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  休日の朝は憂鬱だ、何もすることがない。仕事で心の空洞を埋めている史朗にとって

仕事の無い日は時間を持て余す。リビングのソファーに腰掛けて、観てもいないテレビの雑音が

耳を素通りする様を、イライラしながら耐え続けるという拷問を自らに課しながら、ただ時間を潰す。

この部屋は甲斐義之の抜け殻。支倉に入社して下宿を引き払った史朗は、甲斐の部屋を間借りし

そのまま居ついた愛の巣。そして、支倉を去ると同時に、ここから甲斐は消えた。名義は史朗に

書き換えられており、解約して別の部屋を探せとの書置きもあったが、そのまま彼はここにいる。

来ることのない思い人を8年間待ち続けた。しかし、もう待つことに疲れ果てている。

コーヒーを入れるためにソファーから立ち上がると、窓の外、正面にそびえる高級マンションが見える。

(まさか、社長とご近所だったとはなあ)

会社の創立記念パーティーのあの夜、和真を送っていった時に驚いた。あそこは和真が結婚した時に腹違いの兄

松田忠がお祝いに贈った新居だと聞いたことがある。どういう訳か分からないが、和真はケチのついたマンションに

今も暮らしている。

(なんか俺と似てるな・・・)

苦笑しながらキッチンに向かう。未練たらしい・・・そんな言葉がよく似合う。自分も、和真も。

コーヒーメーカーからコーヒーを注ぎつつ、史朗はため息をついた。

あの夜、自分も和真も互いに誰かの代役を演じていた。寂しさだけで結ばれた一夜、そんなものには意味がない。

だから忘れるべきだ、そして忘れてくれと頼んだ。所詮は酒に酔った失敗・・・そう言い聞かせてカップを手にソファーに戻る。

幸いな事に和真は、あの一夜の事を覚えていない。何もなかったとは言え、女と結婚していたのだから、和真はストレートだろう

そんな彼が男と寝たとなると、かなりのショックを受けるはずだ。

(しかし童貞で、いきなり男を襲えるものなのか?童貞説は嘘じゃないか?)

史朗は落ち込む。いくら餓えていて人肌恋しいとしても、ストレートの自称童貞にイかされたーこれは問題である。

だんだん腹が立つやら、悔しいやらでイライラがマックスになってきた。

(なぜあの時、甲斐さんを思い出したんだろう?)

甲斐は公には独身貴族、裏の顔は同性愛者。といっても遊び人でもなく、薄利多売でもない。でなければ自分の部屋に

史朗を入れたりはしない。当時、甲斐はフリーだった。そしてもちろん、史朗をゲットするために自分の部屋に引き入れたのでもない。それは確信している。

彼は史朗がストレートであることを知っており、更に彼のスタンスは受けであった。さらに、忠犬ハチ公のように甲斐を慕い

懐いている史朗と間違いが起こるはずはなかった。なかったのだ・・・しかし、結果的には史朗は甲斐の恋人となり、この時の

甲斐のスタンスは攻めであった。後に甲斐は自分でも、この現象をありえないと言っていた。決して彼はリバではない。

しかし、確かにふたりは唯一無二の存在で愛し合っていた。

(そうか、似てたんだ))

史朗は顔を上げた。受けの甲斐は攻め方がソフトだ、しかも最初の頃はたどたどしかった。和真の時もそうだった。

力ずくで襲われたのではなく、じわりじわりとやってきた。和真は甲斐に似ていた。フェザータッチの時間をかけた愛撫や

焦らすような攻め方、前者は不慣れなため、後者は属性が受けであったためと、理由は違うが、結果は似ていた。

ー俺は、もともと受け属性だから、上手いかどうかはわからないけど、受けのツボは知り尽くしてるからー

そんな事を甲斐は言っていた。ストレートで、しかも性的に淡白な史朗が甲斐に骨抜きになった理由はそこにあった。

しかし、史朗には迷惑な話だ。和真に寝た子を起こされてしまった。やっとなんとか忘れかけていた甲斐の痕跡を

再び思い出してしまったのだ。あの時の熱、押し寄せる波のような快感・・・夜毎に持て余し、苦悩する。

史朗には甲斐しかいない、甲斐が最後の最愛だった。なのに・・・

(自分の会社の社長と間違い起こすって、ギャグか?)

ふと思い出した、甲斐が昔、支倉前社長の愛人であったことを。社長の元愛人の甲斐と恋人となった自分は今

その息子で現社長と一夜の過ちを・・・

「ああ〜!!」

頭を抱えて全てを振り切ろうとする。得体の知れない蟻地獄にはまった気がしてならない。頭より、身体でそれを感じている。

こんな時は、無性に甲斐に逢いたい、逢いたくてたまらない。そう思えば思うほど、史朗の身体のあちこちに残された

和真の唇の感覚が蘇る。とりあえず、史朗は財布を手に、外へと飛び出した。遠ざかろうとした、甲斐からも、和真からも。

しかし、逃げ道などどこにもなかった。目の前には社長宅があり、横道のカフェは休日に甲斐といつもお茶していた

思い出の場所・・・

見かけによらず甲斐は甘党で、このカフェでメイプルマフィンやタルトを食べていた。

(そう、窓際のあの席で・・・え!?)

史朗は目を疑う。窓際の席でスーツ姿の大男がパフェを食べていた。その姿が甲斐に似ていたのだ。

「甲斐さん」

急いで店のドアを開けて、窓辺の席に向かった。そしてさらに目を疑った。

「社長・・・」

会社で観る服装、髪型そのままで、和真はそこにいた、大きなパフェを前にして。一息ついて気を取り直すと史朗は

ウエイトレスにチーズケーキをオーダーし、和真の向かいに腰掛ける。

「なんで、武田がここにいるんだ?」

まずいところを見られたと顔をしかめつつ、和真はかろうじて威嚇した。

「そこに住んでまして、散歩に出たら、見慣れた人がカフェにいるではないですか・・・」

「誰と間違えたんだ?甲斐か?」

年下のくせに偉そうな和真に、史朗は妙に緊張した。どうしてバレたのだろう?ぐるぐる思考を巡らせていると

忙しくスプーンを口に運んでいる和真が顔を上げた。

「あのさ、忠犬ハチ公が、ご主人様見つけた的な顔で駆け寄って来て、俺の顔見たとたんがっかりとか

すごいわかりやすいんだけど?というか、人の顔見てがっかりとか、傷つくな」

図体の大きさに反して、大きな可愛いくるくるした目がチャームポイントな支倉和真を、史朗は思わず

可愛いと思ってしまった。しかしおそらく、本人にとっては、この目は弱点なのだろう。若さを封印し

年配の幹部と渡り歩くために、彼は強面の仮面を外さない。

そうしているうちにオーダーしたチーズケーキが届いた。

「久しぶりです、ここのチーズケーキは」

セットで紅茶がついている。甲斐と来た時は、史朗のオーダーは、いつもこのチーズケーキだった。

唯一甘さ控えめのスイーツだったからだ。もうおひとり様でここにくる事もなかったので、8年ぶりだろうか・・・

「社長はいつもここにお一人で?」

「まさか、日下を連れてくるわけにはいくまい」

そうかな?史朗は首をかしげる。確か、日下は甘党で有名だったはずだ。

「定年間近のオヤジと、スイーツはあんまりだろう?」

そういうことか・・・史朗は頷く。

「庶務課のおじさんもダメですかね?」

フォークを手に史朗は笑う。誰かと向かい合わせでお茶など、久しぶり過ぎて不思議にテンションが上がった。

いや、相手が和真だからなのか。そんな史朗に、和真はあろう事か見とれてしまった。陽に透けるダークブラウンの髪

銀縁メガネの奥の切れ長の瞳は長い睫毛に縁取られている。通った鼻筋と、形のいい唇はほんのり紅い。

なかなか美人ではないかと思ってしまった。

「いや、いや、家近いんなら、時々付き合えよ」

にこっー史郎の眩しい微笑みに和真は目がくらむ。初めて会った時から感じていたが、彼の包容力は半端ない。

ついつい甘えてしまうのだ。

「そうですね、じゃあ、呼んでください」

財布から名刺を取り出して史朗は差し出した。それが和真には嬉しくてたまらなかった。友達と呼べる人は誰もなく

会社の部下とだけの人間関係、休日は一人・・・茶飲み友達ができたのが、飛び上がるほど嬉しい。そして、相変わらずの

仏頂面で、目だけをキラキラと輝かせているそんな和真が、史朗には可愛くて仕方がない。会社では見せない素顔を見て

新鮮な気分だった。しかし、なんという腐れ縁なのだろうか、甲斐と和真から脱出するつもりで部屋を出て、よりによって

和真とバッタリ会うとは・・・

「社長、いつもお食事はどうされてるんですか?」

当然、ヘルパーでも雇っているのだろうと聞いてみた。

「休日以外は外食だな、取引先との会食や、会議で遅くなると出前、それ以外だとどこかで食べて帰る」

かなりの仕事熱心さに史朗は驚いた。そうでもなければ若造の社長は、はじき出されるのかもしれない。

一応、関ヶ原で勝利した以上はその位置を守らなければならないのだろう。

「休日は?」

史郎の問いに、和真は事もなげに答えた

「適当、インスタント食品で。つーか食ったり食わなかったり」

一人にしておくと不摂生な生活を送るタイプらしい。そういうところも、甲斐に似ていた。

「休日は、うちで夕食召し上がりますか?私は自炊してるんですが・・・」

自炊・・・和真は史朗を見直した。使い物にならない落ち武者なんかではない、このおじさんの生活力を・・・

「ほら〜一人分作るだけってかえって大変なんですよ?冬は鍋したくても一人じゃさみしいし・・・」

和真は言葉をなくした。社員の家に上がり込んで、夕飯を食べてゆく社長・・・なんだか迫力が無いではないか。

しかし、誰かと一緒に手料理を食べるという事は、かなり魅力的ではある。

「武田は・・・付き合っている女はいないのか?週末同棲とか、デートとかしないのか」

「そんな相手いたら、こんな愛想のない大男を誘いませんが?」

寂しい奴・・・和真の哀れむような視線が史朗を苦笑させた。

「嫌ならいいんですよ、無理にとは言いません。あ、社長にはいますよね〜夜訪ねてくる女性とか・・・」

いねーよ・・・渋い顔で和真は答える。どうやらお互い寂しい者同士らしい。このおじさんは思ったより人なつっこい。

そして、何故か傍にいて心地いい。こんなことは滅他にない。日下もそうだが、彼の場合はかなり気を使っている。

史朗の場合は自然体で、すっと和真の中に入ってくるのだ。

「まあ、社長のデートの時以外は来てくださってもいいですよ」

気遣いなのか、イヤミなのかわからない史朗の言葉に、和真は苦笑した。

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