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「すまない玲二。俺はお前を利用しているだけなんだ」

そんな忠の孤独を知りつつ、玲二は少しでも彼を慰めたいと思った。暗い、光の届かない闇に堕ちて

爛れた生活を送っていた自分を明るいところへと連れ出してくれた忠。会った事もない父親の代わりに

自分を愛してくれた忠・・・玲二は自らのバスローブの紐を解いて、忠の首に腕をまわした。

「いいよ、利用して。僕は貴方になら殺されてもいい。貴方は僕が今まで会ったパトロンのおじさま達とは違う。

本当に僕を愛してくれたのは、忠さんだけだったから」

忠の首筋に頬を寄せると、甲斐の使っているオードトワレの移り香に気づいた。忠は甲斐と寝て来たのだろう。

しかし、忠は玲二に甲斐の片鱗を見せる事は無かった。それが気遣いなのだ。

玲二は知っている、忠の好みは華奢な中性的な少年ではなく、甲斐のような長身の優男である事を。

そして、元々はノンケでありながら、珍しさで自分をペットのように飼い慣らしていたパトロンの中年オヤジとは違い

忠は真性の同性愛者である事を。美しさを持ちつつも決して女性的ではない、”男”が好きなのだ。

昔何故、自分を傍に置くのかと忠に聞いたことがある。ー 昔の自分に似ていたから ー 彼はそう答えた。

そして、支倉前社長、つまり和真の父の愛人であった事を明かした。つまり、支倉社長は忠を養子縁組して

後継ぎにしようとしていたのだ。世間的には愛人に産ませた実子という事になっている。しかし、支倉社長はバイで

不妊治療中の妻が、あろう事か和真を身ごもった。忠はただ、和真のために身を引いたのだ。 だから、忠と和真は

赤の他人である。忠が和真を愛したとしても、問題はないはずなのだ。

和真の誕生によって、養子縁組と後継は反故になり、忠は副社長の位置を約束された。支倉前社長の、約束を破った

事への罪悪感で、忠との関係が疎遠になり、外に不特定の青年たちとの一夜限りの関係を結び続け、数年後に

甲斐が支倉の愛人となった。

同じ男を共有した・・・そんな数奇な間柄の忠と甲斐である。

忠は玲二の首筋に唇を這わせ、右手で優しく髪を撫でる。まるで幼子にするかのように。今までのパトロン達は

力ずくで、行為自体が嗜虐を極めていた。それでも、それが当然になっていた玲二は、なんとも思わず、それが愛情だと

勘違いしていた。無視されるより、触れられる事の方が安心できたのだ。それでも慣れてくればそれなりに快感を感じた。

が、忠に出会って彼は、今まで自分が玩具同様であったことを知る。忠は決して菊川を傷つけない。今まで体中が

傷だらけでそれが当たり前だと思っていた玲二は、忠と出会って、本当に愛し合うことがどういうことなのかを知る。

今までのパトロンとは完全に手を切り、今は忠一人のモノになった。

「あっ」

首筋を這っていた唇が胸元まで降りてきて、薄紅の蕾を捉えた。どれだけ忠を待ちわびていたかわからないその蕾は

急に紅味と硬さを増す。自分の知らないところで、甲斐と何があっても、忠が来てくれて、部屋に泊まっていてくれるだけで

満たされた。どれだけ一人寝の寂しい夜を過ごそうとも、この日を頼りに生きて行けた。だんだん忠の唇が腰に降りてきて

菊川の下腹部を捉えた。忠の舌が這い回り、ゆっくりとじらすように先端を覆う

「忠さん、会いたかった、ずっと会いたかった」

忠の肩を両手で掴みながら、玲二は首を横に振り続ける。どうにかなってしまいそうに快感が押し寄せてくる。

そうして、びくりと上体を仰け反らせて、玲二は果てた。涙目の玲二を抱き寄せながら、忠は微笑む。

「早く最後のミッションを終えて、ルナ・モルフォに戻ってこい」

頷く玲二の脳裏に、忠の傍にいたい気持ちと、甲斐の傍にいる忠の姿を見なければならない辛さが複雑に交差した。

「忠さん」

その思いを振り切るように、玲二は忠の下腹部に顔を埋める。甲斐と寝てきたのなら、年齢的にもう無理かもしれないが

それでも玲二は忠が欲しかった。必死な舌の奉仕に、だんだん忠のモノがつるっとした硬さを帯びてきた。

すかさず、サイドテーブルのボトルを取り、自分で自らの後孔を解し、受け入れる準備を始める。

その間も忠が萎えないよう咥え続け、もう耐えられなくて、自らの穴に忠の杭をあてがいゆっくり腰を下ろした。

やっと忠を独り占めできたような気がして玲二は満たされる。そしてゆっくりと動き始める。見下ろすと忠の

優しい瞳がそこにあった。だんだん夢中になって速度を速める。忠の穏やかな顔が微かに歪む。息も荒くなり

眉根を寄せるその表情が玲二にはとても愛おしく思えた。もっと自分の中で感じて欲しいと思う。たとえ甲斐との

二番煎じだったとしても、自分とも努力してくれているような気がして・・・しかし、だんだん玲二自身に限界が来た。

もっと永くひとつに繋がっていたいのに、押し寄せてくる波に打ち上げられるように玲二は体を硬直させて果てた

その瞬間の締まりに、忠も同時に果てる。

「忠さん、なんだか無理にさせたみたいでごめんね」

忠の胸に倒れ込みながら玲二は瞳を閉じた。そんな玲二が忠には可愛いくて仕方がない、彼に昔そう告げた様に

忠には玲二が昔の自分に見えるのだ。何も持たず、ただのし上がるために体を使っていた頃の自分。

支倉社長に出会って、やっと暗闇から抜け出た気がした。あと少し、和真を史朗に託し、支倉の後始末をすれば、自分は

和真から完全に手をひこう。そう思っていた。

「忠さん」

息を整えた玲二が忠を見上げると、彼は寝息を立てて眠っていた。もう若くはない忠に無理をさせてしまったと思いながら

玲二はそっと忠におやすみのキスをした。

(早く前みたいに一緒に住みたいよ。毎晩シてもらえなくても、甲斐さんに会いに行ってもいいから。もう独りでいるのは嫌なんだ)

そっと窓の方に目を向けると、月が白い光を放っていた。ルナ・モルフォ・・・モルフォ蝶は碧く美しい羽を持つ蝶であるが

ルナ・モルフォは青みを帯びた白い羽を持つ蝶である。月の光を宿した蝶。昔、男娼だった頃、よく月の妖精と呼ばれていた。

菊川の白い肌は夜の闇に浮かび上がる月のようだと噂されていたのだ。その月の妖精にちなんで、忠はホテル名を

ルナ・モルフォと名付けた。もともと、自分に譲るために打ち立てた事業なのだ。だから、と自分に言い聞かせた、忠は

甲斐とは違う愛を確実に自分に注いでくれていると。自分は愛されていると。

だから信じたい、期待にそいたい、裏切りたくない。以前あんなに固執していた、社会的地位も財産も今はもう関心がない。

忠のの望みを叶えたいただそれだけ。忠の傍にいたい、ただそれだけ。

忠という太陽に照らされて光る月でいたいと願った。

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