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目覚めればいつもの寝室、ベッドの上。昨日は少し飲みすぎたが二日酔いも無く爽快な朝だった。
支倉和ーはせくら かずまー はむっくりと起き上がった。
昨日は支倉カンパニーの創立80周年記念パーティー、今日は創立記念日で会社は休み。時計を見れば10時28分・・・・
(さて・・・もう一眠り・・・)
と隣を見て和真は絶叫し、ベッドから転がり落ちた、そして再び絶叫した。支倉カンパニーの若社長である彼は
たとえ一人暮らしであっても自室内で服装を崩す事は無かった。ましてや、パジャマも着ずに裸で眠る事も無い。
(何で、俺、脱いでるの?それに・・・)
IQ160と噂されている頭脳が回転を停止した。この状態をどう理解するべきか?自分はどう考えても一人暮らしだ。
一時期、結婚していたが、今は一人暮らしだ。その自分のベッドに事もあろうに見知らぬおっさんが横たわっている。
(何があったんだ・・・・それに、このおっさんは?)
二度にわたる和真の絶叫で、ベッドの謎のおっさんは起き上がり、サイドテーブルの上の眼鏡を取ると装着した。
おとなしそうな、善良を絵に描いたような男だった。
「あ、すみません、驚かせてしまいましたね。あ、おはようございます」
ひよろっとした痩せた上半身を起こして、頭を下げる謎のおっさんも上半身裸だった。いや、下半身まではシーツに隠れて見えないだけで・・・
「おじさん誰ですか?どうしてここに・・・・」
少しためらいがちに、彼は頭を掻いた。
「身支度してから、ご説明差し上げてよろしいでしょうか」
そうだった・・・・和真自身、全裸でベッドの下に座り込んでいるのだ。これでは長話も出来ない。とにかく、シャワーを浴びて落ち着くことにした。
「シャワーしてきますから、服装を整えて、ダイニングに来て下さい」
バスローブをひっかけて和真は浴室に向かう。何が起こったのか、さっぱりわからない。記憶の糸は、昨日の創立記念パーティーでぷっつり切れている。
いくらIQが人より高くても、酔って記憶を無くすのは同じらしい。いや、自分は酒に酔ってはいけなかった。限界を超えない飲酒を心がけていた。
大衆の面前で醜態を晒す事は、社会的死を意味する。そう父にも、秘書の日下にも教えられていたのに。
(いや、もう遅い。どうやら、酒で失敗したらしい。どうしよう)
酔った勢いで女性をお持ち帰り・・・まだそれならましだ。おっさんを持ち帰ったなんて、誰にも言えない。しおしおと浴室から出て
ダイニングのテーブルの前に腰掛けている謎のおっさんを横目に、寝室に入り、ワイシャツとスラックスを着用し、ドライヤーで髪を乾かすと
頭脳明晰、眉目秀麗の若社長が完成する。
「お待たせしました」
コーヒーを差し出し、和真も席につく。改めて見ると、謎のおっさんはサラリーマンを絵に描いたような、まじめが服を着たような中年男だった。
顔のパーツは一つ一つ繊細で美しい。しかし、なんにせよ、地味だった。
「驚かせて、申し訳ございません。私は庶務課の武田です。昨日、社長をお送りして・・・・」
社員だったと知り、和真は安心する。見ず知らずのおっさんよりはよっぽどいい。
「何があったか、聞いていいか?というか、俺、何かした?」
社員と知るなり、言葉はタメ口となった。やっと30になったばかりのこの若社長は、年上の社員に舐められないように、わざと
俺様なキャラクターを演じていた。それが若干22才で父の会社を引き継いだ彼の処世術であった。
「あのう、忘れてください。何も無かったんで」
そんな訳がない、この武田という社員の様子を見る限り、何かあったのは確実だった。自分がおっさんを襲ったのか
それともおっさんに襲われたのか?どちらにしても忘れたい出来事だ。
「武田さん・・・」
しかし、幸いこのおじさんは、この事実を無かった事にしようとしている。セクハラや、暴行で訴える気はなさそうだ。
が、それでいいのか?実は和真は結婚していたとは言え、妻とは始めからレス状態で、しかも結婚前、後も
女性と関わることが無かった。いわゆる童貞と言われる稀少生物だったのだ。
(俺の貞操問題に関わることじゃないのか?しかし、男がこんなことで騒いだらカッコ悪いだろうし、それでなくても
前の結婚で嫁に手出しもできないまま、じいさんに嫁を寝取られた能無しとか噂されてるし、そこに触れる事はタブーだろうな)
問いただしたい気持ちを、やっとのことで押し殺し、和真は沈黙する。
「昨日、社長がひどく酔っておられたので、専務の日下さんが私に社長をご自宅にお送りするように仰ったのです。
それで、社長のご気分がお悪いようだったので、介抱しているうちに私も眠ってしまったらしく・・・」
辻褄はあってはいるが、しかし、なぜ介抱のおじさんまで服を脱いでいたのだろうか。
優しく、やわらかく微笑みつつ去ってゆく武田に、和真は不安感を更に掻き立てられる。しばらく考えた後
いてもたってもいられず秘書の日下実を電話で呼び出した。和真のSOSを聞きつけて、日下は飛んできた。
そして、事情を聞いて言葉を無くした。
「日下・・・何とか言ってくれ」
何か言えと言われても、予想もしていない展開に、何を話せばいいのか日下は困り果てていた。
「想定外です。私以外で信用できて、あの時、飲酒していなくて、自家用車があるのが武田だったんです」
支倉カンパニーの創立80周年記念パーティーは内部だけのものではなく、取引先の会社も招待していた。
その席で、ホストである社長が抜けたとなると、社長の代理に秘書の日下は残らなければならない。
仕方なく、パーティーを仕切っていた庶務課の武田に社長を託したのだ。庶務課は料理とアルコールの補充に
忙しく走りまわっていたため、飲酒はしていなかったというのが一番の理由だった。。
「真相が判らないという事ですが・・・社長の身体になにか異変はありますか?」
まず、結果から事情を探ろうと、日下は思考をめぐらせる。
「え?殴られたとか、切り傷とか?そんなものはないぞ」
少し、的はずれな答えが返ってきて、日下は言葉が続かない。
「あの・・・どこか痛いところは?尻とか」
我ながら馬鹿なことを聞いているとは思ったが、男同士で間違いがあったなら、そういうことではないかと思う。
「何で尻が痛むんだ?俺は痔じゃないぞ?」
28歳の割には、どこと無く世間離れしているというか、おぼこいこの若社長は、会社経営で見せる二枚刃のような
切れ味を私生活では生かせないでいる。
(頭脳が明晰だからといって、総てに精通している訳じゃないんだなあ・・・・)
日下は、頭のどこかでそんな事を考えている。確かに、この若社長、女性関係、恋愛関係にはまるで疎い。
なまじIQが高いから、勉強しかしてこなかった。当然、友達もいない。
「じゃ、性行為の痕跡は無いんですね、それなら真相も何も・・・・」
一件落着と、コーヒーを飲み始めた日下に、和真が首を振る。
「痕跡は・・・あるんだ。シーツに・・・」
はあ・・・日下はため息をつき、立ち上がる。
「武田を問い詰める方が早そうですね。あいつはシラフだったんだから」
酔いつぶれていていた天然な和真と話しても、真実は見えては来ない気がした。
「日下・・・・酔っておっさん襲ったっていうのは、しゃれにならんよなあ?」
考えたくないが、その可能性はゼロではない。もし、泥酔した社長に襲われても武田はそのことを隠すだろう。
ましてや訴えたりなどしない。が、こんな天然で童貞の和真が泥酔したとはいえ、男を襲うことなどできるのだろうか?
しかし、逆に武田が和真を襲う事も考えられない。あんな善良を絵に描いたような男が、襲われる事があっても
人を襲うことなどありえない。日下は上着の内ポケットから手帳を取り出し、社員名簿から、武田の携帯番号を見つける。
「とにかく、武田に聞いてみますから、後でご連絡差し上げますね」
そう言いつつ、玄関に向かう日下を和真は見送る。
「面倒かけてすまない」
いいえ・・・父親のような温厚な笑顔を残して日下はドアの向こうに消えた。
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