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また、いつもの日々が始まる。和真は仕事をしている時だけが落ち着く。余計な事を考えずにすむからだ。
特に・・・悩みの種が一つ増えた。
(甲斐の虎・・・庶務課に封印された、関が原の名残りだって?あのおっさんが?)
取引先の会社訪問を終え、車に揺られながら考える。一応、日下が史朗と会って話した事は総て聞いた。
−何も無かったー そう言うのなら無かったのだ。しかし・・・自分以外誰も寝たことの無いベッドに、おっさんを
寝かせてしまった・・・この事実は大きい。記念すべき第一号が、何故におっさんなのか・・・しかし、空白の記憶の片隅に
一抹の温もりを感じる。ゆったりした感覚を今でも感じる。
(一人暮らしが長かったせいだ・・・)
恋人も友達もいない自分。頼れるのは父親代わりの日下のみ。寂しくない振りをしていたが、やはり寂しかった・・・・そんな自覚が芽生える。
「社長・・・」
気がつけば、日下が車のドアを開けて降りるように薦めていた。もう支倉カンパニーの本社に到着していた。
「まだ、引きずっておられますか・・・・」
1階のフロアーを歩きつつ、日下は心配そうに尋ねた。
「いや、しかし、甲斐の虎は気になる。宝の持ち腐れはいかんしな。しかし、父は何故、彼の事を俺に一言も話さなかったのか」
和真は実力主義である。性別や経歴、学歴に関係なく、実力のあるものを引き上げて周りに置くという、かなり強引なやり方を
嫌う古株は多い。
「関が原で敗れた松田忠様は現在、ホテル業界に進出してホテル王の名を獲得されておられます。戦力を総て遠ざけたとはいえ
辞職した甲斐が忠様とともに、武田を操って雪辱戦を仕掛けないとも限らないと危惧されたのでしょう。それほど、甲斐は支倉の
発展のため、能力優先主義でしたから」
妾腹の松田忠は和真の腹違いの兄で、認知されようとした直後、本妻が身篭り、和真が生まれた。事実上の長男であり人望もあり
経営学に長けていた松田忠を支援する若手実力者と、本妻の子であり中学卒でイギリスの有名大学に入学し、経営学を学んだ
頭脳明晰な和真を支援する血縁重視の古株達が争った。これが支倉版、天下分け目の関が原の戦いである。
「それほど、武田は甲斐に忠誠を誓っていましたから。その甲斐を退職に追い込んだ我が社に、武田が復讐する可能性を考えたのです」
あの大人しそうな史朗が復讐とは・・・和真にはとても考えられなかった。
「可能性はあるのか?」
「ありません。完全にあいつは牙を抜かれました。もう、ただのおっさんです」
エレベーターを降りて、秘書2課の前を通ると、噂の史朗が出てきた。
「もう〜武田さん!次来る時は付箋忘れないで持ってきてね〜」
「はい、すみません・・・」
ドアを開けた状態で、部屋の中の女秘書と会話している。
「日下・・・甲斐の虎が20代の小娘に、ぱしり的に、こき使われているいるぞ」
ははは・・・・日下自身も心痛い光景であった。秘書2課は大奥と呼ばれる美人秘書のたまり場であるが、オブジェ的使い方をされていた。
客の接待、お茶いれ、案内、書類を持ってついて来る助手。実際の経営を担う経理、企画を担当する秘書1課の足元にも及ばない。
史朗は、経理課にいた人間なのだ・・・・あのような小娘にタメ口きかれる男ではない。しかし、、今では雑用担当の庶務課。
社内のトイレットペーパーの補充、電球の交換、きれた事務用品を各課に補充・・・それらを行い、社内業務を円滑に導くのが仕事。
あ・・・和真は、ドアを閉めて出てきた史朗と目があった。
「失礼いたします」
一礼して顔色一つ変えず、去ってゆく史朗の背中に、和真は一抹の寂しさを感じる。おそらく、今までに何度も廊下ですれ違っただろう。
庶務課の武田史朗とは知らないまま、多くの社員の一人として・・・・それが今は・・・
(意識してるんだ・・・俺。)
「社長、私は武田を信用しています。甲斐も実力のある人が後を継いだほうが、会社の未来のためにいいと、未来の支倉を夢見てした事。
皆、会社の未来を思って一生懸命だったんです。ただ、時代が貴方を選んだ、それだけです。善も悪もありません。そして私は今
私の後継者に武田を・・・と思っているのですよ」
日下は今年59歳。定年退職を前に和真を任せられるだけの能力と、人望のある部下を自らの位置にまで育て上げなければならない。
日下は焦っていた。
「そうか」
和真は日下のそんな思いさえ知らずに、頼るばかりの自分だった事に落ち込む。自分は関が原の勝利者ではあるが
世襲制度に乗っかって社長となった七光りで、苦労知らずでしかない。唯一IQの高さと高学歴を武器にしているが
父が引退した後、日下のガードなくしては、ここまで来れなかったと自覚している。
「俺も、頼るばかりでなく、独り立ちできるよう努力する」
「社長は実力があるので問題ありません、ちゃんとしたサポーターさえいれば・・・ただし、武田は並大抵の事では
動きませんよ。社長が武田にとっての甲斐か、それ以上の存在にならなければ、あいつは動きません。」
その得がたい者を得てみたい。和真はそんな思いに駆られていた。親の七光でない自分になりたい、そう常々思っていたが今
切実にそう思った。
「まあ、じっくり吟味してみてください。私が見込んでも社長自身、必要と思えなければ何にもなりませんから」
そう言って日下は社長室のドアを開けた。
「課長、秘書課が付箋を補充して欲しいと言ってました」
庶務課のドアを開けて、史朗は課長の山本にそう言う。
「あー大奥だよね・・・付箋もうきれたの?使いすぎじゃないか?節約という言葉、知らんのかねえ・・・」
最近、使い道が無いと囁かれている秘書2課・・・和真の代になってからは、ほとんど社から出ない。
オブジェはいらないどころか大事な会議内容をあちこちでピーチクパーチクやられたんじゃたまらない
という理由である。
「ウチの若社長、堅いからな・・・訪問先のおっさん達の目の保養とか考えないのかねえ」
しかし、史朗はそんな実力主義に、甲斐の面影を見る。
「日下さん、定年退職したら、どうするのかな・・・そろそろ後継者見つけて教育しないといけないよな」
関が原で史朗と同様に秘書1課から庶務課に送られた彼は、今でも会社の行く先を案じている。確かに
今の和真は日下に頼り切っている。日下に操られて、頭脳だけを提供している存在だと噂されている。
「いや、社長を独り立ちさせるのが先決か。日下さん以上に忠誠尽くす側近なんていないしな。って
こんな僻地でつぶやいてもどうしょうも無いけどな。武田、日下さんからラブコール来てるんだろ?
甲斐の虎の復活は無いのか?」
史朗は首を振る。もう、甲斐はいない。甲斐の虎は存在しないのだ・・・
「別に、興味ないですよ」
あっさり笑う史朗に、山本はため息をつく。
「お前は、主人を選ぶからな・・・日下さんじゃ役不足か?」
「日下さんについても、来年定年退職ですよ?」
日下の位置を狙おうという考えは無いのだろうか・・・・山本は首を傾げる。まるで、臥竜だと山本は思う。
それならば社長の三顧の礼で武田は、天に戻るのだろうか。
「こんなところで終わるなよ。」
こんなところ、でサラリーーマン人生を終えそうな山本は、そうつぶやいた。
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