触れ合った指先、絡み合った舌先
ある夕刻、私のところに雅彦様が現れた。お兄様と檜山夢幻斎も一緒に・・・
「雅彦、話はここでしよう。静瑠のいるところで・・・・総てはここから始まった」
テーブルをはさみ、三人は座る。
「万梨子さんから話を聞ききましたが・・・どうも・・納得がゆきません。何があったかお聞かせ願えますか?」
「ああ・・・私もやっと決心が付いた。静瑠をこのままにもできん・・・」
お兄様は、お心を決められたのだ・・・・自らの罪の告白と、私を手放す事を・・・・
あの嵐の夜の出来事、私の死、そして夢幻斎による再生の経緯・・・・淡々と語られる中、雅彦様は驚きを隠せなかった。
「静瑠様を独占したいがために殺し、人形にしたとおっしゃるのですか・・・・」
「心が無ければ・・・抜け殻なら・・・決して私の元を離れないと思った・・・ところが」
夢幻斎が後を継ぐ
「この人形は魂の器・・・静瑠様の魂はこの中に入っているのです」
「生きて・・・おられるんですか?」
「意識はあります。そして・・記憶も・・・・」
雅彦様は両手で顔を覆い、肩を震わせて泣かれた・・・・
「すまない。お前にも、静瑠にも取り返しの付かない事をした・・・警察に突き出すなり、殴るなり好きにしろ。」
「・・・警察など・・必要ないでしょう・・・静瑠様は・・・生きているのだから・・・」
そう言って、顔を上げた雅彦様の瞳は、紛れもなく囚われ、魅入られたものの狂気が光っていた。
彼も・・・私に囚われた囚人だったのだ・・・
「好きにしろとおっしゃるのなら、静瑠様を私に下さる覚悟もおありですね・・・」
うなづいたお兄様の表情は穏やかだった。彼は私を解放しようとしている・・・
「お前さえ良ければ。こんな静瑠でも・・・愛してくれるのか・・・」
雅彦様は立ち上がり、私を抱きしめた・・・・
「何も変わっていないじゃありませんか・・・静瑠様は・・・」
やっと・・・たどり着けた・・・雅彦様に。こんな私でも愛してもらえるのだ・・・
涙が溢れ零れ落ちる・・・・人形となり、流したどの涙より熱い涙が零れたのを感じた。
「静瑠様も貴方を望んでいる。この話はまとまりました。隼人様のお持ちになっておられた”静瑠”の所有権利書を
九条雅彦氏に譲渡いたします。そのような事は無いと思いますが、”静瑠”は一般の人形とは違います。
故意の破損、破壊、破棄は禁じます。私の了解なく他者に譲渡する事も禁止です。何らかの都合で手放される事になった時はご連絡ください。遺言作成の折には”静瑠”の権利を私にお託しください。」
「私の死後・・共に棺に入れてはもらえませんか・・・」
権利書を受け取りつつ、雅彦様はそういった・・・
「”静瑠”がそう願うなら・・・可能です」
夢幻斎は名刺を雅彦様に渡し、私の前にかがんだ。
「静瑠・・・・幸せに・・・」
そして、私の手を取り手の甲にくちづけて立ち上がった・・・
「娘を宜しく・・・」
淡々とした表情に哀愁を漂わせて、夢幻斎は去っていった・・・・
「雅彦・・・私を・・・憎まないのか・・・」
「私が・・・隼人様であったなら・・・同じ事になっていたかもしれないと思うのです・・私達は一人の女人に囚われた囚人・・・
それだけなのです・・・」
お兄様は立ち上がった。
「雅彦、最後の別れを静瑠と二人だけで、させてはくれまいか・・・」
「はい。」
雅彦様はうなづいて部屋をでていった。
お兄様の表情は穏やかだった・・・・私という檻から解放されたようだ・・・・
慕い、恐れ、憎み、許し・・・・様々な感情を通過して今、私はお兄様を愛している。
一人の人間として・・・東條静瑠として・・・・・おそらく彼も・・・激情を越えて、穏やかな愛に辿り着いたのだ・・・・・
「静瑠・・・・兄さんだ・・・」
私の手を握る・・・今まで幾度となく触れ合った指先・・・もう明日からは、私の手は雅彦様が握る事になる。
「愛している・・・・・」
私の顎に手をかけてお兄様は唇を重ねる・・・・彼の舌が口蓋を掻く・・・・
万梨子が指でした時の様な嫌悪感は無い。愛しい、切ない想いが湧いてくる・・・
さようなら・・・私を愛してくれた人・・・・もう逢う事は無い・・・でも忘れません
貴方の愛を・・・歪んで一途で・・・・狂った・・・美しい愛を・・・貴方は・・・・お兄様・・・・でした・・・
絡めた舌先を解いて、お兄様の唇は離れた。
頬に一筋涙の痕を残して、私に微笑む・・・・・
「幸せに・・・・」
私は解放されたのか?・・・・・
それとも別の薔薇の檻に移っただけなのか・・・
それは分からない・・・しかし・・・
雅彦様という檻は、私が望んで入る檻であることは確かだった・・・・・
もう恐れるまい・・・・・
甘美な馨しいこの薔薇の獄は永遠に続く愛の迷路なのだ・・・・・・・
ヒトコト感想フォーム |
ご感想をひとことどうぞ。作者にメールで送られます。 |