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「私はそんなにいい人間じゃないかもしれないですよ」

和真の隣に腰掛けて、史朗は和真に詰めよった。あまりに信頼されると辛いのだ、自らの奥に潜んでいる邪な想いに

罪悪感を感じてきて。

「もちろん、私は社長を傷つけたくはないし、守りたい。でも、大事に思いすぎて独占しようとするかも知れない、貴方が

他の誰かと親しくしたら嫉妬するかも知れない。自分だけのものにしたくて・・・」

史朗は和真の肩を抱く。

「本当にあの夜、何もなかったと思いますか?」

ゆっくりと、和真は振り向き、史朗を見つめる。唇が重なりそうな距離だ。

「あっても別に構わないと思ってる。記憶が全く無いわけじゃないんだ、夢なのか幻なのか、妄想なのか現実なのか

わからないけど、あの時、誰かと繋がってて、暖かくて気持ちよかった、武田と何かあったとしても、きっと後悔しないと思う」

え?驚いて和真から腕をはなし、距離を取ろうとした史朗を和真は抱き寄せ、くちづけた。

「こういうことも平気なんだ俺、おかしいか?もしかして、気持ち悪いか?」

セクハラで史朗が、社長秘書を辞退してきたらどうしょうかと、和真は焦る。

「でも、貴方は同性愛者ではないでしょう?」

「異性愛者なのか、同性愛者なのか、実のところわからない。でも性別関係なく、俺は武田が好きなんだと思う」

八年前の史朗もそうだった。大学時代は彼女がいて、性関係もそれなりにあった。甲斐とそんな関係になるまでは、自分は

同性愛者だなどと思ったことはない、いや今でも違うと思う。自分は甲斐義之という人間を愛していたのだ、とそう思える。そして

目の前にいる和真の事も・・・

「私も、同性愛者ではなかったのに、甲斐義之という人が好きで、彼と恋人関係にありました。八年以上昔の事です。彼に会うまでは

女性とそれなりに性体験はありました。だから、社長の仰ることはわかります。カミングアウトしますけど、私は同性愛者では無いはずなのに

甲斐義之に抱かれていました、そういう奴なんです。貴方を批判できる立場の人間ではなく、軽蔑されても文句の言えない人間なんです」

なんとなく感づいてはいた。史朗にとって甲斐は、ただの上司ではないということを・・・だから、和真は驚かない。それより、あの夜の

ぼんやりとした記憶が現実なのではという確信が芽生えてきた。いや、まさかと打ち消してきた記憶だったのだ。

「まさか、そんなことはないと、夢だと思ってたんだ。あの夜、武田は俺の上にいて、俺のは武田の中に入っていた。記憶が無い訳じゃ

ないんだ。そんな事あるはず無いと打ち消してたんだ。でも、今確信したよ、あれは現実だったんだ」

ふうー和真の視線を避けて、史朗は立ち上がり窓際に歩いてゆく。知られたくなかった醜態だった。ただ肉に溺れて犯した間違い・・・

「すみません。それって、準強姦ってやつでしょうか」

自らの人格が崩壊してゆくのを感じる。

「何を聞いていたんだ?俺は拒否していなかった、嫌がってない。どころか、気持ちよすぎてどうしょうかと思った。あの時の事が

忘れられなくて辛かった。もしかしたら俺、武田のこと狙ってたのかもしれない、あわよくばって、だから週末にお前んちに上がり込んで・・・」

和真は史郎に歩みよると、後ろから抱きしめた。

「お前は悪くないよ、多分、俺が先に抱きついてキスしたりしたんだろ?微かにあるんだ、記憶は。だから、襲ったのは俺だし」

確かに、史朗は思い出したように和真を振り返った

「そうだ、なんで社長はあんなにキスが上手いんですか?童貞とか嘘ですよね」

え?和真は驚いた。子供の頃から何をしても器用だと褒められたが、キスまで初回でうまいと褒められるとは思わなかった。

嬉しくてじわりじわりと口元が緩む。

「マジで?上手い?」

その反応・・・史朗は再び窓に目を向ける。そんなおかしな喜び方をするとは、本当に和真は童貞なのかもしれないと頭を抱える。

「キスだけじゃなく、触り方も上手いとかありですか?」

それは覚えていない、和真は必死にあの夜の事を思い出そうとする。

「八年もしてなかったんでつい、欲望の赴くままに乗っかっちゃいました。我ながら淫乱な体質だと思いますが、それも貴方が

魅力的だからですよ」

それは褒め言葉だろうか・・・和真はためらいながらも、史朗をさらに強く抱き寄せた。

「武田、公私ともにパートナーになってもらえないか」

「それって・・・

そう言うやいなや史朗は和真に前を向かされた。

「だから〜さっきから好きだって言ってるだろ?付き合ってくれ。恋人になって欲しい。甲斐の代用品でも構わない

俺の体でよければ、いつでも使っていいから。俺、武田が必要なんだ、独占したいんだ、お前だけのモノになりたい」

この展開は忠と玲二の思い通りだ、彼らは、まるで和真の思いを知っていたかのようだ。そして、史朗には断る理由もない。

「いいんですか?こんなおじさんで」

うん、頷いて和真は史朗を抱き上げてベッドまで行くと、そっと横たわらせた。

「武田がいい。武田じゃなくちゃダメなんだ。もう、我慢できない、今すぐしたい」

思えばあの夜からずっと、おあずけを食らっていた気がする。史朗も言うまでもなく、もう限界だった。

「和真さん、貴方は甲斐さんの身代わりじゃありません。あなただから好きなんです」

明かりをおとすと和真は、史朗のバスローブの前をはだけた、見かけより華奢な白い肌が闇に浮かび上がる。

頼りたい、甘えたい存在は、兄の松田忠と同じだが、忠に感じたことのない情念を、和真は史朗に感じる。繋がりたい

ひとつになりたい。こんな想いを誰かに感じた事は無かった。誰かを自分よりも大切な、特別な存在だと感じた事も無かった。

しかし、今、史朗は和真にとって、大切で特別な存在なのだ。メガネを取り、サイドテーブルに置くと、史朗は和真にくちづけた。

「もう離れませんから、覚悟してくださいね」

甲斐に去られて、彼が傷ついて来た事を和真は知っているから、ずっと離れることなく、傍にいると和真は誓う。

「お前が去れと言ったって、俺はお前から離れない。一生付きまとうから、お前こそ覚悟しろ」

はい、安心したように史朗は瞳を閉じた。孤独に耐えた八年間の重みから、ようやく解放された、これで甲斐の幻からも解放される。

和真の背に腕をまわして、もう一人ではない事を実感する。抱きしめることのできる誰かがいるという事は、どんなに幸せな事か。

首筋を這う和真の唇がだんだん降りてきて、胸元の蕾に到着すると、身体が熱を帯びて、理性も効かなくなってくる。あの夜もそうだった

全てはあの夜から始まっていたのだ。和真とはこうなる運命だったのかもしれない、もう、抗う事さえ愚かな事に思えてきた。

下腹部にまで降りてきた和真の唇が、史朗の一番敏感な部分を捉えた。

「あ、それは・・・」

前回、しなかった事をしようとする和真に史朗は驚く。

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