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残業をして、8時過ぎに玲二はマンションに帰ってきた。支倉に勤務するために借りた部屋で、そんなには広くない。
帰って寝るだけのスペースである。ドアを開けると中には人がいるらしく、リビングでソファーに腰掛けて携帯電話で
通話中だった。玲二の表情がぱっと明るくなり、急いでリビングに駆け込んだ、ちょうどその時、通話を終えた男が
彼を振り向いた。
「忠さん!いつ来たの?夕食は?」
「10分くらい前か・・・遅かったな残業か?飯は食べてきたから気にするな。それより支倉の報告を・・・」
どれだけ待ちわびたかわからない忠の来訪に、玲二はテンションを上げる。支倉に入ってからというもの忠と会う
機会も減り、寂しい思いをしていた。和真はなんとなくシルエットが忠に似ているが、目元が極端に違う。それがかえって
玲二を苛立たせた。
「待ってて、今シャワーしてくる」
上着を ハンガーにかけ、バスローブを手に大急ぎの玲二を忠は振り返る。
「おい、報告が先だろ?」
「報告なんて、寝室ででもできるでしょ?忠さん、シャワーは?一緒に浴びる?」
「会社で済ませた。早くしろ」
年齢は親子ほど違うから、玲二が子供っぽいのは仕方ないのだろうが、出会った時と比べて、だんだん無邪気に
なっていく気がした。今のところ、玲二は指示通りよくやってくれている、全ては順調だ。ルナ・モルフォの後継者としての
能力も不足はない。ただもともとの 性質、妬みやすく、貪欲なところが心配だった。これは彼の生い立ちが大きく関係していると
思われるが、特に愛情に関しては非常に敏感で、全ての愛情を性行為に変換させてしまっている。ホテル王の後継者にするには
どうしても過去の毒抜きが必要だった。
「忠さん、いつものワインでいいよね」
シャワーを終えてキッチンに入ると、玲二は忠が自分用に置いてあるワインのボトルを取り出した。
「いや、今夜は酒はいい」
じゃあーと玲二は忠の腕をひいて寝室に誘う。部屋数の少ないマンションの寝室で、ベッドだけが妙に自己主張していた。
玲二一人で休むには、ダブルは大きすぎたが、時々忠を迎える事を考えて、ダブルを置いている。
それがかえって一人寝の寂しさを煽っていたとしても、玲二には大事な事だった。忠の上着をとり、ハンガーにかけると、忠用の
クローゼットからバスローブを取り出してべッドに置く。忠の泊まり用に衣類はすべてここに置いてある。忠が着替えると、彼の脱いだ服を
玲二はハンガーに掛ける。まるで世話女房だ。このかいがいしさも今は、忠にだけ向かっているので問題はないが、昔の玲二は
誰にでもそうだった。薄利多売の男娼・・・資産家や政治家の愛人になり、高校、大学の学費を出させた、もともと頭はいいので
金さえあれば、いい大学に入れたのだ。しかし生来の多情が災いし、あちこちで痴情沙汰を起こし命まで狙われた。
そんな危険な男を傍においているのは、ひとえに彼の持つ経営者としての才能だった。尻は軽いが度胸はある、死ぬ事すら恐れない。
ただ、弱点は愛情だった。そしてその愛情を計るものが性行為となる。いくら一人に忠誠を誓っていても、寂しくなると他の男と関係を結ぶ。
そんな彼を忠は引受け、守り、教育し、さらにメンテナンスしている。
「玲二、あの日、和真に薬使っただろう?あれは酒に酔った状態じゃなかった、睡眠薬か?もしかして」
「睡眠薬は少量、あとセブンス・ヘブンを粘膜に使いました」
そう言って、ベッドに腰掛けている忠の足元に膝まづく玲二の肩を忠は掴んだ。
「まだだ、先に話をしよう」
しょんぼりする子犬のような目を向けられて、忠は仕方なく玲二を自分の膝に座らせて、後ろから抱きしめた。こんな時の玲二は、幼い子供の
ようになる。
「薬は使うな。今後、和真に使ったら承知しないぞ」
昔の癖で、玲二はドラッグに抵抗がない。睡眠剤を飲み物に混ぜて相手に飲ませるなんて事は、日常茶飯事でパトロンだった製薬会社の
社長からせしめた、身体に害がなく後に残らないという、最高級の催淫剤セブンス・ヘブンを所持している。大変高価なものなので一般には
出回ってはおらず、玲二も手持ちの物が無くなれば、もう入手の手立てがない。ので、これはかなり気合を入れての事と思われた。
が、彼のそんなやり方が忠には受け入れ難かった。さらに、最愛の和真にそのような薬を使うなど、許せるものでは無い。
「武田にも、そう言って怒られちゃいました。おんなじですね、本当に大事なんですね和真さんが。貴方も武田も・・・」
玲二の寂しげな、うなじが白く闇に浮かぶ。
「セブンス・ヘブンは塗り薬だろう、お前は和真に手をかけたのか」
「ちょっとアソコに塗っただけだよ、僕は和真さんのような男には興味がないし、なんの感情もないから、性的な事は何一つしていない。
それとも、自分が見た事も触れた事もない和真さんの性器に僕が触れた事を怒っているの?」
そんな事は忠自身もわからない。ただ、大切な和真をそんな風に扱っては欲しくなかった。
「もうしません、ごめんなさい。ただ、武田はスイッチが入るまでは理性が効きすぎで、和真さんは経験なさすぎで二人の関係がうまくいくかどうか
確証が持てなかったんだ。和真さんさえ、その気になれば、武田はどんどんのめり込んで堕ちる事は確実だったけど」
玲二のそんな強引な手口に、忠は嫌悪感を抱き、危機感を抱くのだ。グレーというか、真っ黒だった。彼を後継者にするなら、法に触れる行動は
はすべて排除しなければならない。今回の支倉行きは、和真の事もあったが、玲二の今後の教育のためでもあった。
「結果的には、和真と武田は上手くいったんだな」
「うん、もう武田は甲斐さんへの想いを断ち切って、今は和真さんに夢中。和真さんは犬コロみたいに武田になついちゃって、俺様社長が台無しだよ。
あれから二人は同棲して毎晩いちゃついてるって事。ねえ、嫉妬する?」
上体をひねって玲二は忠を振り返り、キスした。
いいやー忠は自分が見込んだ武田史朗に和真を預けられた事に安堵した。最愛の娘を、見込んだ男に嫁に出した父親のような気分だった。なぜなら
和真と自分は結ばれない運命だったのだ。初めから、あきらめはついていた。
「でも、和真さんとは血が繋がっている訳じゃないでしょ?親子丼は避けたいってこと?」
がばっー忠は顔色を変えて玲二を押し倒し、首に手をかけた。
「その事は誰にも言うな。もちろん和真にも、言ったらお前を殺す」
どうして・・・玲二の瞳から涙があふれる。忠は自分より、はるかに和真が大事なのだ。命懸けで守りたいのだ。悔しかった寂しかった。
「僕を愛してくれる人は、誰もいない・・・」
突っ張って強いふりをしていた玲二の仮面が剥がれ、今にも崩れそうな心がむき出しになる。忠は優しく笑い、彼を抱きしめた。
「すまない、つい・・・しかしこれは覚えておけ、人には他人に踏み込まれたくない部分がある、そこには踏み込まず、互いに相手を思いやりながら
愛情は成り立つのだ。それが解れば、お前はたくさんの人から愛される。それはお前を利用しようとよってくる奴じゃない。お前を大切に思ってくれる者だ。
そうなればお前にも伴侶が現れるだろう」
「忠さんの伴侶は甲斐さんなんだね」
玲二の言葉に、忠は悲しげな目をした。甲斐はまだ、史朗を愛している。自分と関係を結びながらも、心の中に史朗を住まわせている。
それを忠は知っていた。そんなはぐれもの同士がとりあえずの温もりを求め合う・・・忠と玲二は、いつか終わる自分たちの関係を知りつつ、寂しさを紛らわせていた。
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