舐めるように絡む視線
一年・・・・二年・・・三年・・・私を間に挟んで、お兄様と由梨絵様は労わりあいつつ暮らした。
幸せでも無いが不幸でも無い・・・そんな日々を過ごした。
私は・・・ただの傍観者と言う立場に心が麻痺して行く・・・・
長い年月に悲しみも苦しみも喜びも消えてゆく。
いつまでこうしていなければならないのか?
疲れた・・・・・囚われたまま生きてゆく事に・・・・
四年・・・・五年・・・六年・・・・東條家の跡取り息子が産まれ、育ってゆく・・・
萩野や由梨絵の様子でその事を知りつつ、それに引き換え自分の時間が止まったままであることを実感した。
10年経つと使用人達も昔からいたものは去り、私を知るものも無く、萩野の引退をもって
食事や着替えのカムフラージュの儀式もなくなった。
去る前に萩野は私を抱きしめ泣いた。
毎日欠かさず人形である私の世話をしてくれた萩野・・・・
いなくなって改めて彼女の愛情と誠心に気づかされる。
使用人達から完全に忘れ去られた私の部屋に訪れるのはお兄様と由梨絵様だけ。
一人の時間をもてあましていた・・・・
「静瑠・・・私はとても重いんだ。今更になって罪の呵責に囚われている・・・お前を失いたくなかったのに・・・
抜け殻でもいいと思ったのに・・・今、抜け殻となったお前を見ているのがつらい・・・・・魂はあっても
死んだように生きねばならないお前がどんなに辛いかやっと判った。自分勝手な兄を許してくれ・・・・」
最近のお兄様はいつも私に懺悔するのが常。
彼は望まぬ結婚の中にでも、徐々に生きる希望を見出していた。
子を産み育て・・・・もう私には叶わぬ日々に安息していたのだ・・・・
私が総てだった彼が・・・・・
完全に一人・・・孤独の中に取り残される・・・・・月日がたてば使用人達同様、私は忘れられ、見向きもされなくなる・・・・・
私しかいないといいつつ彼には妻も子もいて、社会的日常がある・・・・
私にはお兄様しかいない事が寂しかった。
ある日の午後、若い女性が部屋に乱入してきた。
20歳前後のショートボブの現代風美人で紺のスーツに身を包んでいた。
「東條家の開かずの間がここか・・・・」
鍵を開けて入ってきた彼女が私を見つけるのは時間の問題だった。
きゃっ!
私に気付き一瞬驚いた。が好奇心旺盛な彼女は私に近づき観察し始めた。
「生きてる人間じゃあないわね・・・」
私が呼吸をしていないのを確認してそう言った。
「人形?剥製?」
彼女は私の顎に手を掛けて持ち上げて舐めまわすように見詰める・・・・
頬をなぞり、唇までたどり着いた指を口蓋に進入させた。
無礼な行為に、私は驚き嫌悪を感じた・・・
「驚いた・・・・歯も舌もある・・・」
物扱いされて屈辱の思いが体中を駆け巡る・・・
「手触りも人間そっくり・・・・他は・・・どうなっているのかな・・・」
あろうことかその手は私の着物の襟をわって胸元に侵入してきた・・・・
耐えられない屈辱に目の前が真っ暗になる。突然来た見ず知らずの娘にこのような恥辱を受けようとは・・・・・
彼女の視線は私の膝に降りてきた・・・逃げる事も、声を上げて助けを呼ぶこともできない自分が悔しくて涙が出た・・・
彼女が私の着物のすそに手をかけようとした時、由梨絵様が駆け込んできた。
「万梨子!何をしているの!おやめなさい」
「御姉様・・・」
万梨子・・・聞いた事がある・・・由梨絵様の妹。
「静瑠様にこのような失礼は許しませんよ!」
「コレは人形よ。失礼も何も・・・・それにしても感触も身体の作りも人そっくり・・・・もしかして・・・義兄様は夜な夜な
この人形と・・・」
ぱんっー
由梨絵様は万梨子の頬を平手打ちした。こんなにお怒りの由梨絵様は初めてだった。
「旦那様と義妹を愚弄する事は、私が許しません」
「お姉さまは騙されているのよ!義兄様が何かを隠しておられるようだったから私が調べてあげたんじゃあないの!」
「違うでしょう?あなたは雅彦様がまだ静瑠様をお忘れになられないから・・・静瑠様の事を調べに来たんでしょう?」
雅彦様!!あの方はまだ私のことを!?
「・・・コレが・・・静瑠様な訳ね・・・・」
「出て行きなさい!汚らわしいわ。」
由梨絵様は万梨子を追い出すと私の着物の乱れを直した。
「静瑠様・・・妹をお許しください・・・九条家から雅彦様との縁談が持ち上がったのですが雅彦様は今だに、
静瑠様の事を愛しておられて・・・話が進みません。雅彦様を愛している妹は、東條家が姉の嫁ぎ先なのをいい事に
このようなことを・・・」
・・・雅彦様は・・・・まだ御結婚されていなかった・・・・
再び私の瞳から涙が零れ落ちた・・・・こんどは嬉し涙が・・・・
逢いたい・・・あの方に逢いたい・・・一目だけでも・・・
人形が人を愛し、人から愛される事は不可能なのか・・・・・
こんな私でも・・・・あの方は愛してくださるだろうか・・・・・・
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