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上着は脱がされ、ネクタイを緩められている状態で、和真はベッドに横たわっていた。

「社長、大丈夫ですか?」

駆け寄って額に手を当ててみる。どう考えても、ワイン二杯でこんなに酔っ払うことは無い気がする。そしてこの眠り方・・・

玲二が一服盛ったとしか思えなかった。そう考えれば辻褄が合う、目的は史朗を忠に会わせるため。

しかし、こんな手の込んだ事をする必要があったのだろうか?

「武田、なんか俺、寝てた?」

ゆっくり、和真は起き上がった。

「歓迎会終わったのか?なんでワイン二杯でこんなに酔ったんだろう?」

額に手を当ててだるそうに頭を振る和真に水を与えるため、史朗は客室に装備されている小型冷蔵庫に向かい、冷蔵庫から

ミネラルウォーターのボトルを取り出し、グラスに注ぐ。

「お兄様にお会いになられましたか?」

グラスを持ってベッドに向かい、和真に差し出しつつ、和真の表情を観察した。

「いや、今日はここに来てないんじゃないか?」

和真は嘘をついているようではなかった。ならば、忠は今日は和真に会うつもりはなかったらしい、ということは、目的は史朗との

解合であろう。どこか後ろめたい完全犯罪な気分がした。眠る和真の隣で、ついさっきまで史朗は忠と話していたのだから。

しかし真実を告げることはしない、史朗は自覚無しに、忠と和真の絆の深さに嫉妬していた。

「そうですか、ではお送りしましょう」

屈んだ上体を、起き上がらせようとする史朗の腕を、和真は掴んだ。

「いや、今日は泊まって行かないか?せっかくだし」

泊まるではなく、泊まっていかないか・・・とは史朗にも泊まっていけという事なのか?史朗は動揺を隠せずにいる。

「私も・・・ということですか?」

うん。犬ころのようなつぶらな瞳が訴えかけている。さっきまで忠と腹の探り合いをしていた時の緊張感は、もう史朗の中には無い

ただ駆け引き無しの、無防備状態が史朗を包み込んだ。

「そうですね、お邪魔でないのなら」

とベッドに腰掛ける史朗に、和真はもたれてくる。和真にほだされて言いなりになる自分が、あろう事か心地よい。

「ここは兄さんの気配がするんだ。だから落ち着く」

未だに、甲斐と暮らした部屋に一人で暮らしている自分に似ていると、史朗は苦笑した。そう、二人はどこか似ている。

だから一緒にいて苦にならないのだろうか?だから、あんなに簡単に身体が和真を受け入れたのか・・・

「お兄様と一緒に暮らしたいと思いませんか?」

うん〜史朗の問いに、しばらく考えた後、和真は笑った。

「俺が中学生くらいになった時から、兄さんとは別々に暮らしてたから、なんか想像つかないな〜」

別々に暮らしながらも、忠は和真を見守り続けてきたというのか・・・史朗は少し嫉妬心を抱く。自分の知らない和真を知る忠に・・・

「いつも誰かに傍に居て欲しかった。でも、そんな事を言うと弱虫だと思われそうで言えなくて、大丈夫な振りしてきたんだ。

甘やかせてくれたのは兄さんだけだったな」

社内で、威嚇するような態度をとる、肩肘張った和真より、自然体の和真のほうがずっと皆に愛されるような気がした。和真自身も

そのほうがずっと楽になるはずだ。

「甘やかせてあげますよ、これからは私が」

そう、忠よりも自分の方がずっと和真の近くにいると、史朗は自分に言い聞かせる。現に今も誰よりも和真の近くにいるのだから。

「マジ?じゃあ、うちに来るか?どうせこれからは仕事でもずっと一緒にいるんだし、一緒に住んだほうが無駄がないだろ?あの部屋

無駄に広いから、武田の一人やふたり、楽々入れるぞ」

いきなり同棲の申し込みをされるとは、史朗も言葉を無くした。いや本人は多分、間借り感覚なのだろうが。それもいいかもしれないと

史朗はぼんやり考えた。甲斐を忘れるためには、あの部屋を出る必要があり、さらに誰かが一緒にいると余計な思い出に縛られなくて

済みそうだった。でも、和真に甘えてもいいのだろうか。

「何故、私なんですか?」

「好きだから」

え・・・和真の言葉に史朗は和真を振り返った。おそらくは、そんな意味ではないと思うが、しかし、史朗は胸がキュンと締め付けられる。

「兄さん以外に、こんなに誰かを好きになった事、なかったんだけど・・・」

和真は自分に心を開きかけている。そして、とても早い速度で突進してくるのを感じて史朗は戸惑う。

「でも、もし後で社長に彼女ができても、私は住み続けますよ?いいんですか?」

いいよ・・・そう頷いて、和真は部屋に装備されているバスローブを手にシャワー室に向かう。

「たぶん、彼女はできないと思うから」

そう言って和真はシャワー室に消えていった。玲二の目的はこれなのか?この部屋に宿泊させて過ちを犯させるために・・・

確かに史朗的には、この状態にデジャブーを感じる。忘れようと夜な夜な努力している出来事を思い出さずにはいられない。

頼られて、いい気になって和真を甘やかせて、自己満足してる自分に史朗は苦笑した。

(何やってるんだ俺は)

それとも、何か期待しているのか?もうあの時のような間違いは起こるはずもないのに・・・和真を身代わりになどしてはいけないと思う。

ーお前は和真を愛し始めた違うか?ー

忠の言葉が蘇る。和真に甲斐と同じものを求めている・・・そうかもしれない。甘えているのは史朗の方かも知れなかった。

そして彼は言ったー 和真を命を賭けて愛している ー と。そんな事を言われて、和真とどうこうなれるはずもないではないか・・・

しかし、忠はそういう関係になれという。その意図を知る玲二もそう勧める。いや、正確にいうと、和真の記憶が無いとはいえ

事故のようなものとはいえ、もうそんな関係になってしまったのだから、彼らはやはり、見る目があると褒めてやるべきなのか?

あれこれ考えているシャワー室から和真が出てきた。

「やっと目が覚めた〜て、もう寝なきゃいけないのにな・・・あ、武田も行って来い」

とバスローブを渡される。このシチュエーションが、援交かナンパか何かのガチっぽい感じで、しかも大の男とおじさんのカップルという事が

どうしょうもなくイタい。しかし、昔、これと同じような場面で同じようなイタさを感じて、苦笑した事を思い出した。

(あれは、甲斐さんと海外出張して二人で一つの部屋をとったときの事だ)

ん?心ここにあらずの史朗の顔を和真は覗き込む。顔を覗き込まれて我に帰った史朗は慌ててシャワー室に逃げ込んだ。

和真といるのに、甲斐の事を思い出すのは何故かいけない事のような気がした。そんな仲ではないのに、それでも後ろめたい。

シャワーを終えて出てくると、目が覚めてしまって眠れない和真が、玲二がルームサービスで差し入れたマドレーヌでお茶をしていた。

「おめざまで準備して帰っていくとは、菊川気がきくな〜」

先ほど忠と話していたソファーのテーブルに置いてあった箱はそれだったのかと、史朗は気づく。なんだかもう和真がこの部屋に

泊まる事を前提にしている感じがする。おめざというよりこれは、夜食のたぐいだろう。

「子供じゃないんですよ、でかいなりして、おめざ必要ですか!というか、威嚇してる意味ないじゃないですか、お子様な中身を菊川に完全に

見破られてますし」

ああ、頷きつつ、和真は史朗の分のお茶を入れて席に着くように促す。

「あれは、兄さんがよこした忍だから、兄さんから聞いたんだろう?俺が甘党だって」

和真が知りながら、玲二をそばに置いていた事を知り、史朗は少し安心した。

「日下さんは菊川の正体を知ってるんですか?」

いや、和真は首を振る。

「日下が知ると警戒するから言ってないし、菊川も日下にはバレないようにしてる」

へえ・・・感心しながら史朗はソファーに座り、和真の入れたお茶を飲み始める。玲二もややこしい奴だと思う。いくつもの仮面を被り

支倉に潜入して、和真に仕えるフリして、忠の指示に従っている。

「菊川は、あまり信用しない方がいいですよ?彼は万が一の時には、松田さんを取って貴方を捨てる事もありえますから」

忠と和真の利害のベクトルが同じ時はいいが、忠が和真のために自分を犠牲にしようとした時は、彼は独断で忠の有利になるように

動くと思われた。

「それありえるなぁ、あいつ猫みたいだからな。仕事はできるから置いてるけど、日下いなくなったら、あいつと二人で・・・とか超不安で

武田が来てくれなきゃどうなってたかわからない」

彼はいつも周りが敵ばかりの中を一人で耐えて生き延びてきたのだ。そして、頼れる人物として自分を選んでくれた事に史朗は感謝する。

「私の事は信じてくださってるんですね」

うん、和真は頷き、頬杖をついて史朗の顔を覗き込んだ。初めて会った時は威嚇してきた和真が今は史朗に懐いている。

ーお前はクールなのに結構人に頼られるな、それって包容力か?ー 

昔、甲斐に言われたことがあるのを思い出した。頼られれば面倒は見てしまうが、自分からは首を突っ込まない主義だった。でもそれは

クールだからではなく、皆の世話をしていたら身が持たないから、ある程度距離を置くのだ。でなければ周りの事が気になって仕方ない

涙を飲んで知らんぷりを決めているのだ。

「動物の本能みたいなものかな、犬は犬好きの人に懐くだろ?俺も甘やかせてくれそうな人がわかるんだ。友達いない分、敏感なんだな

そういうとこ」

「本当に信じられますか?私の事」

思い詰めた表情で史朗は立ち上がると、和真の隣に腰掛けた。

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