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一夜明けて、ルナ・モルフォから和真のマンションに帰ってきた和真と史朗は、まったりと昼食後のお茶を飲んでいた。
「あ〜だるい。調子こいて結構無茶したな」
ソファーに座り、史朗にもたれかかりながらぼんやりとテレビを見つめている和真に、史朗は肩を貸している。
「これでもう、仕事に熱中出来そうですか?」
うん・・・邪な思いは去ったが、身体がだるすぎて何もする気が沸かない。うまく調整できないものだろうか。
「燃え尽きて灰になった気分だ」
「これで懲りたでしょう?やりすぎはいけませんよ」
そういう史朗が割と平気そうなのが、和真には疑問だ。むしろ史朗は生き生きツヤツヤしているようにも見える。
「いつ引っ越す?荷物は後でもいいから、今夜からここで寝ろよ」
そうですね・・・史朗自身、和真と、こんな仲になってなお、甲斐といた部屋に戻る事は躊躇われた。それに
これ以上一人で、あの部屋にいたくはない。
「本当にいいんですか?社長宅に押しかけても」
昨夜の面影はなく、クールな社長秘書に戻った史朗は、和真を振り返る。このオンとオフのギャップが和真には魅力だ。
「家賃は取らないから、メシ作って添い寝してくれ」
「それは、嫁ということでしょうか・・・」
嫁・・・いい響きだ・・・和真は一人感動してしまった。最初の結婚で、嫁という言葉に否定的なイメージを抱いてしまっていたので
ようやく和真は結婚生活?に希望的になった。
「個人秘書みたいな、つーか、もうお前は公私ともに俺だけのものだからな」
ふっー クールに微笑む史朗の笑顔にさえ、和真は見とれてしまう。この綺麗な顔が歪む様を、間近で見ているのは今のところ
自分だけなのだ。誰も知らない史朗の夜の顔を知る者という優越感に、思わず和真は笑いが漏れる。
「なに思い出して笑ってるんですか?気持ち悪い・・・」
クールな仮面をかぶった淫乱ー もう、史朗からは離れられないと、和真は思う。
「あの時、お前に襲われなかったら、俺たちはあのまま、何もなかったのかな。それともやはり、運命に導かれて・・・」
創立記念日の過ちがなければ、史朗も和真も、お互いを意識する事はなかった。始まりはあの日からではあるが・・・
え?史朗は顔を上げる。もしかして、あの事件も忠のシナリオにあったのかもしれないという思いが頭をよぎる。
和真を酔わせてしまえば、自然と史朗が送る役になるはずだ。しかし、送った史朗と和真が過ちを犯すかどうかは
確実ではない。そこまで考えてまさか・・・と打ち消す。
「和真さんは、創立記念日の時、自棄酒して酔っぱらったって聞きましたが、やはり東西の元夫人のストレスが原因ですか?」
ああ?和真は驚いて史朗を振り返る。
「元嫁来てたのか?」
「来るでしょう?赤石コーポの社長夫人なんだから。いましたよ、赤石社長の隣にいるの見ました」
ええ?腕を組んで考え始める和真が、とても謎に思えてくる。
「あの、茶髪のケバい女が友里恵だったのか〜気がつかなかった」
「彼女の名前は友梨香です。いくらなんでも元嫁でしょう?顔も名前も忘れてるってありですか?」
この業界では当時大スキャンダルで、毒嫁、悪女、恩知らずとバッシングされた話題の女である。
庶務課でひっそりと仕事している史朗の耳にさえ、その悪名は流れてきた。支倉の社員なら皆、知っている事である。
しかし、元嫁関連の自棄酒ではないとすると何故、和真は酔っ払ったのか?
「好き嫌いを通り越して、関心無かったんだろうな、でも俺、なんで酔っ払ったんだろ?俺あの時、酒飲んでないぞ」
史朗の脳裏に、まさかの考えが強く浮かんできた。ぐっと和真の腕を掴むと、乗り出して慎重に言葉を発した。
「和真さん、もしかして、菊川が差し出したものを何か口にしましたか?」
「うん、ノンアルコールのカクテル持ってきた。酔っちゃいけないからって」
なのに酔っ払った事が、自分でも不思議だったが、和真はもともとアルコールに弱いので、おそらく微量のアルコールに
酔ったのだろうと、ぼんやりそういう事にしてしまった。この一連の事件は、全てが仕組まれていた事だった事に気付いた史朗は
頭を抱えた。
「それ、一服盛られてますよ」
「菊川にか?なんでそんな事を?」
「甲斐の虎を捕獲するためです、全てが罠だったんです」
そして、その黒幕に忠がいる事は明白だ。
「ということは、俺はその餌?」
まんまとその餌に食いついて捕獲されたのだ。史朗はため息をつく。
「多分、前回も今回も和真さんは催淫剤を盛られてると思いますよ。飲まされたか、粘膜からか・・・」
眠らせた後、ホテルの客室に連れ込み、催淫剤を仕込む事など容易にできるだろう、あの玲二なら。そう考えれば
謎は解ける。ストレートの、しかも童貞の和真が史朗を襲ってきた事、そして、昨夜の和真の回復ぶり・・・
「薬のせいで昨日5回もヤっちゃったって事?恐るべし催淫剤だな・・・で、お前は盛られなかったのか?」
「私には盛らなくてもいいと判断されたんでしょう。私の事は調査済みという事ですよ」
甲斐との関係、甲斐が去った後、ずっとフリーであった事そして・・・快楽に流されやすいという事。
薬など盛られなくても和真が襲ってきたら、八年間禁欲を続けた史朗の身体は拒みきれないだろうという事なのだ。
「でもいい、結果オーライだし。俺は史朗とこうなれてよかったと思ってる。今思うと、俺って、もともと女に興味ない
のかもしれないし、もしあんな事件が起こらなければ、今でも一人ぼっちだったと思う。俺は今が一番幸せなんだ」
和真の笑顔が史朗には眩しく思えた。色褪せた日常から、明るいところに連れだしてくれた和真、終わった恋を
忘れさせてくれて、ちゃんと前を向かせてくれた和真・・・
「私も、和真さんの恋人になれてよかったです。まあ、過程はどうであれ、二人が幸せなら問題ありませんよね」
誰の陰謀であれ、差し金であっても、関係ないと思われた。史朗は支倉和真について行く事に決めたのだ。
その意思は、なにがあっても変わらない。 ぐいといきなり、肩をひきよせられて、史朗は和真の胸の中に包み込まれる。
「和真さ・・・」
どんどん近づいて来る顔、とうとう唇を奪われてしまった。
「燃え尽きたとか言いながら、また発動しましたか?」
言い終わらないうちに強く抱きしめられて、史郎も和真の背に腕を回しポンポンと優しく叩く。
「しばらくはムリだけど、いちゃつきたい」
会社の誰かが見たら、社長のこんな姿、目を疑うだろう。自分だけに見せる甘えた姿が史朗には愛おしい。
今が幸せだなどと思える自分に驚いたり、甲斐の事をすっかり忘れている自分に驚いていた。例えそれが
玲二や忠の書いたシナリオであったとしても、これからは自分が和真を守りぬく覚悟がてきている。とりあえず
社内では玲二との一騎打ちになるだろう。
「和真さん、菊川には気を許さないでくださいね。滅多な事はないと思いますが、それでも社長に平気で一服盛るような奴
ですから」
忠は和真のために、あの関ヶ原で身を引いたのだから、和真のために自らを犠牲にする事を厭わないとしても、その忠を
愛している玲二が嫉妬にでも狂った時、どう出るかわからない。和真に一服盛ってまでも強引に史朗と深い関係に
なるように仕向けたのは、そのためかも知れない。方向性は間違ってはいないが、やり方がかなりグレーである。なぜなら
忠がここまで指示したとは思えないのだ。常識を逸脱していて、人の心を操るのが上手く、貞操観念が欠如している様に
見える。忠が彼を上手く飼い慣らしているのかどうかは分からないが、使い方を間違えば、大変な事になるだろうと思われた。
密着していた体を離し、史朗は和真と顔を付き合わせる。
「いいですか、これからは隠し事なしですよ。菊川の事、松田社長の事は隠さず話してくださいね」
ああ。和真は頷く。そして心の中で甲斐の事を史朗に伝えるべきかどうかを迷う。甲斐は現在、忠の秘書をしているが
それを史朗が知ったら、会いに行くかもしれない、会えば自分より甲斐に心が傾くかも知れない。
「何か、迷ってますね?言おうか言うまいか・・・」
肩をしっかり掴まれて瞳を覗き込まれ、和真はもう逃げられ無い。
「あのさ、甲斐の消息聞いたら、史朗は心が揺らぐか?」
いいえー
史朗はいま、確認した。和真の口から甲斐の名前が出ても、もう、心はざわめかない。むしろ、和真が
言いよどんでいたのが甲斐の事だと知って安心した。忠と和真の間に何かあったのかと案じていたからだ。
「俺、ごく最近、甲斐にあったんだ。兄さんの秘書になってた。史朗には支倉社長が必要だからよろしくと言われた。
でも、お前がそれを知ると、甲斐に会いにいくかもしれないし、よりを戻すかも知れないから、言えなかった」
史朗は安心した。忠の秘書になっていたのなら、何も心配はいらない。安心して、自分は和真の傍にいられると。
「私はもう、どこにも行きませんよ、もう、和真さん無しでいられない身体にされてしまいましたから。責任とってくださいね」
その言葉に和真はニッコリと微笑む。
「喜んで責任取らせていただきます」
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