
自分のものにしたいと思っていたのだ。
「和真への愛情は兄弟や親子の愛情と同じだ。玲二もそうだ、ただ、あいつには身体の関係が
必要だから・・・それはお前も理解してくれているだろう?」
玲二は、忠が連れてきた当時、セックス依存性になっていて忠が相手をしないと、誰彼構わず誘惑して関係を
持とうとするので、忠が相手をしている。しかしそれ以上に、愛情を注ぐ事によって少しづつ回復しつつあった。
「知っていても、頭で理解していても、嫉妬するんです和真さんに。妬けますよ、好きなのに貴方が指一本
触れないなんて。そんな事考えるって事は、私はもう貴方のものだという証拠なんですよ」
そう言って甲斐は向き直り、忠にくちづけた。
「今日、確信しました。史朗が和真さんと幸せそうにいる姿をみて、嬉しかったんです。嫉妬の想いなんて全然湧かなくて
それより、こんな和真さん見たら貴方が寂しい思いをするのかと思うと、途端に嫉妬がメラメラと・・・馬鹿でしょう?」
「いや、可愛い」
忠は甲斐の顎を指で持ち上げて深いキスをする。もう、理性が限界だった。甲斐は今まで自分が玲二のところに行っても
和真の事を話題に出しても、表情一つ変えなかった。だから、自分は史朗の身代わりでしかないと思っていたのだ、だから
初めて本音を明かす甲斐が愛おしくてたまらない。互いの舌を絡ませながら、火照る身体を持て余し、忠は唇を離す。
「もう限界だ、寝室に行こう」
「でも、シャワーさせてくださいよ」
引き寄せようとする忠を、甲斐は腕で押し返す。
「いい。気にしない、大丈夫」
「ダメです。私が気にします、全身を隅々まで愛して欲しくても、気になって拒んじゃいますよ?」
しゅん・・・項垂れて仕方なく甲斐を解放する忠、急いでシャワー室に甲斐は向かう。
「その代わり、全身舐めまわすからな〜」
答えの代わりに、シャワー室のドアの締まる音がした。
寝室に向かいながら、忠は自分がいつから甲斐を愛し始めたのか考える。関ヶ原の後、共に都落ちして、甲斐は忠の右腕となった。
一緒にいたため、自然に関係を持ったが、甲斐が史朗の事を忘れていない事を感じていた。体を繋げると、なんとなく判ってしまうのだ。
しかし、それでも気にならなかった、のに、いつからか史朗に嫉妬を感じるようになった。そして気づいた、自分が甲斐を愛している事を。
照明を消し、スタンドの明かりだけつけて、忠はベッドに腰掛けた。明らかに甲斐と玲二は違う。玲二に対してはまだ余裕があった。
しかし甲斐に対しては余裕がない。正直、甲斐がこの部屋に入ってきた時から忠は欲情していた。すぐに押し倒したかったが、男の
プライドがそれを許さない。
(俺は馬鹿か・・・)
こんなにも甲斐を手に入れたいと思うなんて、思ってもみなかった。和真に嫉妬すると聞かされた途端、愛情が爆発していた。
かろうじて平静を保てた事が不思議なくらいだ。そうしているうちに甲斐がシャワー室から出てきた。
「お待たせしました」
「しまった、俺もシャワーしてなきゃ一緒に入れたのにな」
目の前に来た甲斐に、忠は笑ってそう言うと甲斐は困った顔をする、いつも甲斐は恥ずかしいからと一緒に浴室には入ろうとしない。
知っていながら、甲斐の羞恥心を煽るのが忠の趣味であった。
「じゃ」
と忠は甲斐をベッドに押し倒した。
「全身舐めまわすから」
のしかかってくる忠に、甲斐は手で押しのけようとする。
「えー嫌ですよー」
「全身が嫌となると・・・どこと、どこを舐めてほしいんだ?言ってみろ」
あっさりとバスローブを剥ぎ取られ、全裸を晒して甲斐は観念したように微笑む。
「そうですね・・・忠さんが、なさりたいように。だって、私より私の身体の事、ご存知じゃないですか。特に性感帯に関しては」
甲斐は小悪魔だと忠は思う。プライドが邪魔してガツガツできないが、理性が切れるのも時間の問題かと思われた。
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